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4-1

「担任の井上です。よろしくね、穂高さん」


 翌日あたしは、前の学校の制服を着て学校へ行った。学校までは糸ちゃんが車で送ってくれた。

 帰りも迎えにきてくれると言われたけれど、「帰りは大丈夫。ひとりで帰る」と言って断った。

 糸ちゃんはあたしが面倒をかけたせいで、アクセサリー作りの仕事がだいぶ遅れてしまったようだから、これ以上迷惑はかけたくなかったのだ。


 担任はすごく優しそうな、若い女の先生だった。

 転校初日に学校をサボったことについては、何も言われなかった。

 新しい生活に慣れるまでゆっくり見守って欲しいと、糸ちゃんが先生にお願いしてくれたらしい。


 教室に行き、みんなの前で挨拶をした。何度やっても緊張して、あたしはみんなから目をそらし続けた。

 休み時間になると女の子たちがあたしの席に集まって、話しかけてくれた。

 優しくて親切そうな人たち。だけどあたしは一言二言返事をするだけで、ずっとうつむいていた。


 そうしているうちに「つまらない子」と思われて、あたしの周りには人が寄り付かなくなる。

 それでいいのだ。今までもずっとそうやってきた。

 友だちなんていらない。仲良くなっても、あたしがあのお兄ちゃんの妹だとわかると、みんな怖がって離れていく。

 当たり前だ。あたしだって人殺しの妹が同じクラスにいたら、その子がどんなにいい人でも、気持ち悪くて寄り付かないだろう。


 だけど……授業中、ぼんやり黒板の文字を眺めながら思い出す。

 前の学校にいた『絵里ちゃん』は、あたしの唯一の友だちだった。

 絵里ちゃんはおとなしい子でクラスに友だちがいなかったせいか、あたしと仲良くしてくれた。

 あたしも絵里ちゃんの前では、素直になれていたんだと思う。


 放課後誰もいない教室で、絵里ちゃんとおしゃべりをするのが好きだった。

 下校時刻までの、そのわずかな時間だけは、あたしも普通の中学生でいられる気がした。

 絵里ちゃんはいつも、「この町にハンバーガーショップがあればいいのにね。そしたら学校帰りにふたりで寄って、もっとたくさんおしゃべりできるのに」と夢見るように言っていた。

 だけど彼女の耳にも、あたしのお兄ちゃんの噂が伝わってしまった。


「ごめんね。つぐみちゃん」


 引っ越すことになったあたしに、絵里ちゃんはそれだけ言った。

 あたしを責めることも、怖がることもしなかったけど、「これからも友だちだよ」とは言ってくれなかった。

 そしてあたしもそんなことは言えなかった。


 絵里ちゃんはどうしているだろう。授業の終わりのチャイムを聞きながら考える。

 あたしのことなんか、忘れてくれているといい。そして絵里ちゃんに、新しい友だちができていればいい。

 ひとりで帰る支度をしながら、あたしはそう思った。



「おかえり。学校どうだった?」


 カラスの散らかしたゴミ置き場の脇を通って家に帰ると、糸ちゃんが仕事場から顔を出して聞いた。

 糸ちゃんは今日一日ここで、アクセサリー作りをする予定だと今朝言っていた。


「うん……まあまあ」


 あたしの微妙な答えに、糸ちゃんは笑ってうなずく。


「そう。ならよかった。あ、そうそう、今日わたし聴いてみたんだよ」


 糸ちゃんはスマホを持って部屋から出てくる。なんだかすごく嬉しそうだ。


「何を?」

「つぐみちゃんの好きな、レイジって人の歌」

「え、聴いたの?」

「うん。わりとよかった」


 糸ちゃんはいたずらっぽく笑ってから言う。


「この人もう活動してないの?」

「五年前にバンド解散してから行方不明なんだって」

「へぇ。でもそんなバンド、つぐみちゃんどこで知ったの? テレビとか出てた? わたし全然知らなかったんだけど」


 あたしは言葉を詰まらせた。あたしがレイジの歌を好きになったのは――お兄ちゃんの好きだった歌だからだ。


 五年前、お兄ちゃんはこのバンドの歌をよく聴いていた。

「あたしにも聴かせて」と言うと「小学生にはまだ早いよ」なんて言いながら、イヤホンの片方をあたしの耳につけてくれた。

 レイジの歌を聴いているあたしは、なんだか少しだけ大人になったような気がして、お兄ちゃんに近づけたみたいですごく嬉しかった。


「たまたま……知っただけ」


 あたしはそう答えて、糸ちゃんに背中を向ける。糸ちゃんは黙ってあたしを見ている。


「今日の食事当番あたしだよね。今支度する」


 部屋に入ってドアを閉めた。そして深く息を吐き出す。


 レイジの曲をあたしに教えてくれたあと、お兄ちゃんは事件を起こした。

 優しかったお兄ちゃんが、学校で友だちにナイフの刃を向けたのだ。

 刺された人は亡くなって、お兄ちゃんは警察に逮捕された。

 中学生だったお兄ちゃんの名前は報道されなかったけど、ネットではすぐにバレて拡散された。

 家族の名前やお父さんの会社やあたしの学校まで。


 そんな恐ろしいことをしたお兄ちゃんの好きなものを、あたしはまだ好きでいる。

 きっとあたしはどこかおかしい。

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