野苺を摘みに。
日常をベースにした短編です。
『小説家になろう』でのテスト投稿。オリジナルです。
彦星市を舞台にしたシリーズに続きます。
通勤途中に、ナワシロイチゴがワサワサと茂っているところがある。自宅から駅に向かう途中、住宅地として分譲している元田んぼの畦道。昔からよく茂ってはいたけれど、近年とみに茂るようになってきていた。
花は5月の初め頃、小さなピンク色の花びらが目立たない花が咲き、その花がいったん閉じたようになった後、夏至の頃めがけて紅い粒々した実をつける。
毎年、決まった場所に群生していて、一見何もないように見えるところにも時季になれば枝葉を伸ばしている。
そんな初夏のある日、若いヒヨドリが路上をぴょんぴょん跳ねながらあるいているのに行き違った。
「…………」
ごく小さな声が聞こえた気がした。
「…………」
朝のそんなに人通りのない通り。
辺りを見回せば、そのヒヨドリが相変わらずぴょんぴょん跳ねている。…私がいるのに飛び立ちもしないなんて。野生の鳥は、ヒトが1メートルも近づけば警戒してパッと飛び立ち、サッと距離を取る。その距離、おおよそ2メートルほど。ヒトの手が届かない枝や電線の上にとまる事も多い。なのに、飛ぼうともせずピョンピョン跳ねて行く。
声が少し大きく聞こえた。
「そんなに欲張ったら、重くて飛べやしないよ。いい加減、諦めたらどうなのさ?」
「じいちゃんの分も持って行きたいんだ。
この間枝で作業してたら、じいちゃん落っこちて怪我したんだよ。で、いま動けないんだ。
ナワシロイチゴはじいちゃん、毎年たのしみにしてたくさん世話してるから、その分ぼくが持っていこうと思ってさ」
「じいちゃん思いなのはいいけど、ほら、あれ。」
……その時だった。
ヒヨドリがこっちを向いたのは。
ヒヨドリの背には、テニスボールほどの大きさの白い袋と、それを背負った赤いとんがり帽子の人形が乗っている。見えたのはほんの一瞬で、瞬きをするほんのわずかな間だけの事だった。
携帯で時刻を確認した私は黙って、足を早めた。走らないと電車に間に合わない。駅のフェンス沿いにもナワシロイチゴは生えていて、前日にいちばん熟れたのを摘まんだけれどもあまりに薄味だった理由を、この様子から悟ったのである。




