第七話『姉妹と』
「来たッ!!これよっ!!ルディちゃん!!」
私、ルディウス・エルは先に引き続き、クレア・シャーロット王女殿下の着せ替え人形として任務を全うしています。
中性的なゴシックのセットアップを俺に着用させ、大変気に入ったのか端正な顔を大いに歪ませる鼻血垂れ不審者。
見つめる程に瞳に熱を帯び、肩で息を吐く様になる。
クソ変態が……
「あら……?いっけない!!もうこんな時間なのね!?」
時計が視線に入ったのか、何かを思い出した言動で変態ヅラが冷静さを取り戻し、焦りに変化する。
「待ち遠しすぎて、みんなが干からびちゃうっ!!行きましょうルディちゃん!!ふふっ!!こんな素敵な男の子、皆んなが卒倒しちゃうわねっ!!」
脈絡のないことを口走るクレア・シャーロットは俺の手を引き、衣装部屋の扉を勢いよく飛び出す。
「軽々しく僕の手に触れるな……それと、意外に走り易いな、このショートパンツ——」
背中から聞こえる俺の声と使用人達の注意を耳に入れず。
向かっている方向は館の中心部。
ダイニングホールか。
言動の意味から察するに誰かが俺を待っている?
わざわざ、俺に会わせる相手とは?
思考を巡らせる。
移動中の馬車で任務における基礎情報をアイツが話していたが……正直聞けていなかった。
正確には聞いてはいるが、アイツの声は聞いているだけで吐き気を催すので記憶の定着が難しい……
そんなこんな頭を凝らすルスをよそにクレアによってホールの大扉が開かれる。
「今日からみんなの弟になる……」
ああ。
思い出した。
「ルディちゃんよ!!」
クレア・シャーロット・エーデルには——
——三人の娘が居る——
「「「——きゅんっ!!!!」」」
扉が開き、視界に入った直後。
——飛来して来た三つの影。
「きゃっ!?」
「ありゃっ!?」
「う……」
そして今、俺に躱されたその影達は地面に伏し、衝突した面を赤くさせている。
同じ手は二度喰わない。
現状この女が俺に触れている事自体、忌々しい事態。
その上に二度も人間の生娘どもに揉みくちゃにされるなど、生き恥でしかない……
「あらあら、あなた達いきなり抱きついちゃダメよ?ルディちゃんが驚いて、怖がっちゃうでしょ?」
そうだ、生娘ども。
初対面の他人の身体に易々と触れて良いわけがないだろう。
この女に一度不覚を許したが、それは正気を失っていた為の油断……
現在も任務故に手を粉砕せずに我慢しているが——これ以上の接触があるようなら……
「ルディちゃん、大丈夫?手が震えてる、怖かったのね?可哀想に私が抱きしめて——」
膝を折り案ずる言葉をかけるクレアはルスの身体を抱きしめようとするが——
「きゃっ!?」
彼女の腕は空を切り身体はバランスを崩す。
クレアは娘達と同じように衝突した面を赤くしている。
「はぁ……マジで任務失敗しそう……すぅ……深呼吸」
四人の女性が地に伏している最中、小さく呟くルスは、自身の精神を落ち着かせ——胸に手を当て改めて言葉を発する。
「お初にお目にかかります——本日よりクレア・シャーロット・エーデル様に養子として迎え入れていただきました。ルディウス・エルです。皆様に至らぬ者と感じられぬ様、最良を努めさせていただきます」
麗しく告げられたルスの挨拶に目を丸くするクレアとその娘達。
その背後で。
「ななな!?なんですかっ!!?これはっ!!!」
この家の主人を含む四人の女性が今日この場へ加わったばかりの少年に頭を垂れている。
その不可思議な光景に、使用人達は絶叫するのだった。
■■■
「改めまして、本日より私達の家族となるルディちゃんでーす!!はーい!!みんな拍手〜」
住人、使用人ともに落ち着きを取り戻し、改まってルスの紹介が行われる。
以下はこの任務にあたり、授けられた俺の経歴。
生後、間も無くして産み親に捨てられ。
12年間、教会で孤児として育つ。
そして現在、エーデル家に養子として迎えられる。
という何の特徴のない自己紹介。
当然ながら数十秒後には沈黙が訪れる。
だか、その沈黙が数秒とも、持たなかった。
「はいはーいっ!!」
勢いよく手を挙げ、高らかに声を上げる桃髪の少女。
「あたし"ルワン・ティ・エーデル"!!『ルーお姉ちゃん』って呼んでねっ!!あたしは『ルーくん』って呼ぶからっ!!お揃いだねーえへへへ」
ルワン・ティ・エーデル。
歳は17、クレア・シャーロット・エーデルの長女。
性格は明るく、素直さを感じさせる彼女は、剣術と魔術どちらの才能も秀でており、王国内では『双才華の薔薇姫』と呼ばれる。
苦手なものは勉強と昆虫。
「よろしくお願い致します。ルワンお姉様」
「ルーお姉ちゃんねっ!!ルーくんっ!!」
『お姉ちゃん』と言うワードを強要するあたり母親と似ている部分があるみたいだな。
『ルーくん』呼びはぜひ辞めていただきたい、誰かを思い出す……
「はい……」
ルワンの右隣、本のページをめくる手を止め、小さく手を挙げた蒼髪の少女。
「我"テオ・ティ・エーデル"……呼び名は何でも良い……我は『ルディ』と呼ばせてもらう」
あっさりとした自己紹介を済ませた彼女はテオ・ティ・エーデル、14歳。
クレア・シャーロット・エーデルの末子である。
性格は内向的だが、幼いながらも知性が高く、物事を分析する事が好き。
その性格故に14歳と言う若さで国は魔術研究者の称号を与えている。
王国内では『愚者を知る賢姫』と名高い。
苦手なものは野菜と剣術。
「よろしくお願い致します。テオお姉様」
「ん……」
ルスの返答に短く反応すると少女は再び本の虫となる。
……残るは。
「おーいっ。じっこっしょうかいっ」
ルワンに背中を小突かれる灰髪の少女。
呆けた顔でこちらを見ている。
「なにぼーっとしてんの?お姉ちゃんが言っちゃうよー?」
「え、あ?待って、待て。大丈夫っ自分で言うから」
未だに衝突した頭が痛むのか?
先程使用人たちには何事も無いと言っていたが?
まぁ、どちらにせよ。
自分で自己を語ろうが語るまいが君達がこの場で言う様な基礎情報はある程度、知っている。
「……お、オレは!!エーデル王国、最強の騎士にしてこの国を守護する者!!ニーア・ティ・エーデルだ!!よろしく頼むぞ『ルディウス』っ!!」
「え、あ、はい。よろしくお願い致します。ニーア・ティ・エーデル様」
「ななな、なんで!?オレだけ『お姉様』じゃ無いんだっ!?」
ニーア・ティ・エーデル。
クレア・シャーロット・エーデルの次女。
16歳という若さにしてエーデル王国騎士団の副団長を務める天才騎士。
『天日の絢爛姫』と呼ばれる彼女の性格は、活発で男勝りな一面がある。
苦手なものは魔術と寂しさ(?)。
三者三様の姉妹。
「……地獄なの?魔界なの?それと、タイプの女の子はー?」
「ルディ……好きな本は……?」
「ルディちゃん!!次はこのドレス着てみないっ!?」
「……あ、オレも『ニーアお姉様』と……」
クレア・シャーロット程度ではないが、俺にとって重要なピースとなるだろう……
■■■
その後——
互いを知る事に熱心な娘達とそれと似た母から、質問攻め、試着攻めにあわされていたが、この館には有能な使用人が居たようで。
俺が煩わしく思っていた(外面では必死を装っていた)のを不憫に思ったのか、機転をきかせ昼食をとる故に彼女達は召し替えに強制連行されて行った。
——衣装室へと向かう人達の会話にて。
『でもさぁ。ルーくんって、言葉遣いが大人っぽいよねー?』
ルワンは俺の言動に少し違和感を覚えているようだ……ん?
何故、この場にいない俺が彼女達の会話を聞けるかって?
簡単なことを聞くなよ……クレア・シャーロットに対して盗聴術式陣を付与しているからだ。
俺の任務はこの国の情報、最重要人物の会話を逃すはずがないだろ?
代償もなしに肌を触れさせるほど俺は甘くない——
『緊張もして無さそうだしー。修羅場踏んでるって感じ?』
少しルワン・ティ・エーデルの見る目が変わるな。
観察眼に鋭いものがある。
『否……最後の質問攻めに緊張していた……言葉遣いに関しても教会で育ったのなら……あれくらいの教養があっても不思議じゃない……』
やるじゃないか、テオ・ティ・エーデル。
きみが下手に知性的なおかげで助かるよ。
『え〜それにしてもじゃない?なんか悔しいなぁ、あたしの方がお姉さんなのにー。ルーくんの方が大人って感じでー。なんか小さくなった"お祖父様"と話してる感じー』
『お祖父様』ここに出てくる者というのはクレア・シャーロットの父つまりはエーデル国王のことか?
『歳は関係ない……ルワンねぇ様の語彙力が乏しいのは単なる勉強不足……もっと、本を読んだ方がいい……』
俺にはルワン・ティ・エーデルの言動は実に歳相応に思える。
テオ・ティ・エーデル、逆にきみの方が歳不相応だ。
『わぁーん!!"くーちゃん"!!テーちゃんがイジメてくるよぉお!!』
おお。
声が近づいたという事はクレア・シャーロットに抱きついたのか。
『よしよし、可哀想ねルワンちゃん。私も実際そうだと思ってるわよ』
『あたしを分かってくれてるのはくーちゃんだけだよ〜』
ん?
あの女、慰めるフリして殴ったな……?
長女の方は気が付いていないようだが?
——ビリッ!!
『うっ!?っうぅ……』
なっ?
クレア・シャーロットの魔力が乱れている……?
術式陣を介して感じ取った不快な感覚に思わず立ち上がってしまった……
数名の使用人がこちらを見ている。
『ま、またなのっ!?だ、大丈夫!?くーちゃん!!』
『大丈夫ですかっ!?クレアお母様ッ!!』
クレア・シャーロットの呻き声と共に、三人の娘が同時に近づいた。
なんだ?何があった?
今ここで俺が部屋を出ると不審か……
一人。
本当に有能な使用人が居る様で……
『だ、大丈夫よ……少し痛むだけだから……はぁはぁ』
『大丈夫、今は我がいる……』
これは……
クレア・シャーロットの身体を通じて感じた術式で俺は椅子に再び座る。
『——神聖魔術『稜威の声』』
14歳にして神聖魔術が使えるのか……
やはり人間、いや……至上魔術国家。
決して侮ってはいけない国。
『ふぅ……はぁ、ふうっ!!大丈夫っ!!ありがとうテオちゃん。凄く楽になったわっ!!』
「——ルディウス様」
どうやら、魔力の乱れは治った様だが。
なぜ、突然に身体に害を及ぼす程の魔力の乱れが生じた?
魔臓器※に疾患があるとユーリからは聞いていないが……?
「——ルディウス様」
「ん?え、あ、はい?」
鋭く覗き込む眼光……
どうやら、有能な使用人が俺を見つめている様です……
第六話に引き続き、第七話をご拝読いただきまして。
本当にありがとうございます!!
これからもよろしくお願い致します。
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凄くモチベが上がりますっ!!
※魔力を吸収、貯蔵、発散、利用、する器官の事。