語らい
「おーおー、まだまだ夜は冷え込むのぉ」
酒場の喧騒から離れ、僕とベスは近くにあった手頃な段差に腰かけた。
微かに、ニニとエジルさんの笑い声が聞こえてくる……あの二人、やっぱり仲がいいらしい。
「思えば、お主とこうやって腰を落ち着けて話すのは久しぶりかの。出会ってからこれまで、ダンジョンに潜ってばかりじゃったし」
「言われてみればそうかもな。結構、忙しなく動いていた感じはするぜ」
夜風が冷たく頬を撫でる。彼女に誘われるまま外に出たけれど、一体、何の話があるのだろうか。
「それはそうと、やはり儂も裸はやり過ぎだと思うのじゃ。杖から出てくるたびに全裸なんて、どんなサービスじゃよと思い始めた」
「正常な思考回路を取り戻してくれてよかったよ……次に向けて、何か対策を考えなくちゃな」
「既に考えておる。ローブくらいの質量であれば、魔力消費を気にせずに杖に出入りできるじゃろう」
「それ、できないって話じゃなかったっけ? 持ち物は全部粉々に砕け散るとか何とか」
「あの時は初めて自分に封印魔法を掛けたからの、勝手がわからんかっただけじゃ。儂にできないことは早々ない」
「……僕もそんなセリフを言ってみたいもんだぜ」
だが実際に、ベスはほとんど何でもできるのだろう。
だからこそ――時々思う。
彼女には、本当はもっとやりたいことがあるんじゃないのか、と。
僕と一緒にいる以上、ベスは自由に世界を旅できない。昔していたような、ダンジョンからダンジョンへの大冒険はできないのである。
そんな自由を投げうってまで、僕と共にいてくれる理由が。
彼女には――あるのだろうか。
「なんじゃ、急に深刻そうな顔になりおって……まるで、どうして儂がお主と一緒にいるのかわからないといった顔じゃな」
「察しがいいにも程があるだろ、ベスさんよ」
「お主の考えなど目を見ればわかるわ、生きてきた年季が違う」
言って、ベスは星明りに向けて手をかざした。
「以前言ったはずじゃぞ。少なくとも、お主の野心が見つかるまでは傍にいてやると。じゃから、儂が隣にいる理由を探そうとするな。その答えは儂の心の中にしかない……推し量ろうとするのは、野暮ってもんじゃろ」
「……そう、だな。悪かったよ」
「わかればいい。まあ裸まで晒した仲じゃし、お主が死ぬまでの何十年かくらいは一緒にいるのも悪くない。無理強いはせぬがな」
「……僕もそのつもりだよ。死ぬまで一緒さ」
ベスは生まれて初めて、僕を認めてくれた存在だから。
彼女が隣にいてくれるなら、こんなに嬉しいことはない。
「寒さにも慣れてきな、風が心地よいわい」
ベスはごろっと仰向けに寝転がり、気持ちよさそうに四肢を投げ出す。
何となく、僕も同じように倒れ込んだ。
「……なあ、お主よ」
「なんだ?」
「お主はまだ、安定した生活とやらを求めておるのか?」
静かに、ベスは問いかける。
「ああ、それは変わらないよ。じゃなきゃとっくに公務員を辞めて、お前とどこかに旅立ってるさ」
「それもそうか……儂はの、正直お主のことが理解できんかった。安定なんてものに価値があると思えんかったからの」
「ベスはそうだろうな」
「じゃが今になって、なぜ安定を望むのか見えてきた気がするんじゃ……ひょっとしてお主、自分を信じるのが怖いのではないか? 冒険に身を置けば、全ての責任を自分で取らなければならない。じゃが逆に、安定に身を置けば、自分の取る責任は最小で済む……儂には、そう見えるがの」
「……」
ベスの分析は、すとんと僕の心に入ってきた。
そうか。
僕は、自分を信じるのが怖いのか。
「過去に何かあったのではないか? 幼少期に、トラウマになるような何かが……でなければ、他人のためにあれだけ動けるお主が、自分を信じられぬ説明がつかん」
「……トラウマってわけでもないけど、強いて言うなら、赤ん坊の時に捨てられたっていう経験はあるな」
僕はできるだけ平静を保ったつもりだったが――なぜか。
声が少し、震えていた。
僕は捨てられたことなんて、全然気にしていないはずなのに。ニニに話した時も、すんなり言えたはずなのに。
「……そうか。もしかしたら、親に捨てられた自分には価値がないと思い込み、自分を信じることを恐れるようになったのかもしれぬな」
「……考えたこともなかったよ」
僕が安定を求める理由……自分でも、深く掘り下げたことはなかった。それはそういうものだと思って、気に留めたこともなかった。
彼女は本当に、僕のことをよく見てくれている。
「今は儂がおるぞ」
不意に、ベスがこちらに顔を向けた。
普段とは違ったアングルに――少しだけドキッとする。
「安定を望むお主のことも、野心を見つけようと一歩を踏み出したお主のことも……儂はずっと隣で見守ることができる。それだけは忘れるな」
「……ああ。ありがとな」
随分と心強い仲間ができたもんだ。
僕もいつか、彼女に胸を張れる自分になることができるだろうか。
「……そう言えば、話があるって酒場から出たけど、あれは何だったんだ?」
「ん? ああ、なんかいい雰囲気を醸し出してしまって忘れておったわい」
彼女は上体を起こし、真剣な顔つきで言う。
「今日潜っておったダンジョン、儂はほとんど寝ておったが、唯一起きたタイミングがあった……いや、起こされたというべきか」
「起こされた? 基本、僕たちがピンチにならなきゃ起きないんだったよな?」
「左様。じゃから、例外的な理由によるものじゃ……儂はあの時、とてつもなく邪悪な魔力を感じて目が覚めた」
「邪悪な魔力……?」
確か、エジルさんも似たようなことを言っていたような……いけ好かない空気がどうのとか。
「無論儂に及ぶべくもないが、しかし明らかに異質な魔力故、警戒センサーに引っかかったんじゃろうな……気をつけろよ、お主。あのダンジョンには、お主ら以外の何者かが紛れておったぞ」




