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喰魔のダンジョン



「一刻も早く合流した方がよさそうじゃ……モンスターに見つかる可能性は上がるが、仕方ない」



 言って、ベスは僕の腰にある革のベルトを掴んだ。


 直後――彼女の背中から魔力でできた黒い翼が生え、一瞬で地面を離れて飛翔する。



「――! 危ない危ない危ない危ない!」



「ガタガタ喚くな、男じゃろうが」



「男も女も関係あるか! せめて一声かけてからにしてくれ!」



「飛んだぞ」



「事後報告⁉」



「手元が狂うから動くな、たわけ。落ちても知らんぞ」



 そう言われては黙っているしかない……僕は恐怖を押し殺し、ベスに掴まれるがまま宙を舞う。



「……いた、あそこじゃ」



 数分後、ベスは目的の場所を見つけ、一気に高度を下げた。



「落ちる落ちる落ちる!」



「黙らんと儂が落とすぞ……下についたら即戦闘じゃ、心してかかれよ」



 ベスの言葉を聞き、僕は何とか平静を保とうと覚悟を決める。


 そうだ……僕はこれから、シリーたちを助けるんだ。


 彼女たちのパーティーは壊滅寸前らしい……気を引き締めろ。


 例え命と引き換えでも。


 僕は、シリーたちを助ける。





 アンデッドナイトに追い詰められた時、僕はその状況を絶体絶命と評した。


 だが。


 目の前に広がる光景の方が――よっぽどその四字熟語に相応しい。



「……マジかよ」



 不気味な甲冑の音は、アンデッドナイト。

 鼓膜を切り裂く雄叫びは、オーガゴブリン。

 魔法陣を展開しているのは、ヴァルキリーデーモン。

 巨体を震わせているのは、ファントムゴーレム。


 目視できる範囲で、四種類のA級モンスター。


 数は……数えたくない。相当数いる。


 敵の強さ自体はA級だが、三階層目でこの物量は異常だ。


 やはり、このダンジョンは幻のS級に匹敵する――!



「ぼーっとするな、たわけ。死ぬぞ」



 僕とベスに気づいたモンスターたちが、一斉にこちらへ向かってくる。

 剣を引き抜き、臨戦態勢を取るが……僕の魔法が通じるのか?



「【火炎斬り】‼」



 考えていても仕方ない。


 僕は一番近くに迫っていたオーガゴブリンに向け、炎を放つ……が、渾身の炎はゴブリンの皮膚に火傷すら付けられない。



「――っ」



 せめて足止めくらいはできるだろうと思っていたけど……とんだ楽観的思考だ。

 僕の力じゃ、こいつらに傷一つ負わせられない。



「【黒の虚空(ネロ・ヴォイド)】」



 漆黒の魔力がうねり、オーガゴブリンの上半身を消し飛ばした。



「ベスっ!」



「お主の魔法は奴らに通用せん。儂が引き付けている間に、元仲間を探せ」



 彼女の両手に魔法陣が現れ、同時に空間が歪む程の魔力が溢れ出す。



「【黒の失楽(ネロ・デスティア)】」



 広範囲に放たれた黒い波動が、モンスターたちの体に()()()()()()


 その黒い魔力は敵を締め上げ、動きを封じる。


 A級モンスターを何十体も同時に拘束する魔法……彼女は、本当に何者なんだ。



「急げ。モンスターはまだまだ沸いてくるぞ」



「……わかった!」



 ベスに促され、僕は走り出す。


 駆けながら周囲に目をやるが、シリーたちは見当たらない……恐らく、白魔術師のメリルが防御魔法を張り、姿を隠しているのだろう。



「シリー! いるのか!」



 モンスターに注目されるかもしれないが、背に腹は代えられない……僕は大声で彼女の名前を呼びながら、森を進む。


 助けるのに時間がかかれば、それだけ敵の数も増えてしまう。

 焦る気持ちを抑えられず、我武者羅に走っていると。




「クロス⁉」




 聞き馴染のある声が聞こえた。


 後ろを振り向くと、注意して見なければ気づけない微かな空間の歪み。


 その歪みがパッと弾け――中から、数人の男女が出てくる。



「どうして、あんたがここに……生きてたの?」



 それは、僕が探していた冒険者たち。


 勇者パーティー、シリー一行。



「……っ」



 だが、その有り様は酷いものだった。


 爆撃師アンガス・ルデラは、腹部から大量の血を流し。


 黒魔術師レイナ・ショーンは、右腕を無くしている。


 そして。


 僕の後釜として勇者パーティーの前衛職になったであろう青年は――。


 胴体と下半身を、真っ二つにされて。


 息絶えていた。



「これ、この人死んで……」



「ええそうよ、死んだわ……それよりメリル、どうして防御魔法を解いたの!」



「も、申し訳ありません、シリー様……もう、魔力が限界で、す……」



 目立った外傷のないメリルだったが、敵から身を守るため魔法を使い過ぎたのだろう、魔力切れで意識を失ってしまった。


 この場に立っているのは、僕とシリーの二人だけ……彼女も決して万全な状態とは言えず、煌びやかだった白銀の鎧は、血で汚れている。



「……そんな、メリルの防御魔法がなきゃ、あいつらに見つかっちゃう……」



「落ち着けシリー。とにかくみんなをつれて逃げよう」



「うるさい! あんたが私に指図するな!」



 すっかり気が動転してしまっている彼女は、僕の体を突き飛ばす。


 そして、うわごとのようにブツブツと呟き出した。



「どうして急に……難易度はA級で間違いなかったはず……なのになんで、いきなりA級モンスターの群れが出てくるなんて……有り得ないわ、こんなの……」



「シリー……」



「私の所為じゃない……私の所為じゃない! このダンジョンはA級だった! 五階層目までなら、私たちのパーティーでも下りていけるはずだった! 私の所為じゃない、私の所為じゃない!」



 シリーは拳を木に打ち付けながら叫ぶ。


 今までに見たことのない、恐怖と怒りでぐちゃぐちゃになった顔で。



「お、落ち着けって……」



「落ち着け? 落ち着けですって? 私以外みんな倒れてるこの状況で?」



「だからこそだろ。お前がしっかりしなきゃ、助かるもんも助からなくなっちまう」



「うるさい! そもそも、どうしてあんたが三階層目(ここ)まで下りてこられるのよ! B級程度の実力しかないくせに、一体どうやって……このダンジョン、おかしいわ! 普通じゃない!」



 おかしいと、ベスもしきりに繰り返していた。


 何かが、狂っている?



「十分前、突然アンデッドナイトの群れが沸き出したわ……A級ダンジョンなら、最下層付近でしか有り得ないことよ。そしたら今度は、オーガゴブリンにヴァルキリーデーモンにファントムゴーレム? 一階も二階も普通のA級ダンジョンだったのに、この仕打ちは何?」



 怒りを通り越し、絶望に支配され始めたシリーは、力なくその場にうなだれる。


 だが僕は、彼女の言葉が引っ掛かっていた。


 ()()()


 それは丁度、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「なるほどの。謎が解けたわい」



 頭上から、ベスの声が届いた。


 彼女の真っ黒なローブにはところどころ血がついているが……あれは恐らく、全て返り血だろう。


 そう思わせる程、ベスの実力は圧倒的だった。



「ほう、死んでいるのは一人か。思ったよりももった方じゃの、裏切り者たちにしては」



「……誰よ、あんた。子ども? 遂に幻覚でも見えるようになったのかしら」



「幻覚ではない。そこで倒れているお仲間も、死んでおる男も」



 ベスは黒い翼を仕舞い、僕とシリーの間に割って入る。



「お主もよく生きておった。運だけは強いようじゃの」



「ああ、お陰様でな……ところでベス、さっき謎が解けたって言ってたけど、あれはどういう意味なんだ?」



「あれか? 何と言うことはない、状況が最悪じゃということが理解できただけじゃ。ついでに、このダンジョンの不可解な魔力の流れについてもな」



 言って、ベスは芝居がかったように両手を広げる。



「ここは普通のダンジョンではない。入ってきた冒険者の魔力に応じて、生成されるモンスターの強さと出現数が変わる古の最難関ダンジョン――喰魔(じきま)のダンジョンじゃ」



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