6. アークの思惑
「まったくどういうおつもりですか!下々の者に急に話しかけたら相手も困るでしょう?…まあ住人がここまで騒ぐとは思いませんでしたが。誤解を生むような見目のよいものだけに声をかけるからこのようなことになるのです。一体どうされたというのですか」
馬車に乗るなり、この西神聖王国の国王陛下は、弟である宰相閣下に叱りつけられていた。馬車の中は2人だけで、忌憚なく意見を言える状態だ。
「…わからない」
「わからないとは?あの者が気になって声をかけたのでしょう?」
「ああ、気になった。だがどうして気になったのかわからない。見目がどうこうではない。そもそも俺が声をかけた時にあいつは顔を伏せていた」
「…まあそうですが。綺麗な顔立ちの少年だからこそ、町の者たちは勘違いをしたのかもしれませんが」
「俺は男が好きなのだろうか…」
「なっ?!大丈夫ですか、兄上!何を言っているのですか?」
「今まで自分の好みがそうだと思ったことはなかった。女が話しかけてくれた方が楽しかったと思っていた」
「兄上?!あの城の女狐たちは邪魔なので必要ないと強く遠ざけましたが、ですがだからと言っていきなり男性ですか??あの少年ならありうるのかもしれませんが…」
国王であるアークは自分が男色の気があったのかと落ち込んでいる。
どうしてあのルウという少年が気になったのかわからない。ただ今までにない雰囲気がそちらにあり、距離を縮めたいと本能的に思ったのだ。
「近づくと鱗が波立つような気がした」
「鱗が、ですか?あの者は竜の呪いと何か関係があるのでしょうか」
アークの体には竜の鱗が生えていた。竜の呪いである。
神聖王国の初代国王は邪悪な竜を倒した勇者だ。ただ倒す際に子々孫々、竜の呪いを受け継ぐことになってしまった。数代に1人、思春期になると竜化が始まり、そのまま20年弱で竜体と化す。今までに数人その兆候が現れ、1人を除いて竜体となるまでに死んだ。主に自死である。
1人だけ呪いが解けて生き延びた者がいた。かなり昔の話だが、竜の導き手に助けられたという伝承が残っている。
竜を操れるという竜の導き手。
古にはこの大陸に何人もいたという。その時はまだ竜も人の目に触れるところに何頭もいたようだ。だが今では全て伝承の中の存在だった。
しかし緑の国との戦いで竜が現れた。
竜が緑の国を守るなら、かの国に竜の導き手がいるのだろう。そう考えた父王は第3王子を助けるため、竜の導き手の引き渡しをかの国に求めた。しかし5年経った今でも引き渡しは行われていない。かの国の言い分では見つからないとのことだった。
15歳で左腕に鱗が現れ始めた。23歳になる今、鱗の部分は左腕から左の背中にまで及んでいる。服で隠れる部分だから呪いについて隠せてはいるが、あと10年くらいで全てが竜化するのだろう。
もともと国王に就任するつもりはなかった。なったとしても数年で譲位だからだ。それならば初めから弟が国王となった方がいいと主張した。だが弟は譲らなかった。数年で構わないから王になってほしいと。父王もそう望んだ。
そうして自分は国王となり、次期国王である弟は宰相となった。
「それにしても住民があいつに対してやたら過保護だと思わないか?俺はまだ話をしていただけで、連れていく話はしていなかった」
「…確かに違和感を覚えました。普通は無理やりさらうか無体を働こうとした時点で止めに入ってくるものでしょうけれど」
「そんなことはしない。ちゃんと同意を得てから連れていこうかと…」
「やはり連れて帰るおつもりだったのですね!…それはそうとして、あなたが存在を知っただけで住民が嫌がるというのは、あの見目以外にも何かあるのでしょうか」
一度調べてみないといけませんね、とつぶやきながら弟、リクは自分の考えに沈む。
アークも暗くなった窓の外を見ながら物思いにふけっていたが、何かを思いついたように急に笑顔になった。それは口の端を上げただけの、ごくごくわずかな微笑ではあったが。