第9章 再レースの約束
川のせせらぎが、森の静けさをやさしく打ち消していた。かめとうさぎは、並んで小さな川辺に腰を下ろしていた。以前なら、こんなふうにゆっくり座って話すなんて、考えもしなかった。
「……それでさ、提案があるんだ」
うさぎが口を開いた。かめが顔を向ける。
「レース、もう一回やらない?」
かめの目が大きくなった。
「……もう一回?」
「うん。ただし、今度は少し違う。単に“速さ”だけじゃなくて、いろんな力が必要なコースで。走ったり、泳いだり、登ったり。……あと、ちょっとした知恵もね」
うさぎはいたずらっぽく笑う。
「君には君の得意な道があるし、俺には俺の得意な道がある。どちらかが有利ってわけじゃない。だから、今度こそ本当に“正々堂々”勝負できると思うんだ」
かめはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……それって、“比べない”ってこととは違うのかな?」
うさぎは少しだけ戸惑った表情を浮かべたが、すぐに答えた。
「比べることが悪いんじゃない。たぶん、“どう比べるか”が問題なんだと思う。ただの勝ち負けじゃなくて、お互いの力を認め合うためのレースにしたいんだよ、今度は」
風がふたりの間をすり抜け、木の葉を揺らす。
かめはその音をしばらく聞いていた。そして、静かにうなずいた。
「……わかった。やろう、再レース」
うさぎの耳がぴくりと動いた。
「本当?」
「うん。今度こそ、ちゃんと“ともに走る”レースにしたいから」
ふたりは目を合わせた。
勝ち負けではなく、走り方を問うレース。互いの歩みと向き合うレース。
そして、きっとそれは、自分自身と向き合うためのレースにもなるのだろう。
「じゃあ……準備しないとな。コースを考えて、いろいろ工夫して……協力してさ」
うさぎが言うと、かめは微笑んだ。
「レースの準備を、一緒にするなんて、前なら想像もしなかったな」
「なあ、かめ」
「ん?」
「楽しみだな」
「……うん、楽しみだよ」
ふたりは再び歩き出した。次に走るための道を、今度はともに作りながら。