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都心から私鉄に乗って三十分の、東京の外れの街。
さらにバスに揺られて十分のこの場所に、糸ちゃんはひとりで住んでいた。
一階に事務所が入り、二階から四階までが賃貸マンションになっている、枯れた蔦が絡まる古いビル。
糸ちゃんの部屋は最上階で、エレベーターはついていない。
糸ちゃんは「ボロ」だと言ったけど、もっと悲惨なアパートに住んでいたあたしにとっては十分まともに思えた。
「つぐみちゃんの部屋はこっちね」
糸ちゃんはそう言って、道路に面した陽当たりの良い部屋に案内してくれた。
そこには糸ちゃんが使っていたというシングルベッドと、小さな机と、先に届けられたあたしのわずかな荷物が入った段ボール箱が置いてある。
糸ちゃんが窓辺に行き、窓を開く。冷たく乾いた風が、部屋の中にすうっと吹き込んできた。
「ここ……寝室だったんじゃないの?」
ベッドを見ながらつぶやくと、糸ちゃんは笑って答えた。
「いいの、いいの。わたしは仕事部屋で寝るから。最近ずっとそんな感じだったし」
糸ちゃんはこの家でガラスのアクセサリーを作って、それをネットなどで販売しているのだとさっき車の中で話してくれた。
それだけで生活できるのかと聞いたら、他にバイトもしているから大丈夫と答えた。
大丈夫、というのはきっとあたしに心配させないためだろう。
あたしは糸ちゃんの家に転がり込んできた、やっかいで役立たずな子どもだったから。
「ああ、そうだ、ちょっと待ってて」
ぼんやりと突っ立っているあたしを置いて、糸ちゃんは一回いなくなったあと、またすぐに戻ってきた。
「これ、つぐみちゃんにプレゼント」
糸ちゃんがあたしの手を取って開き、そこに何かをのせる。
それは糸ちゃんが作ったペンダントだった。
茶色い革紐の先に青と透明のグラデーションになった、しずく型のガラスがついている。
「……あたしに、くれるの?」
「うん。これからよろしくね」
あたしはつるつるに磨かれたガラスを親指と人差し指で挟んで、窓に向けてかざしてみた。
透明なガラスの中に入っている細かい泡が、午後の日差しを浴びてキラキラと輝く。
綺麗だなと思った。だけどあたしには似合わないと思った。
「ありがとう……」
あたしはそれだけ言って、パーカーのポケットにペンダントを押し込んだ。
糸ちゃんはそれを見てから、「じゃあシュークリーム食べようか」と笑って言った。
その日は「疲れたから」と糸ちゃんに伝えて、夕食も食べずに布団にもぐった。
慣れないベッドの中、イヤホンから流れてくる歌を聴きながら、身体を丸めぎゅっと強く目を閉じる。
疲れているのに頭がやけに冴えていて、眠れそうになかった。