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第一話『昇格』

 

 魔王軍・第四基地内——


 室内には良質な素材が使われた数々の什器(じゅうき)に加え、程度の良い調度品がゴロゴロと転がっている。


 そんな部屋で二つの影が言葉を交わす。


 椅子に腰をかけ、喜色の表情を浮かべる中老の男性。


「ルスよ!!此度の活躍、ワシは嬉しく思う!!」


 ——"ヴォロス大佐"


 嬉々とする彼がこの部屋の主である。


 そしてもう一人。

 気怠そうな表情を浮かべ無気力に声を発する少年……


「お褒めに預かり非常に光栄です」


 ——"ルス中佐"


 つい先ほど任務を終えた彼は帰還早々にヴォロス大佐に呼び出されていた。


「まぁまぁ、そこに座れ——」

「……」


 上官であるヴォロスが座ることを促すが、それを無表情で()()する少年——

 年若(としわか)きとはいえ礼儀が良いとは言えない。


「今日はいい天気じゃったの?」

「……」


 話題があまりにもつまらないにしても。

 少年の返事はいささか冷たく感じるものである。


「あぁ、茶がまだじゃったの——」


 そう言ってそそくさとお茶の準備をする上官。

 状況としては異質と見える。


「いえ、結構です。して用件はなんでしょうか?」

「そんなに、焦らずとも。この間うまい茶葉を——」

「——だるいから」


 中佐は上官に対しての口調とは思えない言葉を冷たく言い放つ。


 少しの沈黙が空間を包む。


「急いでおりますのでご用件がないのであれば、失礼致します」

「……」


 腰をおり、踵を返す。


「……待て」


 その言葉にルスは動きを止める。

 がしかし、振り向く様子はない。


()()()じゃが——」

「それでは——」


 食い気味に言葉を遮った少年は再び部屋の出口へと向かう。


「ま!!まて!?おのれ!!おじっ——」


 そこまで聞こえた"俺"は扉を荒々しく閉じ、帰路へとつくのだった。


「あぁ。(うち)に帰りたくねぇな……」


 ■■■



「だっはっはっはっはっ!!ルス!!今回は派手にやったな!?色んな国が次か次かとビクビクしてるぜ!?」


 男はルスの肩を抱き揺らし大きな声で祝杯をあげる。


「はぁ……こんな筈じゃ……」


 そう言って少年は肩を落とす——


 あの後、残っていた仕事を済ませ自宅に帰ることを決断した俺だったが。

 せめてもと、晩酌の足しを吟味する為に街の大通りを歩いた……


 その結果が現在(これ)である。


「なんだぁ!?盛り上がれよ!!勝利の美酒だぞ!?」

「だぁっ!!耳元でうるせぇよ!!と言うか"僕"に酒がねぇじゃねぇか!!お前が持ってくるって言ったよな!?」


 街でばったり会った俺のことを『勝利の酒盛り』だなんだと言い、半ば強制的に此処に連れて来た、この見るからにモフモフな男。


 コイツは"人狼族のユドル"——

 俺が軍に身を置き3年が経過した頃。

 オレ直属の部下として当時の部隊に配属されてきたのが出会いだ。


「ちぇ、冷てぇよなぁ。俺だってお国の為にがんばったってのによ!?」


 ルスの周りを落ち着きなく歩き回るユドル。

 ずいぶんと酒の回りが良い様子だ。


「うるせぇから、分かったから。とりあえず酒持ってこい」


 そう言って喉を撫でてやると犬のような唸り声を上げ目を細める……

 ……年齢はコイツの方が上である。


「——あら、中佐様。今度はどんな凄いことしたの?」


 突然斜め後ろから差し出された(カクテル)……否。


「オレンジジュースね」


 ウィンクをしながら、会話に参加する翠髪の女性。

 この人はこの酒場の店主兼看板娘(自称)の"小悪魔(インプ)族のマラル"さん。

 見た目は若い……だが、実年齢は知らない——でも、酒場のおっさん連中が『マラル姉さん!!』とよく呼ぶ。

 それに俺がここに来た頃からまったく見た目に変化がない……シワ一つ増えない……小悪魔族は若作りが上手いのか、そういう人なのか。


「ルスくん?なにか失礼なこと考えてない?」


 マラルさんは凄みのある顔で睨んでくる。

 ……小悪魔族は思考も読めるのか?


「ねぇ!!聞いてくださいよ!!マラルさん!!」

「あらあら。ユドルちゃん飲み過ぎじゃないの?」


 勢いよく話し始めた陶酔ユドルに気取られ、俺から視線を離すマラルさん。

 なんだか、助けられた気がする……オレンジジュースうまし……


「ルスの奴!!ら……ら……らぁ?んー……」


 話の途中、拍子悪く何かを忘れた様子で顎に手を当てるユドル。

 何かを思い出そうと目を瞑り眉を顰めている。


 マラルさんはその様子に興味をそそられたのか、聞く耳を集中させている。

 それから数秒、遂にユドルが大きく口を開ける。


「まぁ——忘れちまったけど!!『ラなんとか王国』って言う人間の国をほぼ一人で()()()()()んすよっ!?」


 思い出すことを諦めて開き直った彼は、カウンターに身を乗り出し嬉々とした目でマラルに訴えかける。

 尻尾が音を立てながら、俺の足をはたく……何故ご機嫌なんだコイツは——


「えっ!?自分達で滅ぼした()()()()忘れちゃうの!?」

「そ、そこすかっ!?」


 ユドル自身が思っていた返答と違う返事をしたマラルに彼は耳を立て目を丸くする。


「『ランジュホス王国』だよ。お前も作戦に参加してるんだから目標国の名前くらい覚えとけ」

「……はへっ?」


 "はへっ?"じゃねぇよ、バカみたいな顔しやがって。


「凄いわね……一人で国を無くしちゃうなんて——」

「——ねっ!!すごいすっよね!?」


 ユドルは欲しい玩具を貰った、子どものように目を輝かせ興奮している。


「もうお前黙っとけ」


 そう言ってルスは


「うぷっ!!」


 ユドルの口にイカの干物を押し込む。

 すると大人しくモグモグと口だけを動かす駄犬。


「マラルさんも真に受けないでくださいよ、僕みたいなチビっ子一人で国一つ崩壊させれる訳ないでしょ?」


 喉越しの音が隣で聞こえる。


「へー。じゃあ、遂にルスくんもヴォロス様クラスね」


 全然、俺の話し聞いてねぇ……


「だから、僕は城を制圧し——」

「そぉなんすよ!!うちの兄貴は凄いっしょ!?」


 まったく、どいつもこいつも……


「昇進も近いわね」

「そうそう!!今日もその話しでヴォロス様によびっ——うぶっ!?」


 ルスはユドルの口に酒の入ったグラスを押し付け、黙らせる。


「あー。いまその話聞きたくないから——」

「うっぶ、うぶ、うぶっ!?」


 話は嫌な方向に行くし、酒は飲めないし……


「はぁ……」

「ガハッ!!死ぬっ!!?」

「ったく、うるさいなぁ……大げさ——ああ」


 鼻で息すればいいと——思ったがグラスの中に鼻も口も入ってた……


「そういえばお前、犬だったな」

「ゲホッゲホッ、い……犬じゃねえよ!!狼だ!!」

「変らんだろ?」


 ユドルの訴えを気怠そうに流すルス——

 2人のやりとりを微笑ましいと眺めるマラル。


 今日もこの街の夜は平和に流れゆく——



 ■■■


 ここは魔王領北方の一都市『テリオ』。

 大きく栄えているとは言えないが辺境かと言われればそうでもない。

 個人的には程よく、居心地の良い街だと思う。

 市民には活気があり、物流は盛ん。

 他の都市と比べると経済は豊かで犯罪発生率も低く、スラム地帯が存在しない数少ない都市でもある。


「もう、8年か……」


 テリオで——魔王領で暮らし始めて8年。

 思えばもう、それだけの時が経過していた。

 生きてきた年数の三分の二程度を魔族達が住まう場所で過ごしている訳だが——


 俺は歴とした()()である。


 では、人間の少年である俺が一体何故、魔王領。

 通称——魔界で暮らしているのか——

 説明すると長くなる——ので。

 簡単に。


 幼児期の俺は『奴隷』として人間の国に生きていた。

 その日々は"いま思うと"酷いものだった。

 食事は満足にとれず、飢餓の中で無理矢理労働を強いられる。

 そんな中には死んでいく奴らも山の様にいる。

 俺より幼い子も年を食った老人も当然のように。

 でも、奴隷の数は変わらなかった。

 減れば足されるだけの存在(もの)だった。

 ()く言う俺は、生まれついた時からそこに居た。

 親なんて存在はここへ来るまで知らなかったし——自分が誰で何者なのかも考える余地さえない。

 そんな日々を過ごすある日。

 それは突然だった——本当に突然。

 何の前触れもなく人間の国が燃えた。

 文字通り俺の居た王都も街も村も。

 その国の領土全てが焼き尽くされた。

 多くの人間が死んだ。

 逃げ惑う彼らは『戦争』だと言っていたが——当時の俺は。


 ——『天の災い』——


 そう切に感じた。

 それは一方的な破壊であり。

 ()()と人間の間に争う術など、微塵も残されてはいなかった。

 奴隷だった幼子が目の当たりにしたその光景はまさに青天の霹靂だった。


 とまぁ。

 それから色々な事があり……


「いただきますじゃ」

「いただきます」


 当時4歳だった人間の俺を魔王領に引き取り、名を付け、ここまでの軍人に育て上げたのが——


 魔王軍『第4軍団・百獣軍』総指揮官。

 ——『獣王・ヴォロス』この人である。


 周りの猛反対を押し切り、人間の幼児奴隷を中佐にまで仕立て上げたこの爺さん。

 大佐という地位にありながら一軍団を纏め上げ、魔王軍の最強格の一人と謳われる大変人である。


「んで、ルス。おぬしが大佐になる件じゃが——」


 そして、その大変人がまた変なことを言い出した。


「だから、ならないって。一軍団の総指揮なんて僕には荷が重い。そりゃ、じじぃが()から言われてるのは分かるけど。あんたほどあの軍団をうまく(さば)く自信は()ほどもない」


 ルスはそう言ってスープをすする。


「ああ?()()()は何も言っとらんぞ?ワシが隠居したいだけじゃ——」

「ぶっ!?」


 じじぃの言葉に俺は頬を膨らませ、スープの噴き出しを必死に阻止する。


「なんだそれっ!?そんなのあの()が許すはずないだろっ!?」

「まぁ、文句は言っておったな?」


 じじぃはそう言ってニカッと口角を大きく上げた。


 ああ——


 あのお方もこの人に苦労してんだろうな……


「じゃあ、明日には大佐という事で任せたぞ。ルス——」

「——だから無理だって」

「馬鹿よ、馬鹿よのぉ。お前は少し()()を見習ったらどうじゃ。彼らがどれほど()()に生きておるか」

「なら、(いや)が上にも辞退させてくれ。あんな下衆糞虫(げすくそうじむし)共と一緒になりたくはないからな」

「はぁ、相変わらずお前の頭は偏りが激しいの……おじいちゃんは困っておるぞ——なんか多くないか?」

「——ご馳走様。先に行ってから」

「——否、その状況下に置かせるワシらが悪いとも取れるか……」


 ぶつぶつと何かを言っている上官を放置し、俺は職場へと向かう。


 ■■■


「おはようございます!!ルス中佐!!」


 基地の敷居を跨ぎ、部下達の挨拶を受ける。


「はーい。ごくろーさまー」


 それを適当に流し、俺は一直線に自分の持ち部屋へと向かう。

 誰かが軍人は挨拶まで(しか)と、と言っていたが。

 朝の挨拶に一々敬礼するほど俺達上部はお堅くとまってはいない……まぁ。


「おはようございます!!ルス()()!!」


 それでも上には上が居る訳で、こんな俺達よりも軟派な奴は居る。

 それも()()()の分際で——


 俺は最短ルートにて部屋へ向かう。


「無視?無視なの?ルス兄?」


 ああ、だるい……


 朝も早くからこいつに会うなんて——幸先がだるい。


「ルス兄?私のこと無視していいの?パパがなんて言うかわからないよ〜?ん〜?」


 脅し文句を並べ、ルスの進行を止める少女。


「ほら〜ほら〜。挨拶して〜」


 彼女は煽るようにルスの頭を撫で、したり顔を覗かせる。


「パパが許さないよっ——あ゛いでっ!!」


「貴様は上官に対する態度が成っていない、"フスカ"二等兵」


 14歳にして二等兵へと成った彼女は、年相応の背丈。

 その彼女の頭頂部に手刀を当てる光景はまるで——姉を叱る弟の(さま)


 そんな(さま)ねぇよ……


「聞くところによると僕以外の上官には礼節を厳格(げんかく)に守っているとのことだが?」


 ルスの言葉を聞くと瞬間で動きが止まり、顔を無表情にする。


「……それは、私とあなたは幼い頃からの付き合いだ。それに加えて私のパパはあなたより身分が高貴である。何よりも君は私よりも年下で……よってあなただけに態度が悪いのは当然である……」


 謎理論である。


「あたりまえではない。公私の分別くらいメリハリをつけるべきだ」

「え!?それって、遠回しに遊びに誘ってるってこと!?」


 表情を無から夏の日の太陽の様に変えるフスカ。

 コイツのスイッチはどこだ?

 そして言葉の解釈が捻じ曲がってしまうその耳のフィルターはいつから交換してないんだ?


「100周」

「え?」


「上官に対し、不遜な態度をとった罰だ。ランニング100周で手打ちにしてやる」

「そそんな!?理不尽なっ!!」

「じゃあな、明日までに走り切った報告がなかったら懲戒解雇(ちょうかいかいこ)で——」

「チョ、チョウ、カイ、カイコ?」


 ——フスカは面を食らった表情で固まる。


 それを尻目にルスは建物内へと入っていく。


 扉を締め切る直前——

「——なにか……」


 フスカは気を取り戻した様に口を開く……


「あっ!!あっ!!()()()がルス兄のこと呼んでたからっ!!」


 ——ほら、幸先が悪く成った……




プロローグに引き続き、第一話をご拝読いただきまして。

本当にありがとうございます!!

これからもよろしくお願い致します。


よければ第二話もよろしくお願いします……


少しでも面白いと感じていただけましたら

感想、いいね、ブクマ、評価もお願いします!!

凄くモチベが上がりますっ!!

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