2.冒険者となる
今日、2話目の投稿です。よろしくお願いいたします。
「冒険者になりたいのですが」
「えっ…」
ここは南町の冒険者機関。
まだ少年の年頃と言って差し支えのないくらいの受付のお兄さんは、自分よりも一回り小さい少年の申し出に言葉を失った。
確かに格好は冒険者のようだ。ただ立ち居振る舞いは一般市民とは一線を画しているし、いい家の者には付きものの護衛や保護者も見当たらない。
「…保護者の方は?」
「いません」
「未成年の方は一応、保護者の同意が必要なのですが」
「天涯孤独の場合、どうしたらいいのでしょうか」
「天涯孤独なんですか?」
「私は気づいたら川岸に打ち上げられていて、記憶がなかったのです。でも何かで稼がないといけないから冒険者になろうと思いまして」
「…」
さらりと語られる少年の過去が想定外で、さらに受付係は固まる。
天涯孤独という言葉に興味を覚える。受付係も同じ境遇だったからだ。
「…機関長に相談してくるのでお待ちください」
「あたしが保護者になってもいいわよ」
「じゃあ、お願いします」
「はあ?」
受付係は席を立って中に入ろうとしていたが、途中参戦してきた女性に驚き、またその申し出をあっさりと受ける少年にさらに驚く。
女性はこの冒険者機関で1-2位を争うほどの凄腕だ。知らない者はいないほどこの界隈で有名だった。また誘いは山ほどあるものの、1人の行動を好んで徒党を組むことはなかったのでも有名だった。
その彼女が保護者になるという。
「ガイ、なぜ?」
「この子が街に入ってきた時に見かけたの。ちょっと心配だったから目が離せなくて、そのままここまできちゃったのよ」
「そうなのですか?」
「そうよ。街に入ってすぐきょろきょりしていかにも“この街初めてです”って顔しているから、スリや人さらいに狙われまくってたわよ」
「…まだ物は取られてなさそうです」
「ガイがにらみを利かせて追い払っていたのでしょう」
目をまん丸にさせて、「そうだったのですね、ありがとうございます」と微笑む。
銀髪に深緑の瞳。それだけでも目を引く容姿だと言うのに、整った顔立ち。服装や雰囲気からは少年だとわかるが、顔立ちは少女と言ってもいいほどの可愛らしさだ。人さらいに狙われるというのも納得がいく。
照れくさそうに微笑むと、ガイと受付係以外にこのやり取りを見ていた周囲の冒険者たちがどよめいた。
「あんたすごいわね。この場の雰囲気、全部持っていったわ」
「…ガイが言うだけありますね」
本人は「え?」ときょろきょろ辺りを見回すが、2人の言う意味がわからないようだ。
「ではガイが保護者ということでよろしいですか?」
「いいわよ」
「よろしくお願いします」
「あんた名前は?」
「…ルウ?」
「ルウって名前なの?」
「…多分」
「じゃあそれで登録してちょうだい」
「年齢はどうしましょうか」
「登録に必要なの?」
「はい」
「ヴィルより2つ3つ下くらいじゃない?ヴィルいくつよ」
「僕は15歳です」
「じゃあ13歳で」
その調子で冒険者登録が行われた。個人の情報など適当なものである。冒険者の世界は実力社会だからだ。
「…ではこちらが冒険者カードになります。この冒険者機関での最年少冒険者ですよ」
「ありがとうございます」
「冒険者についての詳しい説明などはそちらの棚に説明書きがあります。魔物についての資料などもあるので、討伐に行かれる前にはそこで確認されたらいいかと思います」
結局その後、説明書きがあるといいながらも、ある程度の説明をヴィルがする。幼い少年を放っておけないのだろう。ただヴィルも愛想のない受付係として有名だった。だからこの丁寧な説明を聞いて、周囲の冒険者たちは驚いていた。
「ヴィルさん、丁寧な説明をありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
ルウはぺこりと頭を下げる。
その頭をヴィルはそうっとなぜる。
「…がんばってください」
「はい!」
「ガイ、くれぐれも怪我などさせないようにしてくださいね」
「わかってるわよ。ほら、終わったら装備を買いに行くわよ。宿はあたしと同じでいい?」
「はい。でも手持ちのお金はそれほど多くないようで…」
「貸すわよ。明日からちゃんと働きなさいよ」
「はい!がんばります!」
2人が扉を出ていくまで、周囲の冒険者たちは固唾を飲んでその成り行きを見ていた。
ほとんどの者が「冒険者は無理だろう」と見ていた。あの細腕では剣を振ることはできなさそうだ。鍛えたとしても細剣か短剣だろう。いっそ弓矢ならもう少し役に立つだろうか。
戦力とならなさそうな線の細い少年を拾ったガイと呼ばれた女性、通称ガイナを皆不思議に思った。
ところがその予想は見事に覆された。
パン屋で働くのではなく冒険者を選んだのは、魔法の素質があるからだということがわかった。魔法自身も粗削りだったようだが、魔法の知識のないガイナと共に悪戦苦闘してかなりの技量を身につけた。
この国、西神聖王国では魔法を使える者が少ない。隣の緑の国には魔法使いも大勢いて、妖精や竜なども存在すると言う。ただ隣の国は閉ざされていて、それ以上の情報はなかった。
結界が張れる。これは大きな長所だった。
攻撃系が使えなかった彼にガイナが弓矢を勧めた。すると矢をつがえるのが面倒だという理由から、ルウは魔力で矢を作り出し自在に打てるようになった。
ただ近距離に迫った敵から身を守れるよう、剣を一応教えてはいた。これはあまり成果を見ないようだったが。
5年の間に女性と少年は相当数の依頼をこなし、魔物を討伐した。
この世界では町と町の間には道しかない。郊外に魔物はどこにでもいた。野生動物レベルである。商人や旅人が移動する時には護衛を雇うが、それは主に冒険者の仕事であった。
国や自治体から大量発生した魔物の討伐の依頼が出ることもあった。そういった場合は正規兵と共に傭兵として戦った。
他にも実際に冒険者の名に相応しく、世界各地を巡って依頼主の希望の品を探すこともあった。
この大陸以外のまだ知られぬ地について調べに行く者もいた。その情報が情報屋に高く売れるからである。
記憶はまだ戻らないようだった。
魔法が使えることから緑の国の住人だったのではないかと皆が思っていたが、口にすることはなかった。
緑の国の住人は人さらいにとって格好の餌である。魔法が使えたり妖精が見えたりする能力があり、遠く離れた地に高値で売れるからだ。
ルウを知る者は、少年が過酷な状況で生き延びるために戦っていることを知っていた。そして人のいい少年を陥れるようなことを考える者はいなかった。もちろんガイナのにらみも利いているようだった。
数年前、この西神聖王国、当時は別の王国であったこの国の、東にある神聖王国がこの国に攻めてきた。この国は陥落し王族が滅ぼされ、神聖王国より派遣された第3王子が統治を行うことになった。その時の神聖王国軍はそのままさらに西にある緑の国をも攻め立てた。
その時の難民ではないかというのが皆の憶測である。
ガイナもその推論をルウに伝え、緑の国へ帰りたいなら送ると伝えた。
閉ざされた国である緑の国へと行くのは至難の業である。自然の要塞に守られているからと、唯一の通路となりうる地域は先の争いのために緑の国が警備を固めていた。なおかつこちらの国はその地域が年中雪の解けない冬の大地であるからでもあった。
それでもルウが行きたければなんとかしようとガイナは思っていた。だがルウは望まず、そのままこの国に残って冒険者をしている。
これが、ルウが冒険者になった時のあらましである。