帝国の聖楽隊
ウルド前線から東へ移動した音楽隊は次なる前線、ガルド前線へと進んでいた。
現在のマーラ王国との戦争は全部で四つの前線があった。
大陸南部に位置している帝国は北中央に位置していたウルドの街を前線防衛拠点の一つとしていた。
ウルド前線から東へ二つの前線と西に一つの前線がある。
ウルド前線から東へ行った最初の前線がガルド前線である。
「一年前はまだ二つの国が残ってたのにな…」
今は6月初め。丁度一年前はマーラ王国は他の二つの国と戦争をしていた。
帝国はマーラ王国が勝つとは思っておらず軍の武力強化などやりつつ、戦争には備えていた。備えていたのだが二年程で戦力を整える計画だったのだ。
南を海に面した帝国は皇帝の命により、船による物資の運搬を国内で導入していた。
商船は帝国のみならずマーラ王国以外の国とも貿易していたのだが、その国が無くなってしまった。
突如そのような事態になってしまってからは軍だけではなく市民も不安になった。
これまでの生活が出来る訳もなく、戦時の為に必要物資を可能な限り前線に回していた。
このままでは駄目だと兵に志願した一般市民の男達が増えた。
女、子供でもできることをやるんだと兵士に食事を振る舞う人達もいた。
そんな戦時状況下のなかで音楽隊などふざけているのかと何度も他の部署の兵士達や市民から言われ続けた。
戦時状況下になる前からも定期演奏会を市民会館や劇場などで開いていた音楽隊はこれまでと同じくいつも通り演奏していた。
誰になんと言われようと、演奏なんかやめろと言われ続けてもルークは音楽隊の部下達には胸を張れと自信を持てと伝えた。
絶対にこれまでやってきたことは無駄じゃないとそれは僕が保証すると言ってきたのだ。
部下達が誇れるように、戦っている兵士を鼓舞し癒す為に向かうのだ。
「次はガルド前線ですね!」
「そうだね、セレンはもうそろそろ着くから無線連絡で各車両に伝えといて!」
「承知しました。」
ガルド前線到着。
案の定ここの前線も指揮官が居ない為か、指揮系統がめちゃくちゃになっている。
ガルド前線作戦本部が砲撃されたみたいだ。
車両を降り、部下達に各楽器を下ろし準備するように言う。
医療テントを発見し、そこから出てきた兵士に声をかける。
「ちょっと君いいかな?」
「はっ、なんでしょうか?ん?もしや中隊長殿でありますか?」
そう言ってきた兵士に軍服の襟元を見つめていた。
「そうだけど君は部隊長だね。僕たちは怪我人に用があってね、医療テントに入ってもいいかな?」
「了解であります。私はカイルといいます。」
「そんなに畏まらなくてもいいよ。僕はルークだよ。よろしくね。」
カイル部隊長と握手を交わし、早速音楽隊全員を連れて医療テントに入る。
「しかし、音楽隊の方々は何故医療テントへ?」
「説明するのが面倒だから実際に見てもらうよ。」
そう言うと音楽隊一同はテントの通路スペースに歩いていき配置に着く。
「皆、僕が見えるね!じゃあ、いこうか~」
演奏の準備を各員1分くらいで終わらせ静かになる。
カイル部隊長をはじめ医療テントに詰めていた軍医や看護兵は各々、音楽隊の言動に注目していた。
「第四交癒曲!」
♪ ♪ ♪~
音楽隊の奏でる音は心地良い、心地良いと感じていた負傷兵達は温かな光に気づくと包まれている。
ルークは第四交癒曲でも充分に骨折などの重傷が治ることを確認しながら指揮者として指揮棒を振る。
温かな光がどんな効果が表れているかを間近で見た軍医はその光景を見て涙を流す。
軍医が言った。
「これは、夢をみているのか。ハハハ、こんなことが現実に起こるなんてな…」
温かな光に包まれた兵士達は自分の傷が無くなっていることに驚愕する。
もう動かないと思っていた足や腕が動かせる。それだけじゃなく、身体のあちこちが痛かった筈なのに全部消えているのである。
「帝国軍兵士の皆さん、怪我は僕たちが治します。絶対に治します!帝国の意地をみせてやりましょう!」
ルークがそう言うとその場に居た人達が一斉に
「おお!!!!!!!!」
と叫び外へ駆け出していく。
もう治すことができないと軍医に言われていた彼らは戦争自体を諦めていた。もう戦えないと。しかしそれは覆されたのだ。優しい温かな光に包んでくれた音楽隊によって。
まだ、自分達は戦えるんだ、絶対に勝ってやると敵に立ち向かっていく。
兵士達を見送った音楽隊はいつもどおりの行動をする。
「皆、外に出て直接音楽を響かせよう!」
そう言ったルークは前回のウルド前線で培った経験を元に敵の攻撃に当たらないように音楽隊を引き連れながら帝国兵を癒していく。
「皆、ここが踏ん張りどころだよ!」
「ルーク殿!何を言っておられるのですか?まだまだ元気ですぞ!」
「ルーク様、私達は疲れてなどいませんよ。むしろ調子良いくらいですよ。」
「なら今日は日没まで頑張ろうか!」
帝国のガルド前線はその日のうちに兵士達の士気がかなり上がり負傷兵が前線に復帰していくのだ。
元々、マーラ王国は兵力がかなりいる大国であるが対する帝国は圧倒的に兵力は少なかった。
少ないからこそ一人でも負傷してしまうのが痛手であった。
しかしそれも今日まで。
音楽隊の活躍により兵力を回復したガルド前線の帝国兵はウルド前線同様マーラ王国の兵士達を退けた。
「やったぞ、音楽隊のお陰だー!」
「マーラが退いてくぞー!」
「勝鬨を上げろ!!」
「「「「「「「うおー!!!!!」」」」」」」
ルーク達音楽隊も盛り上がっていた。
自分達が役に立ったのだと喜びをわかち合った。
帝国軍のお荷物だと言われていた音楽隊はもうそこにはなかった。
嬉し涙を流しながら肩を組み合う音楽隊。
そんな光景を見たガルド前線兵士は言う。
「聖人のような人達だな。」
「聖人か。なら聖楽隊だね。」
「聖楽隊は良い響きだな。帝国の聖楽隊。」
「帝国軍で広めていこうぜ!帝国の聖楽隊!」
帝国の聖楽隊はこれから先の帝国の歴史の1ページになる。