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003:ウルトラマンでも釣りが来る


 下手に動けば呑まれてしまう。

 くらやとの願ってもない二度目の邂逅を果たしてしまった私は、本能的にそう予感した。


 とは言っても。

 すっかり腰を抜かしてしまい、自力では一歩も動けなくなった私には杞憂なのかもしれないが。


「正しい対処法だよ、菜々(なな)ちゃん。素人の君が勝手な行動は取らない方がいい」


 深夜の田舎道。

 そこで私と芳楼(ほうろう)さんは(おぞ)ましい蛇の見た目をしたモノノ()──くらや巳と対峙していた。


 奴の体表を覆い尽くす鱗はこの世のどんな黒より黒く、夜の暗さに溶け込んでいる。

 そのせいで尾がどこまで続いているのかすらわからない。


「だからってそんなに怖がらなくてもいいけどね。大丈夫、この僕がいるんだから」

「そ、そそ、そんなこと言われてもっ」


 こんな状況に遭遇したら、どれだけ肝っ玉が座っている人でも取り乱すに決まってる。

 けれども芳楼さんは依然として冷静さを保っており、見方によっては未だに飄々としているようにも見えた。


 もしかすると動揺している私の方がおかしいのだろうか。

 そんなことさえ思ってしまうが断じて違う──異常なのはやはり芳楼さんの方だ。


「蛇の道は蛇と言うだろ? ここは僕に任せて、菜々ちゃんはそこで蛙の真似をしていたらいいさ」

「……私が蛇に睨まれた蛙だという皮肉ですか」

「井の中の蛙という意味で捉えてもらっても構わないよ。君はまだ、モノノ怪の世界を知らないのだから」


 芳楼さんはこの緊迫した状況でも減らず口を叩けるのだから余裕綽々らしい。

 私は自分を保つので精一杯だと言うのに。


「だとしても無茶です! 逃げましょうよ!」

「まあ見てろって。カッコイイとこ見せてやるから。……そして菜々ちゃんには『ありがとうお父さん』と言ってもらうんだ」

「あなたの娘になった覚えもありませんよ!? 私は言いませんからね!?」


 そんなアホなことを口走る芳楼さんの体は、お世辞にも強そうには見えない。

 どちらかと言うと痩せ型の部類だし、服装だって灰色のパーカーにジーンズを組み合わせただけのイオンにでもいそうな組み合わせだ。何か武器を隠し持っているようにも見えない。


 対抗する術はあるのだろうか。

 けれどもなぜか、あの人ならどうにかなるんじゃないかと思ってしまう私がいる。


「…………」


 芳楼仗助。

 彼はやはり只者ではない、と改めて感じた。

 

「でもなんで空から降ってきたんですか、おかしいですよ!」

「何度も言うがこいつは蛇じゃない。くらや巳というモノノ怪だ。モノノ怪なんだから空から降ってきたって何もおかしくないだろ? 人間の常識だけで測ろうとするなよ」

「そんなこと言われても……」

「まあ、くらや巳が空から現れたのにも理由はある。でもそれを僕が説明したところで、モノノ怪の知識を持たない菜々ちゃんは理解できないだろうよ」


 言いながら芳楼さんは歩き出し、くらや巳との距離を詰め始めた。

 その足取りはゆっくりだが、じりじりと着実に距離を縮めている。

 私を獲物として狙っていたくらや巳は、果たして青白く光った双眸を彼に向け変えた。


 奴の射程圏内に入ったのだ。

 くらや巳はその巨大な体躯はもとより、口を開けば幾千本もの鋭く尖った牙が覗かせている。


 戦力差は火を見るよりも明らかだ。

 芳楼さんには悪いけど、こちらに勝機があるようには思えない。

 とてもじゃないが、やっぱり勝てる未来がイメージできない──地面にへたりこむ私がそう思った瞬間のことだ。


 芳楼さんは爆発的な跳躍力で跳んだ。

 まるで空を飛ぶように。

 

 そのままくらや巳の背中に飛び乗った彼は、両腕をずぶりと突き刺す。

 血は出ない。代わりに、黒いガスのようがものが傷口から吹き出した。


「恨むなよ、くらや巳。相手が悪かっただけだ。今夜のことを教訓にして、次からは獲物を選ぶことを覚えた方がいい」


 くらや巳の背中を紙のように容易(たやす)く引き裂いた芳楼さん。

 スケール的には象とアリが戦っているように見えるが、そのアリが押している。


 モノノ怪と言っても痛覚はあるようだ。

 関東うなぎのように背中を開かれてしまったくらや巳は、地を這うような不気味な(うめ)き声を発しながらのたうちまわる。


「おいおい、そんなに暴れるなよ。危ないじゃないか」


 芳楼さんは勢いで振り落とされてしまったが、綺麗に受け身をとって着地した。

 道沿いの木々をなぎ倒しながら暴れ狂うくらや巳の猛攻を紙一重でさばいていき、あっという間にその懐に忍び込む。


 その動きに無駄はない。

 かすり傷の一つすら負うことはなく、まるで羚羊(かもしか)がステップを刻んでいるよう。


 芳楼さんの戦法はヒットアンドアウェイを徹底していた。

 くらや巳に拳や蹴りの攻撃を入れると距離をとって反撃を躱し、体勢を立て直したらすぐさま近づいて次の一撃を浴びせにいく。


 そこから繰り出される芳楼さんの殴打は、静かな夜に轟音を響かせるほど重かった。彼からの攻撃を喰らうたび、くらや巳の鱗は剥がれ落ちて体表は波を打つ。 


「これで終わり、かな」


 そう言って放った芳楼さんの拳が直撃したとき、くらや巳はズシンと大きな音を立てて地面に崩れ落ちた。


 戦いが始まって3分も経ってない。

 ウルトラマンでもお釣りが来るし、カップ麺ならまだ麺がやや固いレベル──そんな一瞬のことで事態の展開が飲み込めなかった私には、どうやら訳がわらない内に決着がついたらしい。


 先ほどまでの威勢はどこへやら。

 道路を塞ぐように倒れ込んだくらや巳はところどころ変形してしまっており、そのむごたらしい姿に同情すらしそうになる。


 戦いはそれほど一方的であり、結果は芳楼さんの圧勝だった。


「……ありがとうお父さん(芳楼さん)!」


 私の口から。

 ついそんな言葉が溢れた。

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