予感
「初めまして、ニニくん。私はソリアの市長、カイ・ハミルトンだ。親しみと愛情を込めてカイさんと呼んでくれたまえ」
酒場で飲んだくれた明くる日、僕とニニは市長室に呼び出されていた。心当たりもないのに怒られるんじゃないかと冷や冷やするから、あまり頻繁に呼び出さないでほしい。
「初めましてです、カイさん」
「君の活躍はクロスくんから聞いているよ……優秀な盾使いらしいね。話を聞く限りでは、近い内に『剛盾使い』になれそうだ」
剛盾使いとは中位役職のことで、盾使いとして一定の功績と実力を持っていると所属ギルドに認められた場合、名乗ることができるようになる。
僕は相変わらず下位役職の戦士のままなので(そもそもギルドに属していないから中位役職にはなれない)、いつニニに追い越されるかドキドキだ。
「大丈夫ですよ、クロスさん。例え私の方が役職が上になろうと、あなたのことはリーダーとしてお慕い申し上げます」
「ニニ……」
「まあ、お腹が空いた時にパンを買ってきてもらうくらいのことはしてもらいますけどね」
「完全にパッシてるじゃねえか」
全くお慕い申し上げていない。
まあいいさ、僕は僕なりに強くなろうと頑張るだけだ。
「そんなに拗ねないでくださいよ。役職が変わっても、私たちはずっと友達ですよ、クロス」
「敬称が外れている! 説得力の欠片もない!」
「一々突っかかってきますねぇ、下位役職如きが。同じ空気を吸わないでください」
「お前のそのキャラ、絶妙に過去の記憶を刺激するからやめてくれ!」
具体的には、勇者パーティーにいた白黒魔術師コンビ。
……彼女たちのその後は知らないけれど、無事に回復しているだろうか。心の傷は無理でも、身体の傷くらいは癒えていてほしいものである。
「そう言えばクロスさん、ベスさんはお眠りになっているんですか?」
「ん? ああ、ダンジョンに潜る時以外は寝るっていうスタンスは定着したらしい」
「それ、魔力の関係で仕方がないとはいえ、結構怠惰ですよねぇ。エルフにとって魔力は食事と変わらないそうですし、食っちゃ寝を地で行き過ぎでしょう。次に目が覚めた時は、丸々太って風船みたいになっているかもしれませんね! あはははは!」
「お前、ベスのこと嫌いなの……?」
「もちろん好いていますが、しかし反論できない相手に一方的に悪口をぶつける快感は、何にも代えがたいものがあります! あはははは!」
「どんなキャラに舵を切ろうとしてるか知らないけど、その方向は多分失敗すると思うな……」
少し長く生きているお兄さんからの忠告だ。
「うーむ、やはり駄目ですか。いえね、昨日なんかエジルさんまで出張ってくるし、いよいよ私のアイデンティティが猫耳以外なくなってしまうのではないかと、内心ヒヤヒヤしているんですよ」
「そんなことあるはずないだろ。ニニにはいいところが沢山あるよ」
「では聞きますが、私の頭頂部から猫耳がなくなったらどうしますか? キャラ、薄くなりません?」
言いながら、ニニは両手で猫耳を隠す。
……うん、一気に印象がなくなった。
「訂正しよう。お前は猫耳だけの存在だ」
「そこまで潔く訂正しないでください!」
「なんなら猫耳から下はなくてもいい」
「私を構成する大部分が消えちゃいます!」
「そして残った猫耳を僕が装着すれば、もう何も言うことはないな」
「あなたを見た人が絶句するという意味ならその通りですね! 死んでも似合わないからやめてください!」
「安心しろ、ニニ。例えお前の肉体が滅びようとも、魂は僕らと共にある」
「いい話風に纏めようとしても、猫耳をつけていると想像するだけで吐き気がします!」
吐き気とまで言われるとは心外である。
今後の良好な仲間関係に支障をきたしかねない。
「そろそろ本題に入らせてもらってもいいかな、二人とも」
僕とニニが再び罵り合う前に、カイさんが止めに入った……と言うか、完全に存在を忘れてしまっていた。
「仲がいいのは大変いいことだが、一応ここは市長室だからね。弁えたまえ」
「すみませんでした……」
「まあ私はここでよく肉を焼いているが、みんなには内緒だ」
「あんたが一番弁えてないですよ!」
たまに美味しそうな匂いがすると思っていたけど、気のせいじゃなかったのかよ。
「では、本題に入るが……君たち二人を個別でなく同時に呼んだのには、実は少し訳があってね」
カイさんは緩く笑っていた顔を引き締め、顎に手を当てる。その仕草は、厄介なことが起きているのを示唆していた。
「端的に言おう。クロスくんの元パーティーメンバー、シリー・ハート女史は、確実に闇ギルド『死神の左手』に入った。そして奴らは現在、ここソリアに潜伏している……ニニくんの仇も、もしかしたらその中にいるかもしれない」
想像していた五倍重いパンチを食らった気分だ……シリーが闇ギルドに入ったというのは半分確定していたし、そのギルドにニニの仇がいる可能性があることも知っていた。
でも。
「死神の左手」が、現在進行形でこの街に潜伏しているなんて……悪い冗談のようだ。
もちろん、復讐相手を探しているニニにとってはまたとないチャンスである。
……しかし、だからこそ。
エジルさんとベスがダンジョンで感じたという、嫌な魔力というのが――符合してしまう。
未踏ダンジョンに許可なく入ることは禁止されており、それを破るのはただの怖いもの知らずか、違法を生業としている者。
闇ギルドの手が僕たちに迫っていると考えるのは――いくらなんでも、考え過ぎだろうか。




