表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/54

1-3

「つぐみ、糸ちゃんのところへ行きなさい」


 お母さんからそう言われたのは一か月前。もう何度目かわからない転校が決まった日だった。


「糸ちゃんがね、つぐみと一緒に暮らしたいって言ってくれてるの。ほら、来年は高校受験もあるでしょう? 糸ちゃんのところのほうが、落ち着いて勉強できるから」


 あたしはお母さんの前で、首を横に振った。


「あたし高校なんか行かなくていい。これからもお母さんと暮らす」

「駄目よ。高校へはちゃんと行って。つぐみにはつぐみの人生があるんだから」

「お母さん。あたしは大丈夫だよ。転校も引っ越しも大丈夫。だからこれからもずっとお母さんと……」

「つぐみ」


 お母さんがあたしの両肩に手を置いて言った。


「お願い。わかって。落ち着いたら必ず迎えに行くから。だからそれまで糸ちゃんのところへ行って」


 あたしは何も言えなくなった。お母さんの目から涙がいっぱい溢れていたから。


「……わかった」


 お母さんはあたしの身体を抱きしめて言った。


「ごめんね。ごめんね、つぐみ」


 どうしてお母さんが謝るのだろう。謝らなくちゃいけないのは、お母さんじゃないのに。

 本当に謝らなくちゃいけないのは――お兄ちゃんなのに。


 五年前、お兄ちゃんが起こした事件によって、あたしたち家族はバラバラになった。


 突然家にやってきた警察や報道陣。わけのわからないままお母さんの実家に身を寄せたけど、そこにもマスコミの人が押し寄せた。

 お父さんとお母さんはあたしのために別れて、お父さんは東京にひとり残り、あたしとお母さんはいろんな町を転々としていた。

 けれど逃げても逃げても噂はつきまとい、慣れた頃にあたしたちはそこに住めなくなってまた別の場所へ移る。

 小学校も中学校も何回も転校を繰り返した。


 それでもあたしはお母さんといたかった。だけどそれを言ってはいけない。

 もうこれ以上、お母さんに泣いて欲しくなかったから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ