黒の死
紫の髪と紫紺の瞳を携えたエルフ――エリザベス。
ヒーコックとの戦いで負傷していた彼女が、凛とした表情でシリーを見つめる。
「何よ、意外と元気そうじゃない……まあでも、前会った時みたいな魔力は感じないし、立ってるのもやっとなんじゃないの?」
「頭に乗るなよ、人間」
ベスはゆっくりと歩き、僕の前まで体を出す。
そして、大きな溜息をついた。
「さっきから聞いておれば、こやつの所為で自分が苦労しただの、誇りが傷ついただのといろいろ言っておったが……自分の弱さを他人の所為にするなよ。誰に馬鹿にされようと、非難されようと、笑われようと、蔑まれようと、自分で自分を信じてやらんでどうする。もし自分を信じられぬというなら、こやつのように、他人のために行動すればよいじゃろう」
ベスは静かに語り掛ける。
「お前はそうやって、全ての責任を他人に擦り付ける気か。一つ二つ上手くいかぬことがあったら、それを他人に背負わせる気か……人生など、思い通りにならぬことの連続じゃ。その全てを、自分以外の誰かに肩代わりさせるつもりか」
「――っ! うるさい‼ お前に何がわかる‼」
「何もわからぬから、わかってもらえるように努力すべきなのではないのか。人間が生きられる時間は短い……誰の所為だとかどうでもいいことを気にする前に、まず自分を顧みろよ。モンスターの攻撃を前衛に押し付け、自分たちだけは安全に戦闘をしようとしていたのは誰じゃ。ダンジョンの最深部で、共に戦わずこやつを見捨てたのは誰じゃ。お前だろう」
「私は私のために生きてるんだ! それ以外の他人は都合のいい道具なのよ! 人間は、そうやって生きてる!」
「否‼」
声を張り上げ、ベスは否定した。
「今お前の目の前にいるこやつは、他人を道具などとは思っておらん! 自分を裏切った他人までもを助けようとする、どうしようもないお人好しじゃ! 少なくとも、クロスはそうやって生きておる!」
語気荒く叫ぶ彼女の声が――不思議と、優しく聞こえた。
それはきっと、初めて。
ベスが僕の名前を――呼んでくれたから。
「こやつの生き方を間近で見過ぎた所為で、儂は人間に期待し過ぎてしまったようじゃ……ニニの仇しかり、そこの銀髪しかり、そしてお前しかり……やはりこの世界には、どうしようもない者が存在しておる」
そう言うベスの足元に。
巨大な魔法陣が出現した。
「それでも儂は、お前のことを一度助けた。こやつが助けたいと望んだ相手を殺すことは、あの時の儂にはできんかったからの……同じように、そこの銀髪を殺すこともしなかった。それをすれば、こやつに嫌われると思ったからじゃ」
魔法陣から漆黒の魔力が溢れ、周囲の空間を歪めていく。
「こやつは全ての人間を平等に救おうとしておる、本当の大馬鹿者じゃ。お前がこやつの首をはねたとて……きっと笑って許すに違いない。『僕が死んで彼女が救われるならそれでいい』などど、たわけたことを抜かすに決まっておる」
さすがはベスだ。
本当に――僕のことをよく見てくれている。
「平気で人を殺せるそこの銀髪のことでさえ、こやつは救おうと思っているはずじゃ……儂は可能な限り、その望みに応えてやりたかった。じゃから手を抜いておった。こやつがこやつなりの答えを出すまで、ニニやエジルに命の危険が迫るまで、待ってやることにした」
「っ――つ、強がってるんじゃないわよ! あんたに魔力が残ってないのは調査済み……」
「頭に乗るなと言っただろうが、人間」
彼女から溢れる邪悪な魔力にあてられ、シリーもヒーコックも身動きが取れない。
「確かに儂の魔力は枯渇寸前じゃ。じゃがそれは、通常の魔力の話じゃ。今から使うのは、儂が千五百年間、非常時のために溜め続けていた特別な魔力……普通の魔法や生命活動に転用することができぬ、命を奪うための魔力じゃよ」
特別な魔力……そんな話を、ベスは僕にしてくれていなかった。
でも――それはきっと、その魔力を使う場面を想定していなかったからなのだろう。
命を奪うための魔力。
そんなものを使えば、僕に嫌われると思っていたから。
「……例えこやつに嫌われ、蔑まれようとも、儂は儂の責任でお前らを殺すことにした。それが、こやつを助けるために今の儂ができる精一杯じゃ」
魔法陣が輝く。
命を奪う魔力が――拡散する。
「【黒の死】」




