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「つぐみ、糸ちゃんのところへ行きなさい」
お母さんからそう言われたのは一か月前。もう何度目かわからない転校が決まった日だった。
「糸ちゃんがね、つぐみと一緒に暮らしたいって言ってくれてるの。ほら、来年は高校受験もあるでしょう? 糸ちゃんのところのほうが、落ち着いて勉強できるから」
あたしはお母さんの前で、首を横に振った。
「あたし高校なんか行かなくていい。これからもお母さんと暮らす」
「駄目よ。高校へはちゃんと行って。つぐみにはつぐみの人生があるんだから」
「お母さん。あたしは大丈夫だよ。転校も引っ越しも大丈夫。だからこれからもずっとお母さんと……」
「つぐみ」
お母さんがあたしの両肩に手を置いて言った。
「お願い。わかって。落ち着いたら必ず迎えに行くから。だからそれまで糸ちゃんのところへ行って」
あたしは何も言えなくなった。お母さんの目から涙がいっぱい溢れていたから。
「……わかった」
お母さんはあたしの身体を抱きしめて言った。
「ごめんね。ごめんね、つぐみ」
どうしてお母さんが謝るのだろう。謝らなくちゃいけないのは、お母さんじゃないのに。
本当に謝らなくちゃいけないのは――お兄ちゃんなのに。
五年前、お兄ちゃんが起こした事件によって、あたしたち家族はバラバラになった。
突然家にやってきた警察や報道陣。わけのわからないままお母さんの実家に身を寄せたけど、そこにもマスコミの人が押し寄せた。
お父さんとお母さんはあたしのために別れて、お父さんは東京にひとり残り、あたしとお母さんはいろんな町を転々としていた。
けれど逃げても逃げても噂はつきまとい、慣れた頃にあたしたちはそこに住めなくなってまた別の場所へ移る。
小学校も中学校も何回も転校を繰り返した。
それでもあたしはお母さんといたかった。だけどそれを言ってはいけない。
もうこれ以上、お母さんに泣いて欲しくなかったから。