8.王城勤めの勧め
「だから、どうしてそのようなお話になるのですか」
「理由はさっきから説明している」
あれからアークは何度か南町にお忍びで来た。連絡もなく突如来るため、宿泊を伴う遠方への依頼は受けないようになった。ガイナは「いっそのこと遠方へ行って不在の方が、面倒じゃなくていいじゃない」と言ったが、ルウ曰く「来たのにいなかったらかわいそうじゃないですか」の一言でそうなっていた。
ガイナもアークとのやり取りは嫌いではないのか、それ以上は何も言わなかった。
そしてその何回目かの食事の時。
アークから王都へ来ないかと言われたのだ。それも王城仕えとして。
そしてさっきのやり取りに至る。
「おまえもいずれは独り立ちするのだろう?それならいい職業を紹介してやろうと言ったんだ。聞いてたか」
「聞いていました。でも私は冒険者になりたくてなったのです。これからも冒険者としてやっていきたいと思っています」
「だが年を取ると冒険者でやっていくのも大変になる。それなら王城で安定した職業に就くのも1つの手だろう」
「嫌です。私は冒険者として一生を終えるつもりなのです!それが貧しかろうと辛かろうと、それでいいのです」
「男なら出世を夢見るものじゃないのか?」
「冒険者として一生を終える夢を持っています。それじゃだめですか」
2人のやり取りに、珍しくガイナは入らずに黙って見ていた。ルウの将来はルウが決めるべきだ。アークの破格の申し出に、姉としては寂しくもあったが、でも王都で国王に守られて生きるのも1つの手ではないかと思い始めていた。
あれから何度もアークに会っているが、ルウを利用するような輩には見えなかった。心配していた男色の気もなさそうだ。アークはルウのことを友人として見ている。ただ執着具合は人並み以上のようだが。
ガイナは人を見る目に自信もあり、ルウさえ嫌でなければアークに預けるのも悪くはないと思っていた。
冒険者には危険が付きまとう。無事に人生を終えられないことだってある。墓がない者なんてざらだ。それに比べて王城での仕事なら、命の危険や野垂れ死にすることは皆無だろう。また結婚に対して否定的なルウであっても、収入が安定し周囲に綺麗な女子がいたら、そういった幸せに目が行くかもしれない。
ルウには普通に幸せになってほしいと思っていた。
「じゃあ、月の半分王城で働くのは?残りの半分は冒険者を続けたらいい」
「そんなに長く?嫌です」
「長いか?!どれくらいなら王城で働けるんだ」
「だから働きませんと言っています!」
このままでは2人の話し合いは平行線のようだ。渋々ガイナも参戦する。
「全くやりもしないで拒むんじゃなくて、一度行ってみたらいいじゃない、王城。なかなか入れないのよ」
「でもガイナ…」
「どうしてそんなに嫌がるの?あんたにしては珍しいけど」
「王城は私などにはふさわしくないと思います」
「理由はそれだけ?…王城には古の資料だってあるかもよ?」
ガイナのささやきにルウははっと目を見開く。
「昔の資料ならあるぞ。別にこの国の伝統を否定するつもりはなかったから全て残っている。なにか興味があるのか?」
「この子、冬の大地に興味があるのよ。資料を読むために古代語すら習得しちゃったしね」
「ガイナっ」
「…それなら20日間冒険者、10日間王城勤務はどうだ。短期間ずつなら仕事を何にするかまた考えなければならないが、余った時間に王城の図書館には出入り自由にしてやる」
「ですがそのような優遇措置は周囲の反感を招くのではないでしょうか」
「まあ快く思わない者は出てくるだろうな。ただ弟にはもうこの町に抜け出していくのもたいがいにしろと言われた。それくらいなら連れて来いと。俺としては急いでおまえを勧誘しなければならないから、ある程度雇用条件を緩くもするが」
新しい友人に執着する国王。どうやら何度もいさめていたようだったが、先に宰相閣下の方が折れたようだ。
「本が好きなら図書館司書はどうだ。仕事は本の管理以外に研究などもあると思うが。好きなら冬の大地について研究したらいい。あそこは我が国にとってもどう扱っていいものか悩ましいところだからな」
「あんたに打ってつけじゃない。図書館司書は研究のために冬の大地に出かけることはできるの?」
「可能だ。研究内容によっては王城に来ていない図書館司書もいると聞いた。まあ問題になっていたから会議に出てきた話だがな。研究にそこまで専念するなら肩書を研究員にしたらいいと提案したから、今度研究職が新たにできることになっている」
「それいいんじゃない?あんた宿の部屋も本があふれてるくらいなんだから。そっちを中心にしてたまに冒険者をするくらいでいいんじゃないの」
「うう、でも王城に住むのは嫌です…このまま宿に住んでいたいです…」
「じゃあ宿の部屋はそのまま置いておくわよ。たまに掃除もしてあげるから、1回外の世界を見てらっしゃい」
そのままガイナはアークと話を詰めていく。
ルウとしては、竜の導き手を欲している人の息子の近くに行くわけだ。どう考えたって自分の身にいいことは起こりそうにない。
だが養い親であるガイナが心配する気持ちもわかる。よい勤め口があれば息子をそこにと思うのが親心だろう。それにこれ以上ガイナに抵抗するのは無駄だとも思った。
今のところ、周囲に自分が緑の国の住人だったとは気づかれていない。同様に竜の導き手だということにも。
王城で魔法を使うことはほぼないだろう。今までも結界と弓矢しか使っていない。幻術はかけっぱなしでむしろ解かなければ気づかれないだろう。魔法収納は物を出さなければ大丈夫だ。
研究職には惹かれていた。冬の大地について思い切り調べることができる。今のまま夏に冬の大地を歩き回っていても、これ以上の成果が出る気がしなかったからだ。
この国の王城の図書館ならば、冬の大地についての本や資料は多いだろう。それならばやはり一度王城勤めとなり、白竜について調べた方が早そうだ。
いずれ緑の国の住人だと人々に知られるかもしれない。
そうしたら、竜の導き手だと気付かれる前にこの国を出よう。
そう心に決めてから、自分もアークとガイナの話し合いに参加することにした。