魔術師は解釈違いを認めない。
とある国の魔術師団に所属する魔術師ハイネは、幼少の頃から面倒くさい性格だった。
簡単に言うと『純愛至上主義』である。
例えば、囚われの王子様もしくはお姫様を勇者が助けて帰還し、交流を続けた末に結婚するとか。
例えば、憧れの人に近づくために最底辺からのし上がり、努力の末に結ばれるとか。
そういう物語がハイネは好きで、少年時代は図書館に入り浸っては読んでいた。
いつか自分も女性とそういう恋をしてみたい――なんて夢を見たのが、ハイネが魔術を学ぶきっかけだ。
ただ、この少年時代のハイネは、前述の通り面倒くさい性格だった。
自分だけなら兎も角、周りの人間にもその主義を押し付けていた。
「浮気」や「二股」をはじめとした、恋に対してだらしない行動をいたく嫌ったのである。
少年ハイネはそういう相手を見つけると「解釈違いです!」と言って、怒りつけていたのだ。
まぁ浮気も二股もする方が悪いし、された側からは「怒ってくれてありがとう」と評判は良かったが、ある日それを逆恨みされてハイネは刺され、死にかけた。
それ以降、ハイネは親から「お前の気持ちは分かった。分かったが、頼むからやり方を考えて欲しい」「他人の浮気より、母はあなたの方が大事なのです」と泣きながら頼まれ、しぶしぶその主張を封印――とまではいかないが、胸の内に秘めておく事となった。
それから時は経ち、ハイネも大人になった。
相変わらず純愛至上主義のハイネだったが、残念ながらまだ、そういう相手と出会えていない。
さて、そんなある日の事。
王城でとあるパーティーが開かれた。
「ああっアレン様! 素敵ですわ!」
「本当……あのお優しい眼差しと言ったら!」
「どうしてあんなに素敵な方が、リベラータさんの婚約者なのかしら……」
「そうよね。あの方、確かに優秀だけど、暗いというか……」
遠くから、ご令嬢達のそんな会話が聞こえてきて、ハイネは眉を顰めた。
(あれが素敵だって? まったく、どうかしている)
ハイネはため息を吐く。それから彼女達が噂をしている二人組に目を向けた。
会場の中央だ。そこにはこのパーティーの主役である勇者のアレンと、彼の婚約者であるリベラータが立っていた。
二人は招待客と話をしている様子だ。アレンは上機嫌だが、リベラータの表情は少し暗くなっているように見える。
「ハハハ。そうでしたか、ええ、実に素晴らしいお話ですね。そうは思わないかい、リベラータ」
「あの、アレン様……もう少し、お酒は控えた方が……」
「何を言うんだい。せっかくすすめていただいた物を無下には出来ないだろう。君は先ほどから断ってばかりじゃないか。少しは気を遣えないのかい?」
「…………」
あんまりな言いように、リベラータは黙ってしまった。
(飲み過ぎだ、阿呆が。パーティーが始まったばかりで、酔って顔を真っ赤にしている奴がどこにいる)
ハイネはそう注意したかったが出来ない。アレンの取り巻きに警戒されていて近付けないのだ。
実はハイネはこれまでもアレンの行動を諫めて来た。魔術師団のいち魔術師として王城勤めの長いハイネからすれば、アレンの非常識な行動が目に余ったからである。
それで当然ながらハイネは煙たがられた。ハイネがいるとまともに仕事が出来ないと訴えられ、上司からアレンに近づかないように、と命令を受けたのだ。
もっとも上司もアレンの振舞いにはうんざりしていたようで「お前が正しいのは分かっている。悪いが勇者が旅立つまで、もう少し我慢してくれ」と言ってくれた。
そんなわけで、ハイネは遠くから苦い気持ちで二人の様子を見ていた。
アレンは煌びやかな衣装を身に纏い、周囲に笑顔を振りまいている。その振る舞いもそうだが、衣装についても少々派手過ぎるのではないかとハイネは思っている。だが、それもそのはず。彼はもともと平民で、あまりこういうパーティーには縁がなかったのだ。
けれど女神から勇者の神託を受けた事で持て囃され、チヤホヤされ、世話をされ。
その結果、周囲から聞きかじった知識でああなってしまったのである。
(最初の頃は、もっとまともな奴だったんだがな……)
女神から神託を受け、王城に連れてこられた頃のアレンは、まだまともだった。
急に貴族ばかりの場所へ連れて来られて不安だったろうに「俺、頑張ります! 女神様が選んで下さったんですから!」と、泣かせる事を言ってくれていた。
……それが今ではあの体たらくだ。周囲の接し方が悪かったとしか言いようがない。
ハア、とハイネはため息をつきながら、アレンの隣のリベラータを見た。
リベラータも元は平民で、この国の教会に勤めるごくごく普通のシスターだった。しかしアレンと同じく女神から聖女の神託を受けた結果、王城へ連れて来られてしまった。
そして勇者と聖女は結ばれるもの――なんて言い伝えがあったがために、アレンと婚約する事になったのだ。
婚約に関してはハイネは古い風習だし、別にしなくても良いと考えている。けれどリベラータは教会勤めだった事もあり、アレンよりもしっかりと自分の状況を理解していて、それを受け入れた。
さらには聖女として公の場に出なくてはならないからこそ、それにふさわしい振る舞いを身につけ、多くの知識を得なければならないと、必死で学び始めのだ。
魔術師団へもよく質問に来ているが、忙しい時間は避けてくれるし「お忙しいところ、申し訳ありません」と、手作りお菓子の手土産も持参してくれるので、ハイネを始めとした魔術師達からの評判は高かった。とくに年上の女性魔術師から可愛がられており「リベラータちゃん今日は来ないのかなぁ」「このお守り、リベラータちゃんにあげたい」なんてよく話しているのを耳にする。
ちなみに人気があるのは魔術師団だけではない。王城に勤める貴族達のほとんどは、リベラータに対して好意的だった。
女神の神託を受けた聖女だから――というだけではなく。謙虚で努力家なリベラータを見て、皆が自然と応援したいと思ったのだ。
(……で、アレンの奴はと言えば、真逆だったんだよな)
女神からの神託を受けると、それに相応しい身体能力、もしくは魔力を得る事ができる。
ゆえにアレンは強制的に強くなった。何の努力もなくそれを手に入れて、アレンも最初は戸惑っていた。それはそうだ。自分の身体が急に変化すれば、困惑するのは当然である。
だから彼には指導係がついた。騎士団の騎士の一人だ。その騎士はアレンの身体能力を見て、基礎的な部分を鍛えるのは必要ないと判断し、とにかく実戦をこなす事を選んだ。
それは良いが、問題はそのやり方だった。
その騎士は穏やかで優しいと評判の人物だった。それならば、慣れない場所に連れて来られた平民のアレンに対しても、優しく接してくれるだろうという上の思惑で指導係となった。
事実、騎士は優しく接した。魔物を倒せば褒め、失敗しても褒め、とにかく褒めて褒めて伸ばす指導方針だった。
それがアレンの性格的に良くなかったのだ。
騎士達のサポートの元、魔物を退治しに行っている内に、アレンはこれが自分の実力なのだと過信し始めたのだ。
何をしても褒められるし、向かうところ敵なしだ。だからアレンは努力する事を止めた。
その頃には騎士もまずいと思ったようで、上司に相談したが手遅れだったというわけだ。
もちろん王城の人間達も何もしなかったわけではない。
アレンをさりげなく諫めたり、正そうとしたが彼は聞く耳を持たなかった。
苦言を「煩い」と判断した彼は王城の外に出て、甘い言葉を言う相手とだけ付き合うようになってしまったのだ。
事情を知らない相手からすれば、アレンは顔は良いし、勇者という立場も魅力的だった。
そこに釣られた者達が、さもアレンの味方顔で振舞って、状況をより悪化させていたのだ。
ハイネを始めとした一部の王城勤めの貴族は、未だに苦言を呈しているが、それも効果がない。
王族も対策を立て始めており、予定より早くアレンを魔人討伐の旅に出させるために調整している。
その出立のパーティーが、今日である。
まぁ一度旅に出れば、チヤホヤしてくれる者はついては来られない。
その間に自分を顧みて元の性格に戻るだろう、とハイネも思っていた。
だが。
(心配なのはリベラータさんだな)
そう、アレンの婚約者で聖女のリベラータだ。
魔人討伐の旅には国側で厳選した仲間が共をする。まぁ簡単に言うとアレンを甘やかさない人物で構成されているのだ。今までと違う状況にストレスをためたアレンが、リベラータに当たらないかハイネは心配している。
現に先ほど見せたアレンの振る舞いは、自分を上位に思っている者のそれだ。
(それに……)
ちらり、と今度は二人の周囲を見る。そこには先ほどリベラータの陰口をたたいていた女性達が集まっていた。
彼女達は一応貴族ではあるが、王城勤めの貴族ではない。アレンが「最後のパーティーに、どうしても友人を呼びたい」と訴えたため、しぶしぶ――本当にしぶしぶ――許可が下りて招待した者達だ。
しかし蓋を開けてみれば友人と称するには、距離が近すぎる相手ばかりだった。
婚約者がいながら、あの状況は何だ。
純愛至上主義のハイネからすれば、看過できない事態だった。今すぐ指をつきつけて「解釈違いだ!」と説教したい。
そう思っていると、何を思ったかアレンはリベラータを置いて、他の取り巻き達と一緒に移動し始めた。
リベラータはそんなアレンの背を見つめ、小さくため息を吐いて視線を落とした。
(あいつは婚約者を置いてどこへ行くんだよ)
頭が痛くなりそうだった。
ぽつんと佇むリベラータを放っておけず、ハイネは彼女へと近づく。
「リベラータさん」
ハイネが声をかけると、彼女はハッと顔を上げる。そして視界にハイネを捕えるとふんわりと微笑んだ。しかし、その笑顔に元気はない。
「こんばんは、ハイネ様」
「こんばんは。……大丈夫ですか?」
何と声をかけて良いか少し迷ったが、ハイネはストレートにそう聞いた。するとリベラータは少し間を開けて「……はい」と答えた。
悲しそうな彼女の様子にアレンに対する怒りが募る。しかし今は王家が主催する出立パーティーだ。それを表に出すわけにいかない。
「少し、気分を紛らわせませんか? あちらに魔術師団の連中も来ています。良かったら、皆で一緒に食事をしましょう」
ハイネがそう提案すると、リベラータは目を瞬いた後「はい」と、嬉しそうに頷いてくれた。
やはり、彼女は笑顔の方が良い。ハイネはにこりと笑みを返すと、リベラータと一緒に歩き始める。
「ついに旅立ちなんですね」
「はい。ハイネ様達には本当にお世話になりました」
「いえ、リベラータさんが努力されたからですよ。皆、そう思っています。出来れば僕も同行したかったのですが……」
実のところハイネは魔人討伐の旅へ同行の希望を出していた。
しかし、やはりアレンが「嫌だ」と言ったため、却下されたのである。
同行する者達は皆しっかりしているので、その点で不安はないが、リベラータの事が心配だったからだ。
ハイネの言葉にリベラータは首を横に振って、
「ハイネ様のお気持ちだけで充分です。ハイネ様が同行の希望を出して下さったと伺った時は、本当に嬉しかったのです。ありがとうございます」
と言った。微笑む彼女を見て、ハイネは胸が締め付けられる。
何か、彼女のために出来る事は他にないだろうか。リベラータの横顔を見ながらハイネは考える。
(待てよ。同行出来ないなら、勝手について行ったらどうだろう?)
ふと、ハイネはそんな事を思いついた。
上司の指示に逆らう形になるので、今の仕事は辞する必要があるが、そうしたら自分は自由だ。
自分の行動を縛るものがなければ、勝手にリベラータ達の旅に同行しても何も問題ないのではなかろうか。
まぁ将来的には不安定になるが、魔術の腕があれば何とかなるだろう。それに元魔術師団所属、なんて肩書があれば、どこかで雇って貰いやすいかもしれない。
よし、とハイネは思った。
「リベラータさん、僕は決めました」
「ハイネ様?」
「仕事を辞めます」
「えっ!?」
ストレートに言ったハイネにリベラータが目を見開く。
そして焦ったようにあわあわと、ハイネを見上げる。
「あ、あの、ハイネ様……!? どうしてそういうお話に……?」
「今考えたところなのですが、魔術師団にいる限り、僕はリベラータさん達の旅に同行出来ません。ですが魔術師団を辞めて制限がなくなれば、どう行動しても僕の自己責任の上での自由です。つまり旅に同行したって良いという事です」
ですので、とハイネはにこりと笑顔になる。
「出発は遅れるかもしれませんが、直ぐに追いつきます。旅の最中は僕がリベラータさんを守りますので、安心してくださいね」
そしてハイネがそう言うと、リベラータは目をぱちぱちと瞬いて。それから頬を染めて、両手で口を覆った。
目は少し潤んでいるかもしれない。
「…………っ、ハイネ様……ありがとう、ございます……!」
リベラータが嬉しそうにそう言った。拒まれたらどうしよう、とはハイネも思ったが、どうやら大丈夫だったようだ。
ホッとしながらハイネが「よし、直ぐに辞表を!」なんて呟いていると、会場の奥の方から女性達の華やぐ声が聞こえた。
何だ、と思ってそちらを向けば、声の出所はアレンと一緒にいる複数の女性達のようだった。
「アレン様、本当ですか!? 本当に、私達と結婚してくださるの!?」
「ああ、もちろんだ! この旅が終わったら、陛下から望む報酬を与える、とのお言葉を頂いている。その時に、君達との事を認めて貰おうと思っている」
「嬉しい、アレン様!」
……何だ、あの頭の悪い会話は。
聞こえて来たやり取りにハイネは唖然とした。
理解に苦しむが、どうやらアレンはこの旅を終えてから、複数の女性を妻にするらしい。
確かに、この旅を終えた後に報酬として金銭と「望む物」を可能な限り与えると、この国の王は約束した。アレンやリベラータ、そして同行する者達とそういう書面も交わしている。
可能な限り、という前提ではあるが、アレンが今口にした望み自体は、一応その範疇には入る。
この国は複数の妻や、複数の夫を持つ事は禁止されてはいない。
禁止されてはいないが、何かしらやむを得ない場合がほとんどであって、推奨はされていない。
現に、パーティーの参加者達の大半は、アレンの発言に眉を顰めていた。持て囃しているのはアレンの取り巻きくらいだ。
無論、純愛至上主義のハイネは前者である。
リベラータに対してあまりに不誠実なアレンの態度に、ハイネの怒りが再び沸々し始めた。
「……リベラータさん、少々、ここでお待ちを」
ハイネはリベラータに向かってにこりと微笑むと、ぐりん、とアレンの方へ顔を戻す。
そしてカツカツと足音を立てながらアレンに近づいた。
ハイネの怒りに彼の魔力が呼応する。パチパチと身体の周りで小さな光の火花が散った。
ただならぬ様子に気付いたパーティーの参加者の一部は、ぎょっと目を剥く。
だがそれがハイネだと分かると「ああ、だろうなぁ」なんて顔になる。
何故ならここには少年時代のハイネの行動を知っている者達も多くいるのだ。
「リベラータもきっと、同じ立場の妻が多い方が嬉しいだろう。彼女はそういう友人が少なそうだからな」
「あら、そうですわね。それに私達、リベラータさんの足りない部分を補えますもの」
「こういう社交の場とか!」
「ははは、そうだね。こういう場は君達の方がずっと――――ん?」
ハイネが近くまで来た時、アレンはようやく彼の存在に気が付いた。
顔に笑顔を貼り付けたまま、魔力の火花を散らしてやって来るハイネを見て、アレンは怪訝な顔になる。
「ハイネ? どうし――――」
アレンが口を開くと同時に、ハイネは自身の拳を魔術で限界まで強化し、
「解釈違いだ、バカタレがッ!!!」
そして怒鳴ってアレンの横っ面を思いっきり殴り飛ばした。
アレンは何度か回転しながら空中を飛び、柱に激突して落下する。
あまりに綺麗に入ったものだから、周りの人間は唖然とし、離れた場所にいたリベラータもポカンとした表情になる。
やや遅れて、アレンの取り巻きの女性達から悲鳴が上がった。
「な、な、な……何をするッ!?」
しかしそれでも、勇者であるアレンはなかなか頑丈だった。
ハイネ渾身の右ストレートで顔は変形しているが、直ぐに起き上がってハイネに怒鳴る。
「何をだと?」
ハイネは地を這うような声を出し、アレンの方へ一歩、また一歩、歩みを進める。
「何が君達の事を認めて貰うだ。妻が多い方が良いだ。このハナタレが」
「ハナ……!?」
「大した甲斐性もないくせに。一人の女性の気持ちを、好き勝手にできると思うなッ!」
そして、再び怒鳴りつけた。
アレンはハイネに何故怒られているのか分からないようで、目を白黒している。
そうしていると魔術師団の師団長が慌てて駆け寄って来た。
「ハイネ! ハイネ、おい! 良くやった! だけど落ち着けって!」
「師団長、僕は決めました」
「何を!?」
「このハナタレより先に魔人を倒す事を」
「どうしてそうなったの!?」
「こいつが魔人を倒せなければ、陛下からの報酬はゼロです」
ハイネは真顔で続ける。
「逆に考えれば、僕が魔人を倒せば、報酬は僕の物です。たぶん」
「たぶんって言った! お前そんなに曖昧だったっけ!?」
「そして」
師団長の問いかけには答えず、ハイネはリベラータの方を向いた。
目を丸くし、驚いた様子のリベラータにハイネは、
「リベラータさんを大事にしないこいつとの婚約を、解消する自由を彼女に捧げたい!」
と言い放った。
「ハイネ様……」
「常に努力を重ねていた彼女にこそ、選択の自由は与えられるべきです。というわけで師団長! 僕は仕事を辞めます! 旅に出るために!」
「辞めないで! ハイネに辞められると困るから! あああ、もう、そうだなぁ……なら、あれだ! 陛下と掛け合って、休職扱いにしとくから! それで行ってこい!」
魔術師団長は頭を抱えながらそう言った。
あれ、とハイネは思った。魔人討伐を止められたりしなかったからだ。
「よろしいのですか?」
「言い出したらお前聞かないし……。あと、リベラータちゃんが幸せになれるなら、俺としても大歓迎です」
すると魔術師団の仲間達からも「そーだそーだ!」「やってこいハイネ!」「何なら同行するわよ!」なんて声が上がっている。
魔術師団だけではなく、その場にいた貴族達からもそんな声が上がり始めた。
それを聞いて「え? え?」と困惑しているのはアレンと取り巻き達だ。
「な、何でそういう話に……おかしいだろう!」
「おかしいのはお前の思考回路だ。お前がそうなった原因の一端は、我々にもある。だが、いい加減、我慢の限界だ!」
「な!?」
ハイネにバッサリ言い切られ、アレンは絶句する。
それから視線を彷徨わせ、リベラータに助けを求めた。
「リ、リベラータ! 君も何とか言ってくれ!」
「…………」
「だって、あまりにおかしいだろう、こんなのは! このために僕は毎日、努力をして……君だって見ていてくれただろう!?」
言い募るアレンに、ハイネは「まだ言うか」と目を吊り上げる。
これはもう一発、反対側に拳を……なんて思っていると、リベラータが意を決した面持ちで近づいて来た。
何だか少し凛々しく見える。
「アレン様。私は決めました」
「リベラータ?」
「私、ハイネ様と一緒に旅をして、魔人を倒して、あなたとの婚約を解消します!」
「は!?」
アレンが目を剥いた。
「え、いや、え……待ってくれ、リベラータ。どうして……そんな……」
「その質問の答えは、すでにアレン様がお持ちかと存じます」
「だ、だが、君は僕の事を愛してくれているのだろう!?」
「いえ、特に」
リベラータは首を横に振る。
その場にいるほぼ全員が「まぁ、そうだろうなぁ」なんて思った。
あんな扱いをする相手なんて、恋人友人問わずお断りである。
うんうん、と頷くハイネの前で、アレンの顔がサーッと青褪めた。
「そ、そんな……だって、リベラータ。僕達はずっと一緒に……」
「ずっと一緒にいたのは、あなたの周りの方々です。どうぞ、皆様とお幸せになってください。私はその輪には入りません。――――それで、あの、ハイネ様」
リベラータは縋るような視線を向けるアレンにはっきりと拒絶の言葉を告げると、ハイネの方を見上げた。瞳には、少しだけ不安の色が混ざっている。
「……ハイネ様、先に言ってしまいましたが、私も一緒に行っても良いでしょうか?」
「ええ、もちろんですよ。こうする前にお話した通り、私があなたを守りますので」
「ハイネ様……!」
胸に手を当て、にこりと微笑むと、リベラータはパァッと表情を明るくする。頬も赤く染まっていた。
そんなリベラータを見て、ハイネの隣にいた魔術師団長は、
「……あー、これ、あれか。あれだな、たぶん。うん。陛下と要相談」
なんて呟いたのだった。
それから程なくして、宣言通りハイネとリベラータは魔人討伐の旅に出た。
二人と一緒に、魔術師団や騎士団等から数人も同行し。士気も高かった彼らは一年半ほどで、国を脅かす魔人達の討伐を完了した。
旅の最中には、ハイネとリベラータが良い感じになったり、己の行動を顧みて奮起したアレンが押しかけてきたり、何故か魔人が旅に同行したり、相変わらずハイネが解釈違いと騒いだりと色々あったが――――、
「ところでハイネ様。解釈違いって何ですか?」
「僕の個人的な主義の押し付けですね」
「押し付け?」
「はい。それで死にかけました」
「ハイネ様!?」
――――それはまた、別のお話。