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3-1

 翌日学校には欠席の連絡をして、糸ちゃんが美容院に連れて行ってくれた。


「わぁ、つぐみちゃん! すごくかわいいよ!」


 目が隠れるほど長かった前髪を切り、伸ばしっぱなしだった横と後ろも、肩のあたりで綺麗に揃えてもらった。

 鏡に映るマスクをしていないあたしは、昨日までとは別人のようだ。


「つぐみちゃんはお母さんに似て美人なんだからさ、隠してたらもったいないよ」


 あたしがお母さんに似ているのだったら、糸ちゃんにも似ているってことだろうか。

 ぼうっと鏡の中の自分を眺めながら、そんなことを考えた。


 美容院のあとは、制服の採寸に行った。

 あと一年くらいしか着ないし、もったいないから持っている制服でいいって言ったのに、糸ちゃんは「そういうわけにはいかない」と、新しい制服を注文してくれた。


 それが終わったら、糸ちゃんがハンバーガーショップに連れて行ってくれた。

 あたしがこの前まで住んでいた町にはなかった店だ。

 あたしはその町で一番仲が良かった友だちのことを思い出す。

 彼女はいつもこういう店で、学校帰りにハンバーガーを食べてみたいと言っていた。


 あたしと糸ちゃんはチーズバーガーのセットを頼んで、窓際の席に向かい合って座った。

 糸ちゃんはあたしの前でポテトをつまみながら、いろんなことを聞いてきた。

 あたしの趣味とか、得意な科目とか、好きなテレビ番組とか、いろいろ。

 あたしは趣味なんてなかったけど、糸ちゃんがしつこく聞いてくるから「音楽を聴くのが好き」と答えた。


「へぇ、どんな曲を聴いてるの?」


 あたしはいつも聴いているバンドの名前を言った。だけど糸ちゃんは首をかしげる。


「わかんないなぁ……最近の曲は」


 いや、そうじゃない。そのバンドの曲は、今流行っている曲じゃない。

 むしろ若い子より、糸ちゃんくらいの年齢の人のほうが知っているはず。

 七、八年くらい前にメジャーデビューして、アルバムを一枚出して解散してしまったロックバンド。

 そのボーカルの「レイジ」って人の、力強くて、でもどこか甘い声があたしはすごく好きなんだ。


 その時あたしはハッと思い出した。昨日駅前で歌っていた人の声。あの人の声はレイジにちょっと似ていた。

 レイジよりももっと甘くて優しい声だったけど、どこか切ない感じが似ているんだ。

 だからあたしはその声に惹かれたのかもしれない。


「つぐみちゃんは歌わないの?」

「え……」

「小さい頃、歌上手かったよね? ほら、おばあちゃんちで歌ってたじゃない」


 あたしは糸ちゃんの前でうつむいた。

 確かに小学校の低学年くらいまでは、よく人前で歌っていた。

 糸ちゃんが住んでいた、今は亡くなってしまったおばあちゃんの家でも歌っていたんだと思う。


「歌うのも、好きなんでしょう? そうだ、カラオケでも行く?」


 糸ちゃんの前で、うつむいたまま首を横に振る。


「いいの。歌うのは……もう好きじゃないから」


 そう言葉を吐いたら、目の前のハンバーガーもポテトもおいしそうに見えなくなってしまった。


【あなたたちは人殺しの家族なのに、どうして普通に生活しているのですか?】


 その文字が、頭の中でぐるぐると回る。


 五年前。あたしは犯罪者の家族になった。

 だからあたしは普通の生活をしてはいけない。

 好きなことをすることも、好きなものを食べることも、笑うことも、歌うことも……あたしはしてはいけない。


「つぐみちゃん……」


 糸ちゃんの声が耳に聞こえる。


「つぐみちゃんの人生はつぐみちゃんのものだよ?」


 お母さんもそう言っていた。「つぐみにはつぐみの人生がある」って。

 だけどお兄ちゃんが命を奪った人の家族は、まだあたしたちを許してくれない。

 逃げても逃げても追いかけてきて、あたしたちに普通の生活をさせてくれない。


【許されるはずなんてないでしょう? 私たちはあなたたちのことを死ぬまで、いいえ、死んでも許しません】


 引っ越すたびにポストに投函される、丁寧な文字で書かれた手紙。

 周りの家や学校や職場には、あたしたちが少年Aの家族だと書かれた手紙がばら撒かれる。

 あたしとお母さんはそこにいられなくなり、また新しい場所を探す。


 誰がやっているのかはわからない。わからないけど、あたしたちに反論する権利なんてない。

 あたしたちはこうやって一生、懺悔しながら生き続けるしかないのだ。

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