月と恋
望月の姫、ぬばたまの黒髪の夜空にたなびくなよ竹のかぐや、満目蕭条たる厳柴原に佇み、月明り煌々と、白く閃きたるは乙女の微笑みよ。黒地に舞い散る桜の花びら、雲形には椿、牡丹、燕子花の着物、帯は緋色の宝相華。褄のひらりと、みえつかくれつする白足袋の、足先が緩く曲がるいじらしさ。
時の帝、天壌無窮の寵愛にさえ、つれなく面を背けることを嘆きつ。姫かげながら袖を絞りたるを知りて、なおのこと悔やみつ。
あなにやしえをとめを……
あなにやしえをとめを……
世に生まれいづるは人の心、男女一対の神、向かい合いて一言、巡り合いて一言。
我が国の神話がこのようにして、まず人に見いだしたのは淡い恋心であることを、私が今一度考える。高天原の神々が、月に昇るかぐやに感じた面影は、伊邪那美尊のそれに違いない。何ぞ無何有郷の姫君が時の流れに縛られるものか。色即是空、空即是色。黄泉は天上に還りゆく。
かぐや姫の睫毛にかかる悲劇の色に、気づいたのは媼。帝との恋路はまた、ロマネスクのなかに溶け入る。この悲劇、この皮肉。飛鳥、あるいは平城、または平安の都に、女の恐ろしい心の機微に聡い男のいないことはありえない。なぜかの姫君は救われなかったか? 永遠に救われることのない姫、いつか救われる女としての姫。かぐやの確乎たる生、まさに社燕秋鴻のごとし。ただあとには泡沫の夢のように茫漠の感が残される。私はこれを抱きながら、古の悲劇に胸をつく。