窓から観覧車が見える
「第6回下野絋・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞」参加作品です。全部盛り。
「ね〜ね〜、結構いい眺めだと思わない? 夜にはライトアップされてもっとキレイなんだよ〜」
はじめて案内されたマンションの部屋で、チヒロが笑って私に言った。部屋からはベランダ越しに遊園地の観覧車が見えた。
このマンションはチヒロのママの持ち物だ。一緒に暮らす代わりに私はまた4年、クレージーでロックなチヒロの面倒を見ることになった。チヒロが一人暮らしのトレーニングをサボったせいもあるけれど、高校を卒業して別の大学に行ったら縁が切れると思ったのも事実。だけど家賃水道光熱費がタダだと言われれば、それも親友の頼みとなれば私の母が断るはずもない。そして私も「本当頼りにしてるから。チヒロのこと、お願いね」と目をじっと見て手を握られたら逃げられない。あーもう!
チヒロとの付き合いは小学生からだ。チヒロのママは当時からバリキャリで料理なんかしなかった。そのせいで夕飯は私の母が継いだ食堂にいつも食べに来ていた。結婚はしたけれど、売れないギター弾きの男を追い出して自分の会社を立ち上げてから、チヒロを家に預けてさらに猛烈に働き出した。
私たちはずっと姉妹のように育った。遠足のお弁当の中身がおんなじでよくからかわれた。射手座と牡牛座まんまの性格もまるで正反対だったが、それでもどちらが上というのでもなく私たちは対等だった。譲れないときはゲームで決めた。トランプやジェンガ、リバーシや将棋花札麻雀、種目は何でもいいのだけれど、じゃんけんなんかであっさり決めたくなかったから。
マンションで暮らし始めてもそれは変わらなかった。掃除や洗い物やゴミ出しや買い物とか。
ある日私は酔ったチヒロから不意に抱きしめられた。ルームメイト以上の関係を求めていることに気づかされた。それは私がずっと封じ込めていた感情と同じものだったけれども、受け入れてしまったらチヒロのママの信頼を裏切ってしまうことになる。そうして想いをやんわりと拒絶した。
だけど次の日、チヒロは「リヴァプールでロックな夢を掴みに行ってきます」とカレンダーの裏に書き置きして消えてしまった。
近所に散歩に行く感覚かよ。寝言は寝て言えってのよ! そもそもギターどころかあんた、ピアニカも弾けないじゃん! 私はカレンダーを紙飛行機にして思い切り観覧車に向けて放ったのだった。
だけど今、私とチヒロはイギリスで結婚を認められて一緒に暮らしている。うん、確かにこれはロックかもしれない。