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新しい世界への適応

登場人物

 エリカ:異世界の大賢者、魔法使いの老人エリアスが異世界転移して若返り、女性化した姿。

 鈴木大輔:エリカのパートナー。エリカの秘密を知っている。

 エリカは、彼女に与えられた寝室のベッドに座り、周囲を見渡した。シンプルで清潔な部屋には、広いベッドと大きな窓、そして書斎机が備えられている。窓の外には静かな夜景が広がり、月が優しく照らす庭や、風に揺れる木々が見える。ここが自分にとっての新しい居場所だと感じさせた。

 エリカは、机の上に置かれたテレビのリモコンを手に取り、興味深げに見つめた。だが、異世界から来た彼女には使い方がわからない。ためらいながら、エリカは手をかざし、呪文を唱えた。彼女の手のひらから光が溢れ、直径30センチメートルほどの魔法円が現れる。魔法円はリモコンの上でくるくると回り始めた。現代技術の製品でいえば、立体スキャナーのようにリモコン全体を走査している状況を想起する者もいるかもしれない。

 このアルヴェリオの魔法は、マジックアイテムなどの物品の解析をするためのものだった。エリカは魔法の力でリモコンの使い方を学習したのである。


「これで、使える……」


 エリカはリモコンのボタンを押し、テレビの電源をオンにした。画面に映し出される現代日本のニュースやバラエティ番組は、彼女にとって未知のものばかりだった。

 さらに、彼女は部屋に備え付けられたタブレット端末にも同様の解析魔法をかけ、使い方を学んだ。インターネットで検索をし、この世界の情報を収集すると、自分が異世界に来てしまったのだと実感が増していく。


「どうして、私はエリカと名のってしまったのだろう?」


 自身が理解できない衝動が、自分の中にあることがエリカをより不安にさせるのだった。


  * * *


 一方大輔も自分の部屋で悶々とした気分になっていた。善意からとはいえ、見知らぬ少女を自宅に連れ込んだのだ。よく拒絶されなかったと今さら思う。

 だが、ベッドの上で寝転がりながら大輔は思う。彼女を放っておくことなどできなかったと。最初はトラックに轢かれたかと思った。トラックの前に飛び出したのはネコを助けるためだと分かった。それだけで、彼女が勇気ある優しい少女だと分かる……と大輔は思う。

 それに加えて、あの謎の光だ。彼女は控えめに言って大怪我をしていた。骨に異常がなくても皮膚を大面積で擦過したのだ。むしろ骨折より治りにくいし、放置すれば失血で命の危険すらあったろう。そんな怪我が目の前でみるみるうちに治っていったのだ。

 まるでフィルムを逆戻しにしたように怪我が「消えていく」様子は大輔の語彙で表現するとこうなる。


「魔法? ……彼女は魔法使い? 魔法少女?」


 大輔はオタクだった。どちらかというと陽キャで友達も多い。ついでに家も資産家なのでオタクであることを理由にキモがられたこともいじめられたこともない。

 それでもオタクなので、あらぬ妄想をしてしまうし、目の前で起きた非現実的な出来事に興奮するのを止められない。

 この時点でエリカと大輔は知らない。ふたりの偶然の出会いが、どんな未来をふたりにもたらすのかを。


  * * *


 エリカが鈴樹家に迎えられて二週間ほどが経過した。エリカは鈴樹家の一員としての生活に馴染みつつあった。大輔の母親はパワフルな人物で、まず弁護士を通じて関係各所に紹介をかけて、エリカの身元を捜した。

 行きがかり上、エリカの親族が見つかるはずはない。大輔とエリカも遠回しにそういうことを言ってみた。すると真由美は笑いながらこう返すのだ。


「こういうのは全部法律に則って手続きしていけばいいの。というかそれしか方法はないのよね」


 胸を張ってそういう小柄な母が、大輔には大きく見えた。真由美は夫を亡くした後に企業グループを引き継ぎ、それを切り盛りしてきた女傑である。子供のころは寂しい思いもしたが、大輔にとって誰よりも尊敬する母親なのだ。


「それに、弁護士の先生から聞いた話だと、過去にそういう事例もあるんだって」

「あるんだ。そんなこと」


 素直に驚く大輔に対して、エリカの方はまだ少しピンときていない。元の世界での身分を証明する書類はもっと緩やかなもので、現代日本のように厳格に管理するという感覚がわからないのだ。


「なんでも、記憶喪失で身元がわからない人が、新しい戸籍を得たっことがあるんですって。だから、もしエリカさんの身元がわからなくても我が家の養子になればいいわ」

「養子かあ」

「そんな。私なんかを……」

「エリカさんが大輔のお嫁さんになればもっと簡単ね」

「お母さん。それはセクハラだよ」


 ……こんな感じで、エリカの社会身分についての問題は大輔の母任せで解決した。より正しくは任せておけば解決してくれるだろうということになった。

 そして話題は次の問題に移った。


「エリカちゃん。うちの学校に通いなさい」


 この場合「うちの学校」というのは比喩ではなく、言葉そのままの意味だ。大輔も通う桜華学園のオーナーは真由美なのだ。理事長こそ教育界の重鎮にその席を任せているが、事実上彼女の持ち物といってよい。


「子供が教育を受ける権利は強力なのよ。戸籍や住民票がない子供でも学校には行けるの」


 そうなのか、と母の言葉をそのまま受け止める大輔。エリカは元々この世界、というか現代日本の常識がない。事実を素直に受け止め感動していた。アルヴェリオで子供が学校で学ぶ機会を得るのはよほどの強運が必要である。すべての子供に教育を与えるというこの国の理念には称賛の念しかない、という具合だ。

 だが、その後に続けられた真由美の言葉に、エリカは凍り付いた。


「問題は学力ね。エリカちゃんの学力が中学生以下なら、中等部に通ってもらうことになるわ」


 なるほど、と大輔は思った。母としては元から中学校、つまりは義務教育を受けさせたかったのだろう。だが、大輔に懐いているエリカが同じ学校に行けないことを素直に受け入れるとは限らない。だから、学力を問題にしたのか。

 大輔がエリカに目をやると、母の発言を聞いたエリカは真剣な表情でうつむいていた。


最後までお読みいただきありがとうございました。

次話もよろしくお願いします。

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