特別公務パーティー 002
懸念していた事態。
正式な手続きを踏む際に、どうしても壁となって立ちはだかる問題……ベスの出生について。
そこにすぐさま気づくのは、さすが市長といったところか。
「千五百年以上生きているということは、当然エール王国の生まれではない。よって、君が封印された時点でどこの国に属していたか……私としては、そこをはっきりさせないわけにはいかないね」
「忘れたわ、そんなどうでもいいこと」
「忘れた? それは随分とまあ都合のいい言い訳じゃないか。もし君が他国のスパイだったらどうする? スパイでなくとも、エール王国に仇なそうとしているエルフだったら? 素性がはっきりしない以上、私たちの仲間に引き入れるのは無理筋ってもんじゃないかね?」
カイさんの理屈は、正論過ぎて崩しようがない。僕だって、本当にベスが味方なのかなんて知る由もないのだから。
「それに、封印されたってのも引っかかる。引っかからざるを得ないよ。だって、普通に生きていれば誰かに封印されることなんて早々ないだろう? 何かとんでもない悪行を犯したから、その罰として封印されていたんじゃないのかい?」
「お前、話を聞いておらんかったのか。儂は仲間に裏切られて封印されたのじゃ……大方、強大すぎる儂の力を邪魔に思ったとか、そんな理由じゃろ」
「心当たりはないって顔だね。それもまた、都合よく忘れたのかな?」
バキッ
ベスの立っている床板部分が、黒い魔力によってひび割れた。
「お、おいベス……落ち着けって……」
「落ち着け? 落ち着けじゃと? このたわけた女は、市長だか何だか知らんが、儂のことを馬鹿にした。苛立って何が悪い」
「はっはー、おまけにキレやすいときたもんだ……どうだい、クロスくん。君はこの現状を踏まえても、そこのエルフとパーティーを組みたいと言うのかね? もしその主張を変えないというのなら、それ相応の覚悟があるんだろうね?」
「僕は……」
正直、こんなことになったらベスとパーティーを組むのは不可能だろう。
魔法都市ソリアのトップの前で攻撃魔法を使い、威嚇行為をしてしまったのだから。
……でも。
彼女と共にダンジョンに潜りたい気持ちは、変わっていない。
『お主に足りないのは、魂に見合う野心だけじゃ。このまま腑抜けた仕事をしておったら、死ぬまでそれを見つけることはできんぞ』
先刻ベスに言われた言葉。
魂に見合う野心を――僕は見つけたい。
ベスと一緒に。
「……僕は、まだ短い付き合いですけれど、彼女のことを信じています。そんな言葉じゃ何の保証にもならないとわかっていますけれど……でも、僕の気持ちは変わりません」
生まれてから十八年間、ただ漫然と生きてきた。
それ以外のことができないからという理由だけで、冒険者になった。
分相応の暮らしができればよかった僕は、誰の助けも必要なかったし。
誰も、僕の助けを必要としていなかった。
けれど。
ベスだけは、クロス・レーバンのことを見てくれている。
だったら――僕は彼女の期待に応えたい。
「今の僕は、彼女と共に冒険をしたい……ただ、それだけなんです」
「……なるほどね。クロスくんの気持ちはわかった。では、君はどうだい?」
カイさんに話を振られたベスは、静かに目を閉じ。
発していた魔力を鎮めた。
「……儂は千五百年以上生き、その長い時の中で多くの仲間をもった。じゃが、ほとんど全て忘れてしまった。エルフの脳は別段記憶に優れているわけではないからの、強烈に印象付けられていない出来事は忘却の彼方じゃ」
仲間のことを忘れている……それがどんな感覚なのか、僕にはわからない。
ただ、そう語るベスの顔は。
少し寂しそうだった。
「千五百年という月日はあまりに重い。二百年前までは絶対に忘れないと思っていた人間のことも、今となってはおぼろげじゃ。儂は、それが怖い。どんなに大切に思っても、どんなに愛しく思っても、千年後には忘れてしまうんじゃないかという恐怖……じゃからこそ儂は、今やりたいことを全力でやると決めたんじゃ」
言って。
ベスは、僕の顔を見つめる。
「今はこやつと共に冒険をしたい。ダンジョンに潜り、強敵を降し、危機を乗り越え、あの得も言えぬ達成感を分かち合いたい……ただ、それだけじゃ」
それは、初めて聞く彼女の本心だった。
どんなに忘れたくないと願ったことすら、忘れてきた少女は。
今を全力で生きると――そう決めたらしい。
「……二人の話はよくわかった。ソリアの市長として、率直な意見を述べさせてもらおう」
黙って話を聞いていたカイさんが立ち上がり、僕とベスの前に歩いてくる。
「私はこの都市を代表する者として、素性の定かではない者を公務につかせるわけにはいかない」
「……そう、ですか……」
「だが」
カイさんは、落ち込みかけた僕の肩に手を置いた。
そして、さっきまでの意地悪な笑みではなく、にこやかな笑顔を浮かべる。
「私個人として言わせてもらうなら、彼女には是非ここで働いてほしいものだね。もちろん、エリザベスくんの実力は確かめさせてもらうが……それでもいいかい?」
「は、はい! ありがとうございます!」
「礼を言いたいのはむしろこっちの方さ……さっきはああして試すような真似をしたが、しかし『竜の闘魂』のジンダイを圧倒する力を持つ人材をみすみす手放したりはしないよ。ここで私が提案を飲まず、他のギルドに拾われでもしたら面白くないしね」
「……ふん、少しは見る目のある奴じゃの。安心せい、実力は保証する……こう見えても儂は、味方にしたら心強いぞ」
「ははっ。期待しているよ、エリザベスくん……では、後日君の採用試験を実施させよう。それをクリアできれば、特別公務メンバーとして認めようじゃないか」
紆余曲折あったけれど、何とかベスとパーティーを組めそうだ。
僕は彼女の幼い後ろ姿を眺め、小さく笑った。
思いがけずにベスの心の内を垣間見ることができて……僕たちはほんの少し、仲良くなった気がする。




