魅惑の香 001
「でか……」
観光都市オーグについたのは、ソリアを出て半日強が過ぎた頃だった。辺りはすっかり暗くなっているが、ギラギラ輝く街灯や商店の灯りが街を活気づかせている。
何だか思い描いていた観光地とは違うな……もっとこう、のどかで清涼な空気が流れている癒し空間を想像していたんだけれど。
そんなことをニニに言ったら、
「それじゃ田舎と変わらないじゃないですか。こっちの方がテンションぶち上げですよ!」
なんて、情緒もへったくれもないことをおっしゃられた。
とりあえず重要な用事を済ませるため、僕らは「魅惑の香」の拠点を目指して歩いている最中である。誰かに道を尋ねればいいと思っていたが、あにはからんや、列車を降りた時点でギルドの場所がわかってしまった。
遠くからでも視認できる程巨大な、縦に長い建造物……悪趣味な電飾に彩られたその建物に、ギルドの名前がでかでかと掲げてあったのである。
「自己顕示欲強いですねー。うちのギルドも中々ですけれど、さすがにあそこまでじゃないですよ」
「まあ、言ってもあそこが本拠地だからな……少し派手でも罰は当たらないだろ」
「いや罰とかじゃなくて、趣味わりぃなーって。私だったら、もっとこうモダンでシックでモイスチャーな感じにしますね」
「潤いを求めるな」
やだよ、ギルドが湿ってたら。
「女子のお肌は潤いが命なんです。肌がガサガサな人にはわからないでしょうね」
「地味に傷つく!」
「まあほんとのところ、クロスさんって男子にしては中々なつるもち肌ですよねぇ……何かケアとかしてるんですか?」
「自分の肌なんて気にしたことなかったな……どうだろ、夜寝る前と朝起きてからの、一日二回の洗顔と保湿が効いているのかもな」
「めちゃめちゃ気を遣ってるじゃないですか」
実際は何もしていないので、僕の若さ故のポテンシャルなのだろう……歳を取った後が少し怖い。
「ニニは何か手入れとかしてるのか?」
「当たり前じゃないですか。日々の弛まぬ努力が、このベスベススキンを生み出しているのですよ」
「ベスのことが好きすぎるだろ」
「間違えました、スベスベスキンでした……見てくださいよ、このお肌のハリ! ツヤ! コシ!」
「勢いだけのキャッチコピーみたいに言われてもな」
あとそれ、髪の毛に使う誉め言葉だろ。
「本当は何にもしてないんですけどね。何もせずともこの美肌、世の女性たちの嫉妬の炎で焼かれそうです」
「お前もポテンシャル族か……まあ何もしてないって言っても、風呂で洗顔くらいはしてるんだろ?」
「いえ。そもそもお風呂にあまり入りません」
「そっか、猫だもんな……週に五日くらいか?」
「月に五日くらいですかね」
「週一かよ!」
風呂嫌いにも程がある……っていうか普通に不潔だろ、それ。
「私には自浄作用が備わっているので、そのくらいの入浴回数で充分なのですよ」
「風呂に入らなくていい自浄作用なんて人間には備わってない!」
「おや、あなたには私の頭部に燦然と輝く猫耳が見えないんですか? 私は獣人ですからね、人間とは身体構造が少し違うのですよ」
「そうなのか……? それを言われると、何とも反論できなくなるな」
「私から不快な臭いがしますか? しないなら、別に周りに迷惑をかけているわけでもないので個人の自由でしょう」
「うーん……」
ニニからは良い匂いしかしないし(全く獣臭くもない)、僕の気にし過ぎなのだろうか……。
「そもそも、今の家にはお風呂がないですしねえ。飲み水ですら、雨が降らないと確保できませんし」
「まだ山に住んでるのかよ!」
「この前はイノシシと友達になりました。和子という名前で、私の留守を守ってくれています」
「サバイバル満喫してるのね……」
友達まで作っているとは……獣人、恐るべし。
「そう言えば、魔導大会にはベスさんも参加なさるんですか?」
突然話題を切り替えるニニだった。そろそろギルドに辿り着くので、真面目なモードに入ったのかもしれない。
「どんな形式かは話を聞くまでわかりませんけれど、魔法を使うのは必須でしょうからね……ベスさんに無理をさせるわけにもいきませんし」
「魔導大会って、名前が名前だしな……まあ、それは本人が決めることだよ」
ただ、「魅惑の香」なんていう巨大ギルドの主催する大会が、生温いものだとは到底思えない……その意味では、やはりベスの力がないと優勝は難しいだろう。
できれば協力してほしいが、無理強いして魔力が尽きても本末転倒だし……。
「あ、つきましたよ、クロスさん」
ニニに促されて前方に注意を向けると――そこには、遥か天高く伸びる巨大な建造物が鎮座していた。
「魅惑の香」。
僕らは、その門を叩く。




