君に逢う為に、時戻る
短いです。時戻り物です。
全て覚えている事は出来なかった様だ。
それでもこの腕の中に倒れ込んできた温もりは覚えている。
彼女は私の最愛で、かけがえの無い、唯一だったと言うのに。
幼い頃から共に努力し、高め合い、支え合い。
そうしていつか純白に身を包んだ君のヴェールを上げ、口付けをして。夫婦になり。この国を守って行くのだと、信じて疑わなかった。
私は、そう、愚かにも疑う事も無く。
覚えている。
君が、私の手の中で、どこか満足そうに息絶えて逝ったのを。
そして、私は君の亡骸を抱えて、神殿の奥に行った。王族しか使う事の出来ない、禁呪を宿した鏡を扱う為に。その鏡を割ると、時戻しが発動する。本来なら国の危機の時に使う為のそれを、私は躊躇う事無く叩き割った。
生きている君に逢う為に。
メルティアラ。
君のその笑顔に逢う為に。
「おはようメル、良い朝だね」
私は努めて笑顔を作った。抱き締めたい衝動を堪えて。でもそんな私にメルは先程までの笑顔をスッと消し、そのまま俯いた。
「スノウ様は嘘付きでしたのね」
そしてその声はふるえていた。
「ちっとも、良くないです。私、ちっとも良くないですわ」
「メル…?」
不安になった。
私は全てを覚えて帰って来られなかった。それはきっと私が何よりメルを覚えている事を優先したせいだと思う。
でもそれをきっとメルティアラは良しとしないだろうと分かっていたんだ。日頃から言われて居たから。
『もう、スノウ様は私に傾倒し過ぎだと臣下に侮られているのご存知な癖に改めようと為さらないのですから!』
努めて怒った様に言う君が好きだったから、私はごめんね?といつも改める事は無かった。
でもメルはそんな私の分まで責任感を持っていた様だった。
あの時、メルは既に息を引き取って居たけれど、確かに鏡に映って居た。
それに、メルは私の中では既に妃だった。つまり鏡を割った私の身内、王族と言う条件も満たして居たかもしれない。
「…思い当たる節がある様で。スノウ様、私、死にましたのよ。本来、貴方様はそれを受け入れなければならなかった」
「無理だよ。だからこうなった」
「今此処に居る私は、どうしたら良いんですの。私、貴方様をお守り出来て、満足で」
「でも君は笑ったよ、メル。私に逢って、笑ったんだ」
だからどうか自分を否定しないで欲しい。
私はそっと、壊れ物に触れる様にメルの頬に触れ、その顔を上げさせた。
「あたり、まえ、です。私だって、出来る事ならスノウ様と共に在りたかったと、」
そう想っていてくれて私は心底安心したけれど、メルは悔しいのだろう。自分を臣下として律しきれなかったと悔いて居るんだろう。それでもね、メル。
「なら、君が生きている今が私の最上の正解だ。私は残念ながら少しも後悔していないんだ。ごめんね?」
私がいつもの様に言葉だけのごめんねを言うと、メルの瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。
「スノウ様は、いつもそうなんですから」
「そうだよ。君が居ないと息も出来ない男を救ってくれ」
「…どうやって?」
「こうやって」
その唇に口付ける。柔らかい唇は、涙で少ししょっぱい。だけど、極上に甘い気がした。
「……私、覚えております」
「うん?」
「私が覚えている事、全てお話します。だから、今度は、危険な目に合わないで。私、同じ事が起きたら迷えない。だから、スノウが気を付けて。非情に、なって。ごめんなさい、私酷いお願いをしている…」
昔の様な口調で、私をただのスノウとして見てくれている今に目眩がしそうな程嬉しい。
「良いよ。私はね、メルを殺めた者に慈悲を持つ程聖人ではない。非情だとすら思わない。これでも王太子だ。そういう覚悟は出来てるさ」
メルを腕の中に閉じ込める。その温かさにホッとする気持ちと、好きな女に触れている実感がせめぎ合う。
「それとも非情な私では愛せない?」
「……意地悪ですわ」
「安心させてよ。君にしか出来ない事だ」
「愛しております。今度こそ、ずっとお傍に居りますから。どうか、そんな泣き出しそうな顔、なさらないで下さい」
「良いの〜?あの鏡、君がウン百年前に懸想した男にあげたやつでしょ〜?」
「良いのよ。彼の子孫が幸せになる為に使ったなら」
「そんなもん〜?恋って厄介だなぁ」
遥か遠くから千里眼でそれを見守っていた魔女は可笑しそうに笑った。
「あら、愛よ。幸せにおなりなさい。可愛い子達」
読んで下さってありがとうございました。