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祝杯 001



「おめでとうクロスくん!」



「おあ⁉」



 呼び出された時刻通りに市長室のドアを開けると――いきなり、顔面に液体が飛んできた。



「お、これはすまない。思ったより勢いよく飛び出してしまったようだ」



「いきなり何すんですか!」



「私なりの祝杯をあげようと、シャンパンを用意していたんだがね。どうやら振り過ぎたらしい」



 絶対にわざとだと思えるにやけ顔でこちらを見つめるのは、魔法都市ソリアの市長――カイ・ハミルトンさんだ。僕たちは親しみと愛情を込めて(込めさせられて)、カイさんと呼んでいる。



「ん? 奥に隠れているのはニニくんじゃないか。これはますます丁度いい……それにしても君は相変わらず可愛いね。どうだい、私の家で飼われるつもりはないか」



「遠慮します……」



「そう身構えることはない。お風呂に入れて体を洗ってあげよう……猫だから水は嫌いかな?」



 カイさんは妙にテンションが高いらしく、いつも以上にうざい絡み方をしてくる。そう言えばさっき、祝杯がどうとか言っていたけれど、何かあったんだろうか。



「さてと……では改めて、おめでとうクロスくん。この前の闇ギルド討伐が評価され、君に勲章が授与されることになった」



「……僕に、ですか?」



 それは寝耳に水だった。確かに「死神の左手(トートゴッシュ)」は国が目を付けていた闇ギルドであり、そこのマスターを倒したとなればそれなりの評価を得ることはできるのだろう。


 しかし、ヒーコックを倒したのはベスだ。僕は何もしていない。



「もちろん一番活躍したのはエリザベスくんだが、しかし彼女は身元が怪しいままだからね。おいそれと叙勲はできないのだよ」



「……ありがたいお話ですけど、ベスがもらえないものを僕がもらうわけにはいきませんよ」



「まあ話を聞き給え。勲章を授与されると言ったが、それはわかりやすさ優先の言い方だ。正しくは、『叙勲に相当する評価を与える』といった感じだね」



 カイさんは半分以上なくなってしまったシャンパンを傾け、用意していたグラスに注いでいく。辺りに漂う芳醇な香りからして、かなり値が張る高級品みたいだ。



「『死神の左手』の存在は公になっていない。故に、奴らを壊滅させたことを理由に勲章を与えることはできないんだ……申し訳ないね」



「いやまあ、僕はそもそもそういう名誉みたいなのはいらないんで、大丈夫ですけど」



「無欲だな、君は。ただだからと言って、君たちの働きを無下にはできない……そこで、王都に掛け合ってみた。勲章は無理だが、それの代わりになる品を用意してくれたよ」



 彼女は僕たちのために、裏でいろいろと動いてくれていたらしい……そういうことをされると、普通に尊敬したくなるからやめてほしい。さっきシャンパンを顔面にぶっかけられたばかりだし。



「……でも、やっぱり僕だけが受け取るわけにはいきません。ベスやニニ、それにエジルさんがいたから成し得たことなんです。気を回して頂いたのにすみません」



「……いや、いいんだ。君の気持ちを第一に尊重しよう。ちなみに用意していたのは現金で百万(ゴールド)だったんだが、これは国に返すことに……」



「でもやっぱり僕もそれなりに頑張ったんで受け取ります!」



「惚れ惚れする変わり身の早さだね……」



 年上の女性に呆れられたが、お金をもらえるなら全然気にならない。


 これで僕も大金持ちだ!


 小躍りを始めた僕のことを、ニニがジトッとした目で見つめる。



「とても卑しく喜んでいるところ水を差すようですが、クロスさん。あなたは今、百万Gと引き換えに好感度を捨ててしまいましたよ」



「好感度? そんなもの僕は知らないな。それでメシが買えるのか?」



「食に対して切羽詰まり過ぎでしょう……いいですか、クロスさん。好感度のなくなったキャラは悲惨な運命を辿ることになるのです。それこそ、ひもじいだけではすまない苦行が待っていますよ」



「例えば?」



「不倫をした際、必要以上に世間からバッシングを受けます」



「生々しい!」



「不祥事を起こした人が復帰できるかどうかも、全ては好感度次第なのですよ」



「人間の嫌な部分を突っつくんじゃねえ!」



「不倫をしたくらいで騒ぐなよと言える程の好感度を持っていれば、もうあなたに敵はいませんね」



「そんなことを言う奴の好感度は低いだろうな」



 あと、なんで僕がやるかもしれない不祥事が不倫限定なんだよ。

 結婚すらしてないぞ。



「……いや待てよ? そもそも、不倫をする人の好感度が高かったら、そっちの方がダメージ大きいんじゃないか? あんなことするとは思わなかったって思考になるだろ」



「それはですねクロスさん、好感度にも種類があるということなのですよ。確かに聖人君主のようなキャラで売っていた人が不倫をすれば目も当てられませんが、しかし元々クズキャラで人気を博し、好感度を得てさえいれば、何の問題もありません」



「つまり、クズはクズでも人に好かれるクズになっていればいいわけか」



「その通りです。『あの人ならあれくらいやっちゃうよね~』とか、『そんなの気にならないよ~』と思わせてしまえば勝ちなのです。ですからあなたは、好かれるクズを目指すべきなのです。具体的には、その百万Gを私に渡して、『これでパン買ってこい! ……釣りはいらねえ』とかっこよく言えばいいのです」



「いいのです、じゃねえ。言うか」



しかしまあ、僕らは結局、「何をしたか」ではなく「誰がしたか」で善悪を判断したがるというのは箴言だ……そこに正当性を求めるのは、土台無理な話である。


 今回だって、本当はベスの功績が称えられるべきなのだ。「何をしたか」ではなく「誰がしたか」を重視された所為で、彼女はその機会を失ってしまった。



「好感度はどうだか知らないが、もらえるものはもらっておくといい……大人のお姉さんからのアドバイスだ」



 言って、カイさんは机の引き出しから例の百万Gの札束を取り出す。



「……ありがとうございます」



 ずっしりと、手に重みが伝わる。


 この重みは。


 シリーやヒーコックを殺した重みなのだと――そう考えてしまうのは、卑屈過ぎるだろうか。



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