襲撃
ベスはまだまだ本調子には程遠いらしく、しばらくは安静にした方がいいという判断の元、僕は前回のように監督者として仕事をすることにした。
ニニに頼んでエジルさんに連絡を取ってもらう……あの二人は予想以上に仲がいいと判明したので、こちらもいくらか気軽に誘うことができた。
三日後。
僕とニニとエジルさん(と杖の中のベス)は新たな未踏ダンジョンを訪れ、探索を始めたのだった。
「んー、手応えがないですね。Ⅾ級ってとこでしょうか」
「かもしれねえな……ったく、何でまた俺様が探索に付き合わなきゃならねーんだよ」
「ジンダイさんに置いていかれて暇してたじゃないですか。昼間からお酒を飲むよりも、こうして体を動かしていた方が健全ですよ」
ニニとエジルさんはそんな風に言い合いながら、先導してダンジョンを進んでいく。どうやら、彼的には探索の仕事に不満があるらしい。
「体動かすっても、探索じゃ潜れて五階層までじゃねえか。しかも資源も回収できないとくりゃ、潜る方が時間的に損かもしれねえ」
「それもそうですよねー。私、特別公務メンバーでもあるから大きな声で言えませんけれど、労働に対する対価が若干低いように思います」
僕の方を一瞥しながら、ニニは言う。いや、報酬に関して文句を言われても、僕じゃどうしようもないんだが。
「でもまあ、暇そうにしてたエジルさんも悪いですよ。忙しく働かれていたら、私だって声を掛けづらいんですから」
「うるせえ……最近、うちの支部に回ってくる仕事がしょっぱくなってるだろ? やる意味ねーっての。マスターの考えだか何だか知らねえが、気に食わねえ」
どうやら、彼らのギルドには彼らなりの事情があるようだ。そのお陰でこうして探索に来てもらえたのだから、僕からすればありがたいけれど。
ちなみに、もしエジルさんが来られなかったら、代わりに名前も知らないような小さいギルドと仕事をしなければならなかったので、そうならなくて本当に良かった。
口は悪く態度も粗暴だが……彼の実力は本物なのだから。
ダンジョンに潜る上で、ベスやジンダイさんに次いで頼もしい存在である。
「何やらエジルさんに熱い視線を送っていますね、クロスさん。もしかしてあれですか、ソッチ方面も開拓していこうという腹積もりですか」
「人聞きの悪いことを言うな」
「ソッチの方は魔境ですからね、生半可な覚悟で足を踏み入れてはいけませんよ」
「何の話をしてるかわからないな」
知らないよ、ソッチもアッチも。
知らないからな。
「どうして男同士とか女同士って萌えるんですかねー。不肖この私も、仲睦まじい男性同士の絡みには溢れんばかりのリビドーを抑えきれません」
「いきなりぶっこんでくるなよ!」
「なぜ慌てるんですかクロスさん。あなた下ネタ好きじゃないですか。むしろ喜び勇んでこの話題に乗ってきてくださると思ったのに」
「僕にも得手不得手はあるんだ。下ネタなら何でもいいってわけじゃない」
あと別に、僕は下ネタが好きなわけではない。念のため。
「エロ方面なら雑食だと思っていましたが、意外と好みにうるさいお方なんですね」
「お前は一体僕のことを何だと思ってたんだ」
「何って、エロ界のビッグウェーブでしょう?」
「そんな不名誉な称号を冠された覚えはねえよ!」
「あれ? 笑いのニューウェーブでしたっけ?」
「それは……多分もういらっしゃるよ」
詳しくは知らないけど。
知らないからな。
「おい」
僕とニニのくだらないお喋りを、エジルさんが止める。いつモンスターが出てくるかわからないのに、さすがに緊張感がなさ過ぎただろうかと、僕が自分の行いを反省していると。
「間違いねえ、この前のいけ好かねえ空気だ……しかも、俺たちの方へ近づいてきてやがる」
彼は右手に持つ槍を構えた。
つられて、僕とニニも臨戦態勢に入る。
「……ニニ、何か匂いとかしないのか?」
「言われてみれば、程度ですね……エジルさんはあの野蛮な見た目通り、野生の勘が鋭いんです。探知魔法も顔負けですよ」
褒めているのか貶しているのかわかりづらかったが、しかしニニの太鼓判があるなら間違いないだろう。
何者かが、このダンジョンに侵入している。
未踏ダンジョンに入ることができるのは、僕たち探索係か許可を得たギルドのメンバーだけ……この場合は、どちらでもない。
なら一体、誰が――
「お主ら! 上からくるぞ!」
背中に携帯していた杖から――ベスの声が聞こえた。
「――っ! 【水龍竜巻】!」
一早く反応したエジルさんが、頭上に向けて魔法を放つ。勢いよく天に伸びる水流……その渦が、真っ二つに引き裂かれた。
同時に、禍々しい深緑色をした魔力が僕たちに向かって降り注ぐ。
「全員伏せろ!」
頭上からの攻撃が地面に届く寸前――杖から出てきたベスが、黒色の魔力で迎撃する。
だが。
謎の魔力は、圧倒的な威力をもつはずのベスの攻撃魔法を弾き飛ばした。
「きゃあっ!」
「ぐっ!」
魔法がぶつかった衝撃波が広がり、僕たちはあっけなく吹き飛ばされる。深緑の魔力は地面を穿ち、周囲の木々を根こそぎ薙ぎ倒していく。
とんでもない威力だ……いくら本調子でないとは言え、あのベスの魔法に競り勝って、その上でこれだけ地形を破壊するなんて……。
「しぶといガキどもだぜ」
空から――一人の男が降り立った。
ここまで近づけば僕でもわかる、吐き気を覚える程邪悪な魔力……初めてベスに会った時と、似たような感覚だ。
「全員生きてるか……魔力がないのに中々やるじゃねえの。さすがは噂のエルフってとこか」
男は長い銀髪をかき上げ、ギョロッとした目を上から下へと動かし、舐るようにベスを見る。
「そうこなくっちゃ面白くないよなぁ。俺たちはわざわざ、お前を殺すためにここまで来たんだからよぉ」
舌を出して嫌らしく笑う、彼の右手の甲には。
死神の紋章が刻まれていた。
「俺は『死神の左手』のマスター、ヒーコックだ……お前ら全員、ここで死ね」




