8-1
くすくすとあたしの後ろから笑い声が聞こえる。
振り返らなくてもあたしにはわかる。あれは磯崎さんたちの声。
呆然としているあたしを見て、喜んでいるのだ。
今日も誰とも話さないまま一日を終え、校舎を出ようと靴箱の前で立ち止まったあたし。
「ない……」
ところがそこにあるはずのあたしの靴がなくなっていた。
「え、穂高さん、靴なくしたの? 帰れないじゃん。かわいそー」
わざとあたしに聞こえるように、磯崎さんが言っている。
あたしはぎゅっと唇を噛む。
あの人たちはあたしが困る姿を見て楽しみたいんだ。
あたしが困って泣き出すのを待っているんだ。
だけどあたしはこんなの平気。
無視されても悪口を言われても物を隠されても平気。
こんなことをされたのは、初めてじゃないから。
上履きのまま足を踏み出した。あたしの後ろがまた騒ぎ出す。
「ちょっ、あのまま帰る気?」
「ありえないでしょ」
「笑うのやめなよー、穂高さんかわいそーじゃん」
笑い声が一層大きくなる。あたしは振り向かずに校舎を出る。
大丈夫。大丈夫。上履きで帰ったって、身体が傷つくわけじゃない。
ただあの靴は、お母さんに買ってもらったばかりの新しい靴。
それをなくしてしまったことだけに、心が痛む。
「つぐみ」
校門を出た瞬間、声をかけられた。
「え……」
あたしは驚いて上履きを履いた足を止める。
いつもの黒いコートに赤い髪の毛。そこにいたのはヒビキだった。
「なんで……」
「返事してくれないから」
あたしがこの中学に通っていることは、前にファミレスに行った時、ヒビキに話してあった。
だけどまさかヒビキがここに来るとは思ってもみなかった。
校門から出てくる制服を着た生徒たちがヒビキのことを物珍しそうに見て、ひそひそ話をする。
「あれ、誰?」
「一緒にいるの穂高さんじゃね?」
「マジで? 穂高さんの彼氏?」
「穂高さんって、ああいう人と付き合ってるんだ」
クラスメイトの声。身体中が熱くなる。
さっき磯崎さんたちに笑われた時よりも、心臓の動きが激しい。
あたしはヒビキの顔をまともに見ることができない。
「それ、どうしたの?」
ヒビキの声にハッとする。
ヒビキはあたしの上履きをじっと見つめている。
「なんでもない……」
うつむいたあたしたちの横を、女の子のグループがちらちら見ながら通り過ぎる。
「あっち行こう」
ヒビキがあたしの手をとった。
そしてそれを強く握って、歩道をまっすぐ歩き出す。
ヒビキの手はあたたかくて、あたしの手は冷たくて。
重なり合ったふたつの手を、あたしは振り払うことができなかった。




