ヴァイラス帝国皇帝
「帝国は何としても勝たねばならんのだ。」
そう口にする人が現在のヴァイラス帝国皇帝のダラムラドである。
「陛下、ご決断を。」
皇帝陛下ダラムラドに返答するのはデハード大将軍。
二人で話し合っていた内容はもう一ヶ所の前線が立て直された後に行うマーラ王国との終戦協定の為の話し合い…ではなく、さらにその後のことである。
もしマーラ王国があれだけの被害を出して尚まだ戦争を止めないのであれば此方から仕掛けるしかない。
ただ、帝国軍を動かすのではなく帝国軍音楽隊を送ろうと考えていたのであった。
それは音楽隊にとってはとても過酷なものになることは予想されるが、軍の衝突で被害が出てしまうよりは良いだろうという考えの元、皇帝陛下とデハード大将軍は話し合っていた。
しかし、デハード大将軍だけは音楽隊を動かすメリットとデメリットを理解していた為、あまり気が進まなかった。
それでも、戦争終結を早く終らせることこそが大将軍としての責務であると考えた為、皇帝陛下の決断に従うつもりであった。
「デハードよ、時がきたら音楽隊に勅命を出すのだ。」
「…分かりましたぞ、陛下の勅命ということで音楽隊を動かしますぞ。」
デハード大将軍と皇帝陛下ダラムラドはこれでも長い付き合いなのでデハードの素を知っている人物である。
「しかしデハードよ、2ヶ月前に音楽隊を戦地に送ると言ってきたときは何事かと耳を疑ったぞ。」
「いやはや、それでもあの時も陛下は即決したではありませぬか。」
「デハードが言ってきたことは全て正しかったからのう。」
全ての意見をそのまま採用とは如何なものかと思うデハード大将軍。
「ワシもそろそろ引退したいのですが。」
「これこれ、大将軍ともあろうものがそのようなこと言っても却下じゃ。却下。まだまだお主は手放さぬよ。」
皇帝陛下はデハード大将軍にゆっくりとした足取りで近付いてくる。
これ以上話が長くならないように、陛下との会話を終らせるデハード大将軍。
「さて、それではワシは戻りますぞ。」
「あ、今朕のこと面倒くさいって思ったじゃろ?」
「思ってない。」
「お、素の言葉が出てきておるぞデハードよ。」
「…では陛下、ワシは仕事に戻ります故此れにて失礼。」
「逃がさぬのじゃ!」
デハードの腕を掴む皇帝陛下。
「デハードよ、もう少し相手してくれてもよかろう。」
「子供ですか?陛下は。」
「お主、砂糖が欲しくはないか?」
「…しょうがないですな。少しだけですよ。」
「わかっておる。わかっておる。ほれクッキーもある。食べていくと良いぞ。」
「クッキー?…勿論食べていくんだもん。」
「ガハハ。葡萄ジュースもあるぞい、時間など長くなっても良いからな朕は!」
皇帝陛下とデハードは同様に素を出せる関係である。
そして、皇帝陛下は寂しがり屋なので誰かが自分から離れていくのを見過ごせない性格なのだ。
デハードの甘党を知っている皇帝陛下はこうして毎度毎度楽しい時間を過ごすのであった。
一方その頃の帝国軍音楽隊は。
「やっと到着か。」
「はい、ルーク様。ここまで長かったですね。」
ここはウルド前線から西に行った前線。
クルド前線と呼ばれる前線である。
音楽隊はボルド前線の演奏から1日休みをとり、そこからはまた休まずにガルドとウルドを巡りクルド前線へとやって来たのだった。
クルド前線は今までの前線に比べるとそんなに争いが過酷ではないが地理的には厳しい場所であった。
それは今までは大なり小なり近くに街があった為過ごしやすかったがクルド前線は砂漠地帯。
主要な街などはかなり離れているので物資が足りないことや、砂漠地帯特有の気温差に激しく体力を奪われるのである。
しかし、ここの前線をマーラ王国に突破されるとウルド前線や帝国の食料生産地域に一直線の為、防衛しない訳にはいかない。
帝国軍の陣を張っている場所に車両を走らせる音楽隊。
ルークはつぶやく。
「クルド前線の指揮官は居てくれるといいな。」