第六話『最重要人物』
現下。
私、ルス・ゲオン……改め
「"ルディちゃん"にはこっちの服も似合うと思うの……えっとこの辺りに……」
"ルディウス・エル"は目標国へ潜入中である……
その過程にて、潜伏先の最重要人物に衣服を着せられている。
「拷問だ……」
「ん?ルディちゃん?なんか言った?」
衣装室で少女用のドレスを漁る女が衣服の隙間からこちらに顔を覗かせる。
「いえ、くしゃみが出ただけです」
「あら、少し肌寒いかしら?」
「寒さは感じませんので、お気になさらないでください——奥様」
「——あー!!またっ!!」
俺の返事を聞いた女は、衣服を漁る手を止めて頬を膨らませながらこちらに向かって来る。
膝を折り、俺との目線を合わた女は言葉を発する。
「"クレアお母さん"でしょ?」
そう言った女の目力に圧される。
「うっ……申し訳ありません。"クレアお、お母様"……」
「様はいらないっ!!けど、今はよろしい!!でねッ!!次はこれがいいと思うの!!」
満足げな笑顔を浮かべる女は、次に試着するドレスを俺に手渡す……
「——人様を人形のように扱いやがって……」
聞こえぬ声で一人、不平をぼやくルス。
「——あぁ。任務失敗しそう……」
■■■
——数十分前——
「此処が……?」
王都の南に位置する街外れ。
そこで少年は本日より自身の拠点となるであろう、親権者の住宅を見上げる。
「……何故、人間如きがこの様な立派な家屋に?」
「フフフ。ルスさん。お顔が怖いですよ?」
眉間に皺を寄せ、人間の在り方に不服を申し立てるルス。
そして、その子の頬をつつき、ニマニマと奇色の笑みを浮かべる男。
現在『僕に触るなカス。死ね。殺すぞ。』と指を粉砕され、罵倒され、悶える悦ぶ"総大将ユーリ"は、ルス・ゲオンの養子縁先と取引している教会の"神父"という立場でこの場に居る——
「最後に。何度も申し上げる様で申し訳ありませんが、馬車内でも説明致しました通り、今回の諜報任務は魔王様直々の命となります。失敗の無いよう、よろしくお願い致します」
「黙れ、変質者。僕を誰だと思ってる」
俺がこれまでにフェル様のご期待に添えなかった事はない。
今回も同じだ——
「——ガルル」
「フフフ。親権者の方が家からお出でになられただけで威嚇してしまうとは……頼もしい限りです」
大きな屋敷から出てきた、タイトでフォーマルなドレスを身に纏う若く美しい貴婦人。
端麗な影を映し、足速に歩みを進めている。
「"クレア・シャーロット・エーデル"、眼前の館の女主人にして、この『エーデル王国』の"第一王女殿下"です。粗相のないようにお願い致します」
「後ろ向きに検討させてもらう」
ぶっきらぼうに答えるルスの様子にユーリは顎に手を添えて少し考える素振りを見せる。
そして何か閃いた様な表情で口を開く。
「あ、そうでした。言い忘れておりましたが——」
「あ?」
「今回の任務、完遂する事によって臨時報酬が支給されます——」
ごくりと呑み込まれる、あどけない喉……
「——魔王様との茶会——」
「よしっ!!フェル様パワー解放!!くふふふ……」
「ウフフフ。最高のお顔ですよ……ルスさん……ルスさん……フフ……フゥフゥはぁはぁはぁ……」
陽の光のように放たれた少年……の笑顔はこの全世界で見ても頂点に近い神々しさで。
そして、その隣で少年の表情に昂揚し肩で息をする三十過ぎの男。
異常な雰囲気を醸す二人組——
そんな異質な空間に。
——ビリッ!!
「——きゃぁああッ!!」
女の叫び声が加わる——
「かわぁいいい!!!!」
「うぐっ」
少年の可憐さを叫ぶ彼女は、勢いよく彼を抱きしめる。
捕縛された少年は、彼女の胸と腕に締め上げられ、徐々に苦の表情を浮かべる。
「フフフ。お久しぶりでございます、"クレア・シャーロット王女殿下"。いつもに増し、お美しい限りでございます」
目前にて苦悶の表情を浮かべる愛しき人を拝みながら、その人を貪る淑女に対し、ユーリは清しい笑顔で丁寧な挨拶を投げかける。
「あああ!!かわいいぃ!!可愛いすぎる!!はぁはぁはぁ」
が、今の彼女にはユーリの言葉は届かない様子だ。
抜け出そうとする少年を無理やり抱き止め、逃すまいと大人の体で子どもの体を包み込む。
「何故、こんなにも全てが完璧なの?君は今まで何処にいたの?天使みたいだから、天界なの?神界なの?逆に……」
人間は初めて目にするものを前にすると心を乱すと言うが、此処まで人を破綻させるものとは……
腕の隙間から顔を出し、酸素の薄くなった思考で何故か辛うじて答える。
「…………"魔界"」
「きゃあああああ!!やっぱりぃい!?素敵すぎる!!魔界なら堕天使ねっ!?声も透き通っていて尚、素敵っ!!」
「お、おい……へんたい、こっ、この変態を何とかしろ……うぐっ脳が……」
ルス・ゲオン——最期の言葉は以上である……
■■■
「改めまして。ご機嫌麗しゅう、"ピュアーズ神父"。先程はお見苦しい姿をお見せしてしまい、失礼致しました」
「いえいえ、私も良いものを見れましたので。フフフ」
上品にドレスをつまみ上げ、軽く膝を折った女。
彼女は挨拶を交え、先程の無礼を詫びる。
エーデル王国 第一王女。
クレア・シャーロット・エーデル。
楚々とした様子に見目麗しい容姿。
『羞花閉月』という言葉は彼女に相応しいと目にした者が口々に言う。
また、文武の才にも恵まれており、自身の学び舎でもあった、王立学園にて特別教授として『魔工学』を担当。
武術に関し、若き頃より研ぎ澄まされたその技術は、全盛期の父王を模し、現在は王国騎士団、指南役を引き受ける程である。
そんな絶世の美女と謳われ、才華溢れる強国の第一王女殿下……
それ程までの女性を国内外の跡取り達は放っておくことはできず、彼女への求婚はこれまで16歳に始まり、現在24歳の八年間では千回を超えるという。
が、未だその求婚に応えられた者おらず——
「それと……あなたにも!!」
そう言って体を覗き込ませ、俺の目を見つめるクレア・シャーロット……
「……ごめんなさいね。あなたがあまりにも素敵だったから」
その行動に少し身構えるが、いま触れることはしない様だ——
「——思わず私のモノにしたくて」
——ビリっ!!
な、なんだ……この全身が総毛立つ感覚は。
なにかの攻撃魔法が?
異常事態を察知しだ俺は、隣で震えるユーリに目を向ける……
「なっ!?」
「うっ……ぐはっ!?」
血を吐いている——
俺の実力を遥かに凌駕する。
魔王軍内で上位を争う、圧倒的強者が吐血し何かを呟いている。
「ルスさんしか愛せない私の身体が……心が揺らぐ……?ありえない。こ、これは危険だと魔王様に報告せねば」
「……くだらね——」
■■■
クレア・シャーロット謝罪後。
そこから養子縁組に関する話は円滑に進んだ。
本来の養子縁組ならば数日間の見定め期間というものがあるのだが、親権者の強い申し出により今日付で正式な養子縁組が結ばれることとなった。
そしてそれから数分後、冒頭に戻る事となる……
「こっちのドレスもいいわね……うーん。白より黒の方が私好みねっ!!」
ルスはこれまで試着させられた衣類に目をやり呟く。
——色の好みは気が合うな……
第五話に引き続き、第六話をご拝読いただきまして。
本当にありがとうございます!!
これからもよろしくお願い致します。
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