喰魔のダンジョン
「一刻も早く合流した方がよさそうじゃ……モンスターに見つかる可能性は上がるが、仕方ない」
言って、ベスは僕の腰にある革のベルトを掴んだ。
直後――彼女の背中から魔力でできた黒い翼が生え、一瞬で地面を離れて飛翔する。
「――! 危ない危ない危ない危ない!」
「ガタガタ喚くな、男じゃろうが」
「男も女も関係あるか! せめて一声かけてからにしてくれ!」
「飛んだぞ」
「事後報告⁉」
「手元が狂うから動くな、たわけ。落ちても知らんぞ」
そう言われては黙っているしかない……僕は恐怖を押し殺し、ベスに掴まれるがまま宙を舞う。
「……いた、あそこじゃ」
数分後、ベスは目的の場所を見つけ、一気に高度を下げた。
「落ちる落ちる落ちる!」
「黙らんと儂が落とすぞ……下についたら即戦闘じゃ、心してかかれよ」
ベスの言葉を聞き、僕は何とか平静を保とうと覚悟を決める。
そうだ……僕はこれから、シリーたちを助けるんだ。
彼女たちのパーティーは壊滅寸前らしい……気を引き締めろ。
例え命と引き換えでも。
僕は、シリーたちを助ける。
◇
アンデッドナイトに追い詰められた時、僕はその状況を絶体絶命と評した。
だが。
目の前に広がる光景の方が――よっぽどその四字熟語に相応しい。
「……マジかよ」
不気味な甲冑の音は、アンデッドナイト。
鼓膜を切り裂く雄叫びは、オーガゴブリン。
魔法陣を展開しているのは、ヴァルキリーデーモン。
巨体を震わせているのは、ファントムゴーレム。
目視できる範囲で、四種類のA級モンスター。
数は……数えたくない。相当数いる。
敵の強さ自体はA級だが、三階層目でこの物量は異常だ。
やはり、このダンジョンは幻のS級に匹敵する――!
「ぼーっとするな、たわけ。死ぬぞ」
僕とベスに気づいたモンスターたちが、一斉にこちらへ向かってくる。
剣を引き抜き、臨戦態勢を取るが……僕の魔法が通じるのか?
「【火炎斬り】‼」
考えていても仕方ない。
僕は一番近くに迫っていたオーガゴブリンに向け、炎を放つ……が、渾身の炎はゴブリンの皮膚に火傷すら付けられない。
「――っ」
せめて足止めくらいはできるだろうと思っていたけど……とんだ楽観的思考だ。
僕の力じゃ、こいつらに傷一つ負わせられない。
「【黒の虚空】」
漆黒の魔力がうねり、オーガゴブリンの上半身を消し飛ばした。
「ベスっ!」
「お主の魔法は奴らに通用せん。儂が引き付けている間に、元仲間を探せ」
彼女の両手に魔法陣が現れ、同時に空間が歪む程の魔力が溢れ出す。
「【黒の失楽】」
広範囲に放たれた黒い波動が、モンスターたちの体に纏わりついた。
その黒い魔力は敵を締め上げ、動きを封じる。
A級モンスターを何十体も同時に拘束する魔法……彼女は、本当に何者なんだ。
「急げ。モンスターはまだまだ沸いてくるぞ」
「……わかった!」
ベスに促され、僕は走り出す。
駆けながら周囲に目をやるが、シリーたちは見当たらない……恐らく、白魔術師のメリルが防御魔法を張り、姿を隠しているのだろう。
「シリー! いるのか!」
モンスターに注目されるかもしれないが、背に腹は代えられない……僕は大声で彼女の名前を呼びながら、森を進む。
助けるのに時間がかかれば、それだけ敵の数も増えてしまう。
焦る気持ちを抑えられず、我武者羅に走っていると。
「クロス⁉」
聞き馴染のある声が聞こえた。
後ろを振り向くと、注意して見なければ気づけない微かな空間の歪み。
その歪みがパッと弾け――中から、数人の男女が出てくる。
「どうして、あんたがここに……生きてたの?」
それは、僕が探していた冒険者たち。
勇者パーティー、シリー一行。
「……っ」
だが、その有り様は酷いものだった。
爆撃師アンガス・ルデラは、腹部から大量の血を流し。
黒魔術師レイナ・ショーンは、右腕を無くしている。
そして。
僕の後釜として勇者パーティーの前衛職になったであろう青年は――。
胴体と下半身を、真っ二つにされて。
息絶えていた。
「これ、この人死んで……」
「ええそうよ、死んだわ……それよりメリル、どうして防御魔法を解いたの!」
「も、申し訳ありません、シリー様……もう、魔力が限界で、す……」
目立った外傷のないメリルだったが、敵から身を守るため魔法を使い過ぎたのだろう、魔力切れで意識を失ってしまった。
この場に立っているのは、僕とシリーの二人だけ……彼女も決して万全な状態とは言えず、煌びやかだった白銀の鎧は、血で汚れている。
「……そんな、メリルの防御魔法がなきゃ、あいつらに見つかっちゃう……」
「落ち着けシリー。とにかくみんなをつれて逃げよう」
「うるさい! あんたが私に指図するな!」
すっかり気が動転してしまっている彼女は、僕の体を突き飛ばす。
そして、うわごとのようにブツブツと呟き出した。
「どうして急に……難易度はA級で間違いなかったはず……なのになんで、いきなりA級モンスターの群れが出てくるなんて……有り得ないわ、こんなの……」
「シリー……」
「私の所為じゃない……私の所為じゃない! このダンジョンはA級だった! 五階層目までなら、私たちのパーティーでも下りていけるはずだった! 私の所為じゃない、私の所為じゃない!」
シリーは拳を木に打ち付けながら叫ぶ。
今までに見たことのない、恐怖と怒りでぐちゃぐちゃになった顔で。
「お、落ち着けって……」
「落ち着け? 落ち着けですって? 私以外みんな倒れてるこの状況で?」
「だからこそだろ。お前がしっかりしなきゃ、助かるもんも助からなくなっちまう」
「うるさい! そもそも、どうしてあんたが三階層目まで下りてこられるのよ! B級程度の実力しかないくせに、一体どうやって……このダンジョン、おかしいわ! 普通じゃない!」
おかしいと、ベスもしきりに繰り返していた。
何かが、狂っている?
「十分前、突然アンデッドナイトの群れが沸き出したわ……A級ダンジョンなら、最下層付近でしか有り得ないことよ。そしたら今度は、オーガゴブリンにヴァルキリーデーモンにファントムゴーレム? 一階も二階も普通のA級ダンジョンだったのに、この仕打ちは何?」
怒りを通り越し、絶望に支配され始めたシリーは、力なくその場にうなだれる。
だが僕は、彼女の言葉が引っ掛かっていた。
十分前。
それは丁度、僕とベスが三階層に下りてきたタイミングと一致する。
「なるほどの。謎が解けたわい」
頭上から、ベスの声が届いた。
彼女の真っ黒なローブにはところどころ血がついているが……あれは恐らく、全て返り血だろう。
そう思わせる程、ベスの実力は圧倒的だった。
「ほう、死んでいるのは一人か。思ったよりももった方じゃの、裏切り者たちにしては」
「……誰よ、あんた。子ども? 遂に幻覚でも見えるようになったのかしら」
「幻覚ではない。そこで倒れているお仲間も、死んでおる男も」
ベスは黒い翼を仕舞い、僕とシリーの間に割って入る。
「お主もよく生きておった。運だけは強いようじゃの」
「ああ、お陰様でな……ところでベス、さっき謎が解けたって言ってたけど、あれはどういう意味なんだ?」
「あれか? 何と言うことはない、状況が最悪じゃということが理解できただけじゃ。ついでに、このダンジョンの不可解な魔力の流れについてもな」
言って、ベスは芝居がかったように両手を広げる。
「ここは普通のダンジョンではない。入ってきた冒険者の魔力に応じて、生成されるモンスターの強さと出現数が変わる古の最難関ダンジョン――喰魔のダンジョンじゃ」




