オタクくーん見てりゅ…カット!テイク28!よーいアクション!【プロ意識の高いチャラ男】
「うぇーい! オタクくーん見てりゅ──」
「カット!」
「うわあまた噛んじまった! すまんシュウジ」
「これでテイク27だぞ……落ち着いてセリフ読めよ、アキラ」
「マジごめん。ラ行が苦手なんだよ……」
友達と遊んだ帰り道。
私は、このチャラ男二人組に拉致され、知らない部屋へと連れ込まれた。
綺麗に整えられたベッドに座らされ、すぐ隣には日焼け金髪のアキラ君。
目の前で台本片手に指示を出している黒髪センターパートは、シュウジ君というらしい。
そしてもう一人、この部屋にはタクヤ君という少年もいた。
彼は二人の後輩らしく、カメラレンズを覗き込んだり、照明位置を調整したりと忙しなく働いている。
「ごめん、ちょっともっかい台本確認するわ」
アキラ君はベッドの下から台本を取り出すと、目を近付けてボソボソ読み始めた。
「えーっと、うぇーいオタクくーん見てる、今から君の大切な彼女ちゃんに……なあシュウジ。ここって『今から君の大切な彼女ちゃんに』じゃなくて『君の大切な彼女ちゃんに、今から』の方が良くないか?」
「いや、それだと一文が長く聞こえるし固すぎる。エロ漫画じゃねえんだぞ。口語重視の文体でいきたいから今のままで」
「分かった」
こいつらストイックすぎるわ!
ここそんな重要じゃないでしょ!?
むしろ雑に一発撮りしてる感じの方が臨場感あってオタクくんも焦ると思うんだけど!?
「彼女ちゃん、何度も付き合わせてごめんね。もうワンテイクお願いします!」
「あ、あぁ、はい」
拉致しといてチャラ男が頭下げんなよ!
誠意に圧されて「はい」って言っちゃったわ!
大丈夫かなあ!?
これって同意した事にならないかなあ!?
「よしアキラ、彼女ちゃん。次で決めるぞ。テイク28! よーい、アクション!」
シュウジ君の合図と同時に、アキラ君のスイッチが入った。
私の肩に手を回すと、舌をちょろっと出し、顔を傾けてカメラを覗き込む。
「うぇーい! オタクくーん見てるぅ? 今から君の大切な──」
その時だった。
──ブゥゥゥウウン! ブォンブォン!
窓の外から、いくつものエンジン音が高らかに鳴り響いた。
シュウジ君はイライラ顔でカットをかけ、カーテンを少し開けて窓の外を眺める。
「……隣の市の暴走族だな。仕方ねえ、アイツら呼ぶか……」
数十秒に渡るエンジン音が鳴り止むと、シュウジ君はスマホを取り出して誰かに電話しているようだ。
「もしもしツバサ? 今すぐチーム連れてスタジオ前まで来てくれ。大至急頼む」
……スタジオって言った?
ここの事、スタジオだと思ってるの……?
ツバサ君とやらを待つ間にも、アキラ君は台本チェックを欠かさない。
タクヤ君もシュウジ君と一緒に画角の確認をしたり、カメラのレンズを拭いたりしている。
──ブゥゥゥウウン! ブォンブォン!
それから五分もしないうちに、再び大量のエンジン音。
部屋の外には三十台程度のバイクが集合していた。
私は恐る恐る尋ねる。
「こ、これは何の集団……?」
「暴走族の総長やってる後輩。”爆走童貞”のツバサだ」
「”爆走童貞”……?」
おそらく、ツバサ君とやらはバカにされている。
ふぁいと。ツバサ君。
アキラ君は窓を開け放ち、階下に向かって叫んだ。
「おいツバサぁ! エンジン音切って来いっていつも言ってんだろ! カメラ回ってたらどうすんだごるぁ!?」
「すいやせん! マフラー改造してるんもんでして……」
「まあいいや。とりあえず駅前の十二号の突き当たりと、十七号の交差点押さえとけ。アリ一匹通すんじゃねえぞ! あ、緊急車両は通してやれよ。人命に関わるからな」
「分かりましたッ!」
”爆走童貞”ことツバサ君のチームは、アキラ君の指示を受けてすぐに配置についたようだ。
即座に配置決めを行い散開する様子は、さながら軍隊のような機敏さであった。
これもアキラ君の教育のおかげなのだろうか。
もはやチャラ男とは思えないカリスマ性である。
「よし。これで邪魔者はいなくなったな」
アキラ君が深呼吸する。
私の緊張も高まる。
いよいよ、私……。
緊張が顔に浮かんでいたのだろうか。
アキラ君は私の顔を一瞬見つめ、立ち上がった。
「彼女ちゃん、ちょっと疲れたでしょ。シュウジも」
「そうだなアキラ、一旦休憩挟むか」
「よし。じゃあ水分補給して、五分後に撮影再開!」
「彼女ちゃんも休んでて良いよ。はい、これ」
「あ、ありがとう……」
シュウジ君に渡されたペットボトルの水を飲む。
変な薬が入っているかも、なんて疑いは微塵も無い。
何なら普通よりちょっと良い軟水である。
お腹に優しいチャラ男など聞いたことが無い。
「そうだ彼女ちゃん、ちょっとこっち向いて」
「え、何?」
シュウジ君が近付いてきて、私の前髪をクシで整える。
油取り紙でテカリを押さえ、メイクブラシでチークを足した。
私よりメイク上手い。
ほぼプロである。
そうこうしているうちに休憩時間は終わり、29テイク目の撮影が始まった。
「よーい、アクション!」
「うぇーい、オタク君見てるぅ? 今から君の大切な彼女ちゃんを、無理矢理奪っちゃいたいと思いまーっす!」
アキラ君は私の両肩を押さえて、ベッドに押し倒した。
「キャッ!」
悲鳴を上げてみたが、別に痛くは無い。
「さーてと、脱がしちゃおっかなー」
「や、やめて……」
アキラ君は私のブラウスに指をかけた。
あぁ、ここまで優しかったから、もしかしたらなんて思っていたけど。
やっぱりチャラ男はチャラ男だ。
やることは最初から決まっている。
裸を見られるのは嫌だが、仕方ない。
アキラ君が、ボタンを引きちぎるようにしてブラウスの前を強引に開けた。
「……は?」
戸惑うアキラ君と目が合う。
シュウジ君の方をちらと見ると、カットをかけるのも忘れて立ち尽くしていた。
「何だよ、それ……?」
私の身体──服に隠れていた部分には、無数の青アザが散りばめられている。
初見にはややキツいグロさだろう。
「彼女ちゃん、これ……誰にやられた……?」
アキラ君の真剣な目。
私は答えない。
「まさか、オタク君に……?」
「……」
私の沈黙を肯定と受け取ったのだろう。
タクヤ君は黙ってカメラと照明を切った。
シュウジ君が、替えのブラウスを持ってきて私に手渡す。
それを着ようとしていると、アキラ君が話すのが聞こえた。
「オタク君の野郎。裏で何かやってるとは聞いてたが、まさかここまでとはな……」
着替え終わる前に、私は咄嗟に口を挟んでしまった。
「それはアンタたちも一緒じゃない!」
「彼女ちゃん……?」
「男ってみんなそうなんでしょ!? 女は力で敵わないから、何しても良いと思ってるんでしょ!?」
立ち上がった私を、シュウジ君がなだめてベッドに座らせようとする。
「違うんだ、違うんだ彼女ちゃん」
「何が違うっていうの!? アンタたちだって、私を犯すためにここまで連れて来たんじゃない! 同じ暴力よ!」
「ここまで連れて来たのはごめん。だけど、本当はアキラがシャツを破って、下着に手を掛けようとしたところでカットが入って暗転する予定だったんだ。オタク君への挑発には、それで十分だから」
「そんなの信じられない!」
喚き散らす私に、アキラ君が台本を開いて見せた。
「本当だよ。ほら」
確かに、シャツを破って終わり。
カットがかかる事になっている。
「……」
タクヤ君が泣きそうな顔で、ブラウスから覗く私のお腹を見つめていた。
青アザが重なり、皮膚が黄色く変色している場所だ。
しばらくの沈黙を破って、隣に腰掛けたアキラ君が口を開いた。
「彼女ちゃんは……どうしたいんだ」
「え?」
「オタク君の事、本当に好きなのかよ」
「……」
答えられない。
答えられないよ。
「本当は別れたいんじゃねーのかよ?」
シュウジ君の深刻な声。
両目から涙が溢れ落ちた。
この二人なら、もしかしたら。
そう思った私は、無意識に頷いていたのかもしれない。
「よし。タクヤ、片付けやっといてくれ」
アキラ君が勢いよく立ち上がった。
「もしもしツバサ? 全員連れてスタジオ戻って来い。出掛けるぞ」
シュウジ君も、スマホを片手にジャケットを羽織った。
「それじゃ、俺たち行くわ」
「拉致ってすまんかったな」
部屋を出て行こうとする二人に、慌てて声をかける。
「ちょっと待って!」
「どうした?」
「オタク君って、実はものすごく力が強くて……。手下もいっぱいいるし、卑怯な手段も平気で使う人よ。もしかしたら刃物とか……」
そんな私の心配を跳ねのけるように、アキラ君は笑った。
「安心しろよ、彼女ちゃん」
シュウジ君も、センターパートの前髪をしゃらりと撫でて微笑む。
「地元じゃ負け知らずだ」
そう言い残し、二人は出て行った。
私は残されたタクヤ君にタクシーで送ってもらい、無事に帰宅する事が出来た。
あの後みんながどうなったのか心配で、その日は眠れなかった。
***
あれから一ヶ月が過ぎた。
オタク君とは、あれ以来一度も顔を合わせていない。
アキラ君やシュウジ君、後輩のタクヤ君とは、よくカラオケやゲーセンに行く仲になった。
ツバサ君のバイクの後ろに乗るのも慣れた。
見た目は怖いが、みんな喋ってみると良い人たちばかりだ。
私の身体中にあったアザは、もうほとんど消えていた。
本当に健康に、楽しく生きられている。
次はあんなクソ男に騙されないよう、本当に気を付けようと思う。
ところで、ツバサ君と私が最近良い感じなのは、みんなにはまだ秘密だ。
彼が”爆走非童貞”になる日も、そう遠くないのかもしれない。