不穏の足音
「よおクロス! 元気にしてたか!」
開口一番、寝起きでボヤつく脳内を殴りつけてくるような大声で挨拶をする男――「竜の闘魂」のエジルさんだ。
ニニが提示した、僕が監督者として探索に参加するという案を実行すべく、僕らは市街地の外れに集まったのだが……何を隠そう(何も隠せていない)、彼女がメンバーとして連れてきたのはエジルさんだったのである。
彼とは数回ダンジョンに潜った経験があるので、人見知りは発揮しなくて済むけれど……メリットはそれだけだった。変に仲良くなった所為で、距離感が上手く掴めない。
「また会うことになるとは思ってなかったぜ! よろしくな!」
「……よろしくお願いします」
「てめー、挨拶くらいでけー声でしやがれ!」
「エジルさんうるさいです!」
早朝から騒ぐ彼の腰目掛けて、ニニが回し蹴りを繰り出す……相変わらず綺麗な身のこなしだ。
「いきなり何しやがるニニ! 先輩に向かって舐めた真似してんじゃねえぞおら!」
「朝っぱらからギャンギャン騒がないでください! 近所迷惑です!」
「てめーだってうるせえじゃねえか!」
「何ですかこの禿!」
「んだとこの獣女!」
「二人とも、ちょっと静かにしましょうか……」
喧嘩する程仲がいいとも言うし、先輩後輩関係なくいろいろ言い合うのは素晴らしいが、しかしここまでヒートアップされたら僕が困る。
僕を困らせないでほしい(自己中)。
「それじゃあエジルさん、すみませんが、車に乗せてもらってもいいですか?」
僕は彼の背後に黒々と佇む魔動四輪に目をやる。
エジルさんの車を足にさせてもらうにも関わらず、こんな早朝に集まらないといけないことからわかってもらえるように、今回のダンジョンはかなり遠方にあるのだ。乗り物に酔いやすいと判明した僕からすれば地獄である。
「おう、さっさと俺様の愛車に乗りやがれってんでいこんちくしょう!」
……この人、こんなにべらんめえ口調だったっけ。
安易にキャラ立てしようとするのは控えてほしい。
「てめーの運転じゃ先が思いやられるんですってんでぃ!」
「お前まで便乗してんじゃねえ」
不要な属性をつけようとするな。
猫耳ってだけでお腹一杯なんだから。
「まあ冗談はこれくらいにして、早く乗りな。今日は飛ばすぜ!」
◇
「まーだげろげろしてんのか、クロス」
爆走する車に揺られること五時間、僕たちは目的の未踏ダンジョンに到着した――それが、今から四時間前。
探索を始めて三階層目に至ってもなお、僕の酔いは収まっていなかった。
「すみません、エジルさん……大分良くなってきました……」
「まあ、このダンジョンはB級みてーだし、俺とニニがいりゃ問題ないからいいけどよ……にしてもお前、酔いすぎだろ」
これまで戦闘が十数回起きたが、エジルさんの活躍のお陰で無事に切り抜けることができている。
前に仕事をした時から思ってたけど、この人、普通に強いんだよな……如何せん、ベスにやられていた印象しかなかったけれど、その実力は本物だ。
「ハゲ……エジルさんはソリア支部のナンバーツーですからね。ギルド全体で見ても、十本の指には入りそうなくらいです」
「ハゲって言いきってから言い直してんじゃねえぞおら。それに曖昧な表現で褒めるんじゃねえ、俺様はナンバーセブンには入る!」
「セブンって、意外と謙虚ですよねえ。そこはスリーとかファイブじゃないんですか」
「強さに嘘はつけねえからな……強さって言うなら、クロス。前見た時より大分魔法の腕が上がったみてえじゃねか。酔ってるけどな」
エジルさんはそう言って、僕の背中を叩いた。お世辞かもしれないが、彼程の実力者に強くなったと言われると素直に嬉しい。
……いや、強さに嘘はつけないんだったっけ。
彼やジンダイさんが強者を追い求める気持ちが、ほんの少しだけわかった気がする。
「……」
ふと、エジルさんが後方を厳しく睨みつけた。
僕もつられて見てみたけれど……うん、何もない。木が生えているだけだ。
「……」
「エジルさん?」
「ん? ああ、すまねえ。なーんかいけ好かねえ空気を感じたんだが……気のせいみてえだ」
「はあ……」
僕はそういうのに敏感なタイプではないので、全く何も感じなかったけれど……彼が言うくらいなのだから、後ろに何かあるのだろうか?
「……お二人とも気を引き締めてください、前方から敵の匂いです」
探知魔法と同等の鼻を持つニニが、モンスターの気配をキャッチしたらしい――後方だったり前方だったり忙しいが、今はニニの言葉を優先した方がよさそうだ。
僕は木に預けていた姿勢を正し、剣を引き抜く。
三階層目の探索もそろそろ切り上げていい頃合いだ……恐らく、これが最後の戦闘になるだろう。
「おっ、やる気満々じゃねえか。ちったぁ期待してんぜ」
「まあ、エジルさんにばかり格好いいところを持ってかれるわけにもいきませんしね」
酔いもようやく収まった。
ここらで一発、役に立つところを見せたいものである。
「負けん気の強さは、やっぱり男の子ですねえ」
十五歳の少女がしみじみしと何を言うかと思ったが……まあ、往々にして。
男ってのは、かっこつけたがりなのだ。




