闇ギルド
ベスの魔力が枯渇しそうになり、ダンジョン攻略ができなかったという報告をするため、僕は市長室を訪れていた。
どうして僕は毎回、直接カイさんに報告をしなければならいのだろう……未だに姿を見せない部署の先輩方の存在が疑われる。
「……で、エリザベスくんはその杖の中にいるというのかい」
一通り説明を聞き終えたカイさんは、僕の背負う杖を訝し気に指さす。
「今は魔力を吸収するために眠っている状態ですけど、確かにいます」
「自分で自分を封印してしまうとは、規格外もそこまでいけば笑えてくるというものだね」
「……やっぱりこれ、難しい技術なんですかね?」
「難しいどころの話じゃない。そもそも生きているものを封印するなんて、高位役職のシャーマンでも困難を極める……全く、君たちの話には飽きないよ」
例え魔力がなくなる寸前であろうと、ベスの魔法の才能は衰えていないらしい。
千五百年の積み重ねは伊達じゃないってことか。
「それで、新しくメンバーになったニニくんの調子はどうだい? まさか猫耳が愛らしいからという理由だけでメンバーにしたわけじゃないだろうね」
「……実は、そのことでお話がありまして」
僕は、ニニから聞かされた彼女の過去……闇ギルドに故郷の村を滅ぼされたという話を、カイさんに伝えた。もちろん、許可は貰っている。
「ほう……それは随分と壮絶だね。十五の女の子が背負うには、少々度が過ぎているとも言える」
「……ニニは、村と一族の仇を追って冒険者になったそうなんです。僕は、彼女の手助けをしたい」
「手助けというのは、闇ギルドの情報を追い、件の男を見つけたいということかね」
「はい」
「では、その先はどうする? もし運よく仇を見つけられたとして……君とニニくんは、一体何をするのかね?」
カイさんの声色が変わる。
必然――僕の身も引き締まる。
「正直、僕はどうすればいいのかわかりません……でも、ニニは多分、その男を殺したいんだと思います」
過去を語っていた時の、彼女の表情。
あれは、何が何でも仇を殺すという、憎しみの表情だった。
「君は建前というものを少しは覚えなさい。それを聞いて、私が大手を振って協力できると思うのかね? 相手が闇ギルドの人間だとしても、国からの命令がなければ大っぴらに殺すことは許されない……それが、魔法という暴力の中で人間が理性を保つための、法とういものだ」
「……」
「だから、こっそり協力しよう」
落ち込む僕を見て、カイさんは意地の悪い笑顔を浮かべた。
「最近の闇ギルドの蛮行には、目に余るものがあるからね……敵の勢力を削ぐという建前を使って、ニニくんの復讐に手を貸そうじゃないか」
「いいんですか? あいつは仇を殺すと思いますよ」
「法というのは、我々が理性的に生きるために必要不可欠だ……だがね、クロスくん。この世には、理性では解決できない問題もあるんだよ」
「……どういう意味ですか?」
「魔法も法ということだ。人間の理性など絶対に及ばぬ究極の暴力……それが魔法であり、我々が本来従うべき欲求なのだよ」
魔法も法だと。
そう言って笑うカイさんの目は。
とても――冷たく見えた。
◇
「エール王国内での活動が確認されている闇ギルドの中で、村一つを滅ぼすような力を持つ者がいるとするなら……恐らく、『七天』か『夢想壁』、『死神の左手』あたりだとは思うが、確証はない」
こっそり協力すると約束してくれたカイさんは、早速有力な情報を教えてくれた。
「七天」、「夢想壁」、「死神の左手」……どれも聞かない名前である。
「名前すら知らないという顔だな、無理もない。今挙げた三つは、国家機密として秘匿されている情報だからね」
「国家機密、ですか」
それって、こんな場所でおいそれと明かしていいものなのか? いやでも、頼んだのはこっちだし……。
「いずれの闇ギルドも、ただのゴロツキの集まりではない……国に対する脅威レベルが桁違いなのだよ。故に、公に名前を知られてしまえば、多くの国民に混乱を招きかねない」
「国民にバレないよう、秘密裏に処理するってことですか」
「概ねそうだ。だからもしニニくんの仇がいずれかのギルドに所属しているのなら、殺してしまって問題はないよ。というか、私が問題ではなくせる」
カイさんは当たり前のように犯罪をもみ消せると言った。
さすが、ソリアの市長といったところなのだろうか。
「だが、もしその三つ以外の闇ギルドに仇がいた場合は……少々厄介だ。できれば殺害以外の方法で復讐を遂げてほしいものだが、まあ最悪何とかしよう。それと、闇ギルドに関する秘匿された書類も、可能な限り君に渡そう」
「……どうして、そこまで協力してくれるんですか? ニニは特別公務メンバーっていうだけで、公務員でもないのに」
「おや、これは意外な質問だ。君は私のことを、血も涙もない女だとでも思っているのかい?」
「そういうわけじゃないですけど……」
彼女の根幹にあるのは、恐らくこの国を守りたいという想いだ……初めて会った面接の時にも、その気概が窺がえた。
であるならば、一人の少女のために、なぜここまでしてくれる?
「私には許せないものがいくつもある。朝の寝癖、嚙み切れないパン、貯まった書類、意味のない会議、遠出の出張、調子に乗るギルド……だが最も許せないのは、未来ある子どもに絶望を与えることだ」
「……」
「そうは見えないかもしれないが、私は憤っているんだよ、クロスくん。ニニくんに絶望を与えたその男を、私は絶対に許さない……これが、君たちにこっそり協力する理由だ」
ニコッと笑って、ウィンクをするカイさん。
……僕は以前、この人が市長なんかで街は大丈夫かと心配したことがあったけれど。
どうやらそれは、とんでもない勘違いだったらしい。
ブオン
そんな音が市長室に響く……あれは、通信用魔法が発動した合図だったっけ。
「……今は取り込み中だ、話なら後に――」
通話相手に断りを入れようとしていたカイさんの言葉が止まる。
「……なるほど、わかった。私の方から各機関に連絡をしておこう。わざわざありがとう、ウェイン」
彼女は深刻そうな面持ちで通信を切り、大きく溜息をついた。
しばらくそのまま俯いていたが、ゆっくりと顔を上げ。
僕の目を見つめてくる。
「カイさん……?」
「クロスくん。君に伝えておくべき事態が起きた……さっきの通信は『天使の涙』のサブマスター、ウェインからのものだったのだが」
「天使の涙」。
その名前を聞くのは――久しぶりだった。
「君の元パーティーメンバーで、喰魔のダンジョンではその命を救った相手……シリー・ハート女史が、ギルドを抜けたそうだ。そしてこれはまだ確定ではないのだが……彼女は恐らく、闇ギルド『死神の左手』に入団したらしい」




