労働基準監督署編②
給与の催促を行って十日後、余裕をもって期限日の夜まで待って確認したが給料の入金は無かった。丁寧な会社であれば入金後に連絡があると思っていたがそれも無く、いかんせんこの十日に入金が無かったのだからそれも当たり前だった。
いざ労働基準監督署へ向かう。前回、対応してくれた職員さんがいたので対応を再度お願いする。
「すみません、やっぱり支払いがありませんでした」
給料の支払いを催促する旨のやり取りを行ったLINEの履歴のスクリーンショット、当日までの銀行入出金履歴のスクリーンショットを見せると「えっと少々お待ちください」と奥に引っ込んでしまった。すこしの後二十台半ばほどの青年が現れ、今回からその青年が対応することになった。
ここで私の推測の話になるが、前回と今回の対応してくれていた年配の女性はアルバイト、もしくは派遣社員だったのだと思う。そう推測したひとつに名札の存在があった。女性は首掛けの名札を着用しており、この事務所内にその名札を着用している者とそうでない者がいた。つまり、初回の対応は労働基準監督署のいわゆる防波堤だったのである。テンプレの対応をし労働基準監督署が動く為に必要な対応を伝えてお帰り頂く、それでも駄目だった場合にやっと「本職」が出てくる仕組みになっていた。そして、その仕組みがあるということは「ふるいに掛ける」必要がある社会の現状があることを物語っていた。
さて、担当者が変わった事でまた初めから説明をする必要がある。さわりの部分を話した後に「ではこちらに記入を」と初回に書かされた書類を渡される。
「…前回に記入をしたのですが残っていませんか?」
「おそらく無いですね、書類を溜めるなって怒られるんですよ」
悪びれもせず、そう伝えられた。十日前の書類である。また私と会社の情報がある程度記入してある書類である。考えられるこの対応の理由は「相談後に音信不通になる相談者が多い」もしくは「再来しても個人情報なぞ再度書いてもらえばよい」のどちらかである。私は元建築関係者であり工事の関係書類は五年の保存義務がある。そういう環境にいたのでこの対応に大変に驚いたが、しぶしぶ再度記入を行った。
「どうぞ」
「はい、確認しました。正社員の採用で業務委託だったという証拠はありますか?」
事前に何を聞かれてもいいように、面接時に使用した書類と求人サイトのコピーを事前に用意していた。前回の対応で労働基準監督署というのは後出しで必要物を求めてくる所だと学習していた。提示できる物は全て準備して訪れる場所である。
「給料の未払いの対応でちょっと問題があるのですが。七月はアルバイトとして対応できるのですが、業務委託の場合では労働基準監督署では対応できないのですが八月は正社員ですか?業務委託ですか?」
すこし複雑な話が出てきた。
「それはこちらで決める事なんですか?どういう違いがあるんですか?」
「業務委託にした場合、八月分はこちらからの行政指導外の部分になります。あとここで業務委託での入社を認めたという事にもなりますね」
この話をする前に青年と少し話をした時に、「正社員採用をうたって入社したら業務委託だった」の部分は裁判でやるしかないという話をしていた。つまりここで八月分を労働基準監督署で動いてもらうかどうかで後の動きが変わるのである。ここで細かく対応できる範囲やその後の影響の話をし、七月の明確にアルバイトとして働いた期間で労働基準監督署に動いてもらう事になったが、またここで問題がでてくる。
「あと面接時の資料で、アルバイト時給が千円から千七百円とあるのですが、いくらなんですか?」
そんなもん俺が知るか。その労働契約の契約書を発行しないってのも相談の一つなのである。
「そういう諸々の事を不明瞭にされているって事も相談にきた理由なんですが、それは相手に決めてもらう事はできますか?この提示内での支払いなら私は文句はないですから」
「分かりました。ではこの内容で担当者に伝えますが、本日再度会社へ催促の連絡をお願いします。三日後に指導担当者の○○から連絡をさせますので」
今度はきちんと文面の指定をされての催促指示だった。
『労働基準監督署に相談をし、七月のアルバイト期間には支払い義務がある為、三日以内に支払いをお願いします。支払いが無い場合は監督署に処置を依頼します』
その返事はその日の夜のうちに来た。
『労働基準監督署からの処置や問い合わせ?お待ちしております』
開き直りの文章だった。
そして三日後に労働基準監督署の指導担当者から連絡がきた。ことの経緯を説明し動いて貰うことになったが、ここから相手へ労働基準監督署への出頭を一週間後の昼前に命じるとのことだった。また待つのか。この指導員とも事の経緯から細かい確認作業をして待機期間が発生した。
出頭日当日。昼に指導員から連絡がきた。午前中に終わったのかと電話に出ると「来ませんでした」と予想外の報告をうけた。少し心配になったが「これから訪問に行きますので場所の再確認を」とのことだった。 厚生労働省の職員が昼間の風俗店に訪れるというちょっと面白い状況にわくわくしてしまった。
夕方に報告があった。お互いの主張をすり合わせたいとの事で話を聞いてみると相手はこう言っているとの事。
『雇用契約に関しては認める。給料は支払う。だが採用に伴っての経費が給料を超えているので支払う給料が無い』
これは賃金払いの五原則や職業安定法第六十五条に違反しているし、もっと調べれば他にも違反しているだろう。
「これは色々違法だと思うんですがどうなるんですか?」
「すり合わせも出来ましたので、再度連絡いたします。一週間ほどでまた連絡いたしますので」
また待たされるのである。
その後、二週間待たされ連絡がきた。
「お待たせしてしまってすみません。あの後何度か相手と話したのですが平行線でして…埒があかないので、ちょっとここで指導の終了になるのですが」
「刑事事件とかになるって事ですか?」
「いやそれはご依頼者の方でやって頂くしか」
「…あー、ハイ。分かりました。すみませんねお手数お掛けして」
「こちらこそ、力になれずにー」
ここまで来るのに労働基準監督署を訪問して一か月半以上が経っている。成果は『労働基準監督署が会社に「悪い事しちゃ駄目だよ」と言った』だけである。
そして、ここから私は弁護士相談へ赴くのであった。
労基に相談する時は、相談前に会社へ要求を伝えておこう。労基に行く際二度手間になるからね。