堕ちた勇者
目も眩むような白銀の鎧。
昔から変わらぬ緋色の瞳。
ただ一つ違うのは、シリーの右手の甲に刻まれた死神の紋章……それは、闇ギルド「死神の左手」の一員であるという証だった。
「……」
「挨拶もしてくれないのね。まあ、当然だわ。私はあなたのことが嫌いだし、あなたも私のことが嫌いなんでしょう? ……でもね、今だけはこう言わせて頂戴。会いたかったわ、クロス」
少し癖のある長い赤毛を撫でながら、彼女は嬉しそうに口を開く。
「……お前、何やってんだよ。せっかく村から出て勇者になれたのに、闇ギルドに入るなんて……」
「何やってる、ですって?」
瞬間。
シリーの目が、鋭く僕を睨みつける。
「全部あんたの所為よ! あんたがパーティーに入ってから、何もかもおかしくなったんじゃない!」
「僕は……」
「あんたの所為よ! あんたと、そこのエルフの所為よ! 私のパーティーが壊滅したのも! メリルやレイナやアンガスが出ていったのも! 勇者の称号を鼻で笑われるようになったのも! 私のプライドと誇りが完膚なきまでに叩き潰されたのも!」
彼女の目的は、その激しい感情の発露から察することができた。
シリーは、僕を殺しにきたんだ。
「私がこんなに惨めになったのに、あんたがのうのうと生きてていいはずがない! 私が苦しんでいるのに、あんたが愉快に生きてていいはずがない! 私が絶望しているのに、あんたが前を向いて生きてていいはずがない!」
叫びは止まらない。
シリーは僕に、剣を向ける。
「私はあんたを殺す! そうすれば、私は先に進むことできる! 私が私でいるために、私の好きな私でいるために、私が誇れる私でいるために――あんたには、死んでもらわなくちゃいけないのよ!」
彼女の目は本気だった。今この場で、チャンスさえあれば瞬く間に僕の首をはねるであろうことは、疑いようのない事実だった。
「……どうして、闇ギルドなんかに入ったんだ。僕を殺したいだけなら、そんな殺人集団の仲間になる必要なんてなかっただろ」
「はっ。あんたにはお守りみたいにそこのエルフがくっついてるじゃない。私一人の力じゃ、エルフを抑えることは難しい……だから、ヒーコックたちに手伝ってもらうことにしたのよ」
なんだよ、それ。
それじゃあ、まるで僕を殺すためだけに闇ギルドに入ったみたいじゃないか。
ギルドを抜け、勇者を辞めたのは。
全て――僕を殺すため?
「勘違いしないでよね。確かにあなたを殺す手段として『死神の左手』を利用した……でも、このギルドに入ること自体が目的でもあるのよ。あんたを殺したら、その後は『天使の涙』を潰す……私を見下し、笑い者にしたギルドの連中を、皆殺しにするの」
喰魔のダンジョンで、シリーは自分のパーティーメンバーから死傷者を出してしまった……それは高位役職の勇者にはあるまじき失態で、周りの冒険者から非難されたであろうことは想像に難くない。
でもだからって、自分が所属していたギルドを潰そうって思考回路になるのか?
怒りが――彼女の精神状態を危うくしている。
「はははっ! クレイジーな女だろ? 自分が世話になって勇者にまで上り詰めたギルドを、自分の手でぶっ壊すんだってよ! 正規ギルド……しかもエール王国随一の超有名ギルドをぶち殺す機会なんて早々ねえからなぁ。喜んでこの女に手を貸すことにしたのさ」
ヒーコックの下卑た笑いが響く……こいつら、正気じゃない。
例え元勇者のシリーが仲間になったって、「天使の涙」みたいな巨大ギルドを潰せるわけないじゃないか。
それは、彼女が一番よく知っているはずなのに。
「……あんた今、私たちじゃ『天使の涙』をどうこうできるわけないって思ったわね? いいわ、あんたはここで死ぬから教えておいてあげる。あと数カ月で、この国は変わる! 正規ギルドなんていうくだらない集団は消えて、強者のみが生き残る世界になるのよ!」
シリーは心の底から楽しそうに高笑いをする。
正規ギルドが消える……一体、なんの冗談なんだ。
お前らは、何をしようとしてる?
「ヒーコックたちには、あなたにだけは手を出すなって言っておいたの……私はあんたを殺すことで、過去にけじめをつけるわ」
僕に向けられた剣が、怪しく光る。
元とは言え、彼女は高位役職を授かった勇者だ……とても僕では敵いっこない。
でも、みすみすやられるわけには――
「話は終わったか、人間」
僕の後ろから、幼い少女の声がした。
紫紺の瞳をしたエルフが――静かに顔をあげる。




