4.姉という存在
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5年弱の間、神聖王国より遣わされた第3王子がこの国の統治を行っていた。先日、この国を“西神聖王国”と改め、新国王に就任した。
元々この国は神聖王国と仲が悪かった。そのため人心を掴むのに時間をかけたようである。
緑の国に次いで古いこの国は、王族や貴族という特権階級によってだいぶ腐敗が進んでいた。民は重税に苦しめられ、各地で反乱も起きていた。
その反乱の1つに乗じて神聖王国は王都を占領し、特権階級を排した。支配階級には神聖王国より人を遣わし、実質神聖王国の属国とした。
その際に遣わされたのが第3王子とその補佐のための第4王子であった。2人はこの国の伝統を軽んじることなく尊重しながら、神聖王国で上手く機能していた統治方法を導入した。
圧政に苦しんでいた国民はそれに反発しながらも、徐々になじんでいった。
そして国王就任時にはあの大歓声が得られたのだった。
そして今日はこの新国王が、南町の視察に来ている日だった。
この国は国土こそ大きいが、北側の大半が冬の大地に占められていた。人が住んでいるのはおおむね王都と南町、そして神聖王国に面した港町くらいである。あとは小さな村々が点在する程度だ。
ただそれぞれの町の規模は大きく、視察には南町と港町に1週間ずつ割いているようだった。時間をかけて主な施設や商業区域を回っているようで、もちろん冒険者機関にも来ることになっていた。
「ヴィル、おはようございます。今日は陛下が来られるそうですね」
「ええ。相手をするのは機関長なので、僕には直接関係ありませんが。ルウは今日どうしますか?」
「私はこの依頼を受けようかと」
そう言って掲示板に貼ってあった、ここの西にある洞窟に住む、魔物の素材募集という張り紙を渡す。
「もうこの難易度の依頼なら他の人に任せてもいいのでは?」
「好きなのです、この洞窟。まだ肌寒い今は中の方が温かくて。夏は涼しいですし」
「まあ、危なくはないので構いませんが。気を付けてくださいね」
ヴィルはそう言いながら、横にいるガイナに「怪我をさせるな」と念を押す。相変わらず過保護にしてしまうようだった。ガイナも毎度のことなので、右から左に流す。
馬を借り、2人で洞窟へと行き、いつも通りに依頼をこなす。帰り道、のんびりと雑談をしながら帰る。
「いずれあんたも独り立ちしないとだけど、どうする?」
「私はまだこのままガイナと楽しくできたらと思っていますが、ガイナは迷惑ですか?」
「迷惑じゃないけど。でもいずれは親元を巣立って、あんたも結婚したりとか、何かと大人にならなきゃだめでしょ」
「ガイナの結婚が先じゃないですか?もし私が邪魔になったら言ってくださいね」
「えー、最近はあんまりいい男もいないから考えてないけど」
どちらかが結婚してから離れるというよりは、ガイナが離れないと普通のか弱い女子はルウに寄っても来られない、とガイナは考えていた。どうしても弱っちい女子どもを見るとイラっとしてしまうからだ。いい男たちは自分よりその女子どもへと流れていってしまう。自然の摂理だったが、妬ましくも思ってしまうのだった。
「あたしがいい女だからあんたに言い寄る女子がいないでしょ。さっさと独り立ちしないと結婚できないわよ。するつもりないの?」
「うーん、あまり考えたことがないというか…でもそう言われると、私は結婚しないかもしれませんね」
「だめよ!あんた、あたしの好みじゃないけど一般的にはかわいいんだから。結婚してかわいい孫を見せてちょうだい」
「孫って…」
相変わらずガイナの言うことには色々と突っ込みどころが満載だ。だが突っ込んでいたら百倍も返ってきそうなのでルウも突っ込まない。
まあ、結婚しないというより、できないという方が正しいだろう。
なにせルウは元々女である。この国に逃れてきた時に身を守るため、幻術で自分を男にしたのだ。一体どちらの性で結婚すべきなのか、さらにはその事情を理解して自分を受け入れてくれるものがいるのか。悩みは尽きない。
結婚に興味がないルウは、その問題に立ち向かうよりも流してしまうことを選んだ。
「あんた本当に淡白ね。思春期男子はもっとガツガツしてなきゃだめじゃない」
「淡白ですか」
「もっとこう、女子やお金、権力を求めてガツガツよ!」
「ええーっと、それはあまり性に合っていないと思うのですが…」
「そうなのよ。あんた軟弱なのよね。魔法は強いし、魔物を倒す時には容赦がないけど。それが実生活には全然出てこないんだから。まあそんな男でも見た目がこれだけ良ければ一定数女子は寄ってくるから、いずれ気に入った子はできるでしょうに」
欲のないルウに対して、ガイナは不満なようだった。
「まあ、あんたは本当に冬の大地以外には興味がないわよね。今年もまた行くの?」
「ええ、そのつもりです」
冬の大地とは、この国の北の部分だ。ある所から急に雪が積もっており1年中溶けることはない。ここに白竜が眠っていると仲良しの竜から聞いていた。
いくら冬の大地とはいえど夏の間は雪が降らない。その時期を狙って白竜の眠る場所を探しているのだった。
初めの年はさすがに1人で行けなかったため、ガイナと共に行った。もちろんガイナには本当の目的を告げてはいない。1人で野営をしながら探索を行えるよう、下見を行っただけだ。
次の年からは1人で1か月ほど出ていた。自分としてはそれはもう独り立ちだと思っているのだが、ガイナからしたら夏休みの旅行程度の認識であった。冬の大地は気候こそ厳しいが、そのせいもあって魔物が出ない。ある意味、避暑を兼ねた旅行にも見えた。
おおむね冬の大地も全体を回り切っていたが、まだ白竜の眠る場所はわからなかった。雪は降らないものの、積雪は溶けない。地面が見えるわけではないので、だいたいの地形を把握したに過ぎなかった。そもそも雪がなかったとしてもわかるのかどうか。それすらわからない。
初めは自分が竜の導き手だから、魔力にでも反応してわかるのではないかと思っていた。仲の良い竜のダリアはお互いの魔力が引き合って出会ったのだ。近くにいると心地の良い魔力。伝承では“竜の導き手の魔力の香りに惹かれて”などと言われているが、ダリアに言わせると香りなどないようだ。お互い、魔力の波長が合う、そんな感じだ。
だから魔力を感じることができたらと思っていたのだが、この冬の大地全体に白竜の魔力がみなぎっていた。その魔力でこの土地を雪で覆っているのだ。この大地全体の居心地がよいだけで、白竜の存在を探すことにはつながらなかった。
ダリアを呼べば早いのかもしれない。
ただ緑の国との唯一の交通路は、冬の大地につながっている。夏の間は西神聖王国の兵も、冬の大地にある緑の国との国境まで毎年出てきていた。けん制するためだろう。そんな状況で雪原のような隠れる場所のないところに竜を呼ぶわけにはいかなかった。
「好きねえ。あんたには涼しくっていいのかもしれないけど、あたしには寒すぎるわ。あたしは今年、港町の北にある村で過ごそうと思ってるの。そこにいる友達が海で遊ぶのに誘ってくれたのよ」
「男性ですか?」
「もちろんよ!この間飲み屋で会ったんだけどね。すっごくいい男だったのよ~」
頬を染めて話す姿は本当に女性のようだった。早くこの人にも“いい人”ができたらいいのにと、ルウは思う。出会った当初から面倒見のいい保護者だった。過保護でもなく、近すぎず遠からずの距離感も心地いい。おすすめの宿と言って自分の隣に部屋も取ってくれた。そしてそのままそこに居続けている。
自分と関わることで幸せになることができていないのなら申し訳ない。ただ年に1か月、お互いに自由になることで気晴らしができているのなら、もう少しこのまま一緒にいられたらと思うような相手だった。そう、自分にはいなかった“姉”という存在に近しいと、ルウは思っていた。
自分がもう失った家族の代わり。
いずれ自分は“姉”離れができるのだろうか。心配になる時があるが、あまり考えないようにしていた。