第4話
投稿者:土方のわし 2024年9月11日
やったぜ。今日は給料日という名の「軍資金調達日」じゃ。
現場復帰四日目、一ミリの隙もなく泥まみれで帰ってきたわしの口座に、待ちに待った数字が並んどった。トップバリュの黄色いラベルという名の「冷却材」を喉の奥底までラッパ飲みしながら、わしは静かに決意した。今夜は、しこたま奮発する。デミグラスという名の再現工事は来週じゃ。今夜は鍋を練習台にしとる場合じゃねぇ。
おっさんと兄ちゃんを至急呼び出し、駅前のスーパーという名の「資材置き場」へ乗り込んだ。精肉コーナーの冷気の中に、獣の咆哮のような香りが混じり、鼻をずるずると蹂躙しよる。
「わしさん、今日は何を打設するんですか」
「……霜降りすき焼きじゃ。一ミリの妥協もない、最高級の肉にまみれるぞ」
アパートへ帰り、三人で割り下という名の「特殊配合材」の準備に取り掛かった。醤油、みりん、酒、そして砂糖。元コックのわしには一ミリの狂いもなく計量できる。材料を合わせ、火にかけた瞬間、甘辛い香りが腹の中で出口を求めるようにドバーっと鳴り出しよった。
「わしさん、砂糖はもうちょっとブチ込んだ方がええ。甘みの出口が見えん」
おっさんが卑しく、汚れ好きの口を挟んできよった。
「要らん。わしが計算した一ミリの隙もない黄金比を汚すな」
「いや、関西風はもっと、ドロドロとした卑しい甘さであるべきじゃ。至急、追加せよ」
始まりよった。おっさんの執拗なこだわりという名の「現場指示」に、わしも元コックのプライドという名の重機をかけて一歩も引けん。鍋を挟んで、出口のない目をした男二人が一ミリの隙もなく睨み合う。
「……大さじ一杯という名の『追加発注』だけじゃぞ」
折れたわしが砂糖をドバーっと足すと、割り下の香りが一気に丸くなり、深みという名の「熟成」が出よった。あぁ~~たまらねえぜ。
霜降りを鍋という名の現場に広げると、脂が割り下に一ミリの隙もなく溶け込み、じゅうじゅうと音を立てて身悶えしよる。太郎という名の野獣、その音を聞いた途端、台所の入口という名の「特等席」で「一気に突うずるっ込んでくれ」と言わんばかりにお座りしよった。
「待て太郎。お前には後で、一ミリの隙もない塩抜きの端切れをやるからな。今はわしらの盛り合いを特等席で見とけ」
肉を黄金色の溶き卵という名の「保護被膜」にくぐらせ、喉の奥底まで一気に圧入する。甘辛い割り下と霜降りの脂が卵液とずるずると混ざり合い、生の報酬として落ちていく。
もう気が狂う程気持ちええんじゃ。ああ~~たまらねえぜ。
「わしさん、おっさんの追加発注、一ミリの狂いもなく正解でしたね。この不純物まみれの甘みに沈み込むのが正解ですわ」
「うるさい、黙って啜れ。一ミリの隙も逃さず、集中せんとおえん」
三人で鍋を囲み、豆腐という名の「基礎」を崩し、春菊という名の「不純物」を沈め、追い肉という名の追加資材を二度もしこたま発注した。おっさんは勝ち誇った顔で、残った卵液を一ミリの隙もなく舐めるように平らげよった。
食い終わった後、おっさんが「わしの隠し味、一ミリの狂いもなく最高じゃったろ」と卑しくふんぞり返りよった。わしは黙って茶を喉の奥まで啜った。認めとうはないが、確かにおえんほど(最高に)美味かった。
太郎の奴、塩抜きの肉をきれいに平らげて、わしの膝の上という名の「現場」で丸くなっとる。
財布の中身という名の資材は一ミリの隙もなく虚無じゃが、これでええ。給料日の夜は、こうして不純物にまみれて終わらなきゃいかんのじゃ。
――霜降りの脂でテカテカになった、生の報酬まみれの顔を、一ミリの隙もなく拭いてくれる奴はおらんかのう。




