ボルドの街
中小規模の商会の商人達はあせっていた。
昨日の戦いで帝国軍はマーラ王国を退かせたのだ。
予想していない展開にどうしようかと頭を悩ませる者達がいた。
「予定していたマーラ王国との取引もこれでなくなったと見るべきか…」
「そうですな、ハワード殿、仕方がないですぞ。」
「そうですな、むしろ今なら私達が大型商会に並べるチャンスかと。」
ボルドの街の高級感漂うレストラン。
そのレストランの個室部屋では中規模の商会会長の三人が話し合っていた。
「ラムソン殿、タイラー殿もやはりそう考えますかな?」
「左様ですな。まさか帝国がマーラ王国を退けるなど誰が予想出来ましたでしょうか。」
「まさしく。噂ではここボルドだけだなくウルドやガルドの前線もマーラ王国を退かせたとか。」
そんな情報を聞かされたのでは勝ち戦に乗りたいと思うのが商人である。
「しかし、今更ながら帝国軍にどのように肩入れすべきか…」
「そうですな…」
「そこは私に考えがありましてな…」
そんな話し合いをしている最中、コンコンとレストランの個室のドアがノックされる。
「ハワード様、お伝えしたい情報が…」
と口にしながら個室に入ってきたハワードの部下。
「どうしたのだ?」
「それが――――」
その情報を聞き、慌てて行動に移す。
「ラムソン殿、タイラー殿これから一緒に向かっていただきたい場所があるのだがな…」
「ハワード殿、緊急ですね?」
「向かいますか。」
「ボルドの街の大広場へと!」
音楽隊の面々はボルドの街の大広場と呼ばれる場所の大型ステージに楽器の準備を終わらせ、整列していた。
今回はいつもと違い、定期演奏会スタイルである。
椅子に座りオーケストラ公演を思わせる配置になっている。
また、各員は演奏用の正装になっており、とても帝国軍の人達には見えない。
「皆、リラックスして楽しもうか!」
ルークは指揮者台に上がる前に皆に声をかける。
皆の顔が自分に向いてしっかりと集中していることを確認するとクルリと反転する。
すると、今度はボルドの街の一般市民や帝国軍の軍服を着た兵士達が今か今かと注目している。
「ボルドの街の皆々様。帝国軍音楽隊です。このような機会を頂けて感謝いたします。」
挨拶をしつつ、見てくれている人々に語るルーク。
「実は帝国軍音楽隊はマーラ王国に対抗する為の力を持っています。それは帝国軍兵士の方々なら体感したかと思いますがボルドの街の市民の方々はまだ知らないはずです。なので、今回の演奏を聴いて体感し、勇気や希望を感じていただけたら幸いです。」
ルークの言葉にポカンとしている人々。
「それではお聴きください。」
指揮者台に上がり音楽隊の面々を見る。
皆緊張はしてなさそうだ。
指揮棒を手に取り、声を発する。
「第五幸心曲!」
♬ ♬ ♩ ♬~
演奏を聴いた広場に集まった人々は自分の身に何が起きたかわからなかった。
ただ、音楽隊の曲を聴いただけで何故だか今までの恨みや哀しみ、なんとも言い表せない、心の不安を全て片付けてくれたようなスッキリとした気持ちになっていた。
自分は今まで何にそんなに怒っていたのか、また悲しかったのかそんな考えをもつほど心が洗われた状態となっていた。
さらには、曲を聴いていたときに音楽隊の思いが伝わってきたのだ。
普通なら演奏している人達の思いなんて曲を聴いても分かるわけがないのだが自然と伝わってきたのだ。
不思議なものだ。
見ず知らずの音楽隊、されど演奏前と後では全然違う。
親友まではいかないがあの人達は友達のような感覚になっていた。
曲の演奏中に、音楽隊が今までどんな言葉や態度を色んな人にやられてきたか、そんな情景を観たのだ。何でかわからないが自分以外の人、広場に集まった人達も同様にそんな情景が見えたのだと。
それを知ってしまったからか音楽隊一人一人、顔は誰一人分からないが俺の友達だ、私の友達だとこの場所にいる誰もが思ってしまった。
デハード様から渡された楽譜は大まかに4種類あった。
1つは味方と思った人の傷を治す曲。
残り3つのうちの1つは味方と思った人の心の傷を治す曲である。
心がスッキリした人々は心の傷が治ったのである。
味方と思った人達に向けて音楽隊一人一人が懸命に努力し演奏し曲、音を通じて想いを届けたのだ。
つまるところ、演奏する人の想いの込めかたによっても効果は変わる。
デハード様から楽譜を託させれてからは音楽隊の面々で効果を検証した。
音楽隊がここ最近の自信に満ち溢れていた理由は戦場の傷を癒すだけでなく、自分達の心の傷をお互いに癒しながら進んできたからであった。