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002:くらや巳


「その様子だと、少しは落ち着いたってことかい?」


 蛇に襲われていたところを助けてもらい、そのまま原付に乗せられてしばらく。

 自分だけキャップ型のヘルメットをかぶった芳楼(ほうろう)さんがエンジンを回しながら聞いてきた。

 

「……ま、まあなんとか」


 蛇との恐怖を克服したわけじゃない。

 私の呼吸は未だ荒かったし、身体の震えだって完全には収まってはいないんだ。

 けれども芳楼さんのおかげで急死に一生を得たのは事実であり、今もこうして生きている。


 その現状に喜ぶべきなのかもしれない。

 本当に良かった。


「あの、芳楼さん。おかげで助かりました、ありがとうございます。……このお礼は必ずさせていただきますので」

「そんなに畏まらなくてもいいよ。見た感じお嬢ちゃんは大学生とかだろ? 僕もちょっと前までは学生だったし、もっとフレンドリーに接して欲しいな。タメ語でいいよ」

「は、はあ……」


 顔から察するに芳楼さんの年齢は20代半ばってところ。

 確かに大学一年生の私と歳の差がそこまであるわけでもないだろう。

 だとしても目上であるのには変わりなく、しかも命の恩人でもある芳楼さんにタメ語を聞くなんてとんでもない。


 会話は敬語で続けることにした。


「僕のことは気さくにお兄ちゃんって呼んでくれ」

「それは無理ですよ!?」


 ……あれぇ?

 颯爽と助けてくれた芳楼さんはあんなにカッコ良く見えたのに、急にただの変態に見えてきたぞ。


「ところでお嬢ちゃんの名前はなんて言うんだい? 妹の名前は知っておかないと」

「私はあなたの妹になった覚えはありませんが! ……まあ、この際それは置いときます──私は上野菜々葉と言います。菜の花の()に葉っぱの()です」


 瞬間、原付のミラー越しに映った芳楼さんの顔が動揺したように見えた。

 すぐさま平静さを取り戻す彼だったが、今までの飄々とした雰囲気とのギャップも相まり引っ掛かる。


 どうしたんだろう。

 私の名前なんて珍しくも何ともないと思うけど。


「どうかしました?」

「……いや、何でもないよ。それよりも名前だと草食系のイメージがすごいね、見た目は肉食系なのにさ」


 どこがだよ。

 今日まで純潔を守り続けて穢れを知らない私は、そんな過激な格好をしているつもりはない。服装だって動きやすいダル着のスウェットに短パンだ。


 そりゃあ足の露出はあるかもしれないけども、別に色っぽくもないだろうに。


 つーか、着眼点のクセがすごい。

 名前の字面が草食系とか生まれて初めて言われた。


「じゃあ、菜々ちゃんって呼ばせてもらおうかな」

「別に……、それは構いませんが」


 この人ぐいぐい来るなぁ。

 正直なところ、出会って間もない男性に下の名前で呼ばれるのは抵抗があった私だったけれど、この状況でそれを言い出すほど社交性がないわけでもない。


 芳楼さんは命の恩人なんだ。

 これくらい我慢しよう。


「……ところでさっきの蛇は何だったんですか? 口ぶりからして知ってるようですが」

「あれはモノノ怪だよ、くらや()という名前のね」

「だからモノノ怪って何です? 私にもわかるように説明してもらわないとさっぱりですよ。知っているなら教えてください!」

「まあまあ、そんなに慌てるなよ。一度にいくつも質問されたって僕には口がひとつしかないんだから」


 駄々をこねる子供をなだめるように言われてしまった。

 ちょっと我に返る。

 けれども情けないことに、浅学非才な私は芳楼さんを頼ることしかできないんだ。


 あの化物について知っているのなら教えてほしい。

 心の底からそう思った。


「──モノノ怪はモノノ怪だよ」


 私の胸中を汲み取ったのか。

 芳楼さんは運転しながらゆっくりと口を開いた。


「菜々ちゃんにも馴染み深い言葉で説明するなら妖怪や怪異、あやかしの類と言えば良いかな?」

「ふざけないでください! オカルトの話をしたいんじゃないんです、私は!」

「ふざけてないよ、僕は真剣さ。嘘じゃない、本当だよ」

「……今がどんな時代かわかってますか? そんな非科学的なこと信じられませんよ」

「菜々ちゃんも強情だねえ。それなら聞くが、この世の全ての事象が科学で証明できると君は本気で思っているのかい?」

「そ、それは……」


 言葉に詰まった。

 そんなのいち大学生である私にわかるわけがない。


「幸か不幸か、この世には科学でも解明のできないことで溢れている。ロマンがあって嬉しいは嬉しいのだけど、それを手放しに喜んではいられない。超常的な存在であるモノノ怪が悪さをして、僕ら人間を困らせることもあるからね」

「……ということは、その、モノノ怪はさっきの奴以外にもいるってことですか?」

「そうだよ。モノノ怪は何処にでもいて何処にもいない。気づいてないだけで彼らは僕らの回りにも潜んでいるのさ」

 

 あんなのが他にもいるだと?


 ……想像するだけでも恐ろしい。

 こちとら一生もののトラウマをすでに負わされているんだ。今後、もし他のモノノ怪と出会うことがあったら失禁してまうかもしれないくらいに。


 夢なら早いうちに覚めてくれ。

 この歳になっておねしょはしたくないんだよ。


「だからって恐がることはない。そのために僕みたいな仕事をしている人間がいるんだから」

「芳楼さんが? ……何の仕事ですか?」

導師(どうし)だよ」


 ドウシ?

 聞きなれない職業に私は首をかしげた。


「モノノ怪に魅入られた人を正しく導くのが僕の仕事だ。今だって仕事中だよ。くらや巳に魅入られてしまった菜々ちゃんを導かないといけないからね」

「私を導く?」


 芳楼さんはどこへ行くつもりなんだろう。

 もう結構な距離を原付で走っていることだし、そろそろ適当なところで一旦停まっても良いのではないかと思うけれど。


「勘違いをしているようだから言っておくが、モノノ怪を菜々ちゃんの物差しで測らないほうがいい。奴らは超常的な存在なんだ。僕でさえ面食らうことはある。……くらや巳と物理的な距離ができたからといって、君の安全の保証はどこにもないんだぜ」


 芳楼さんは言う。

 当初のちゃらけた様子はどこかへ消え、どっしりとした真剣な声音で。


「菜々ちゃんはモノノ怪に魅入られたんだ。生兵法は怪我のもと、中途半端が一番よくない。しっかりと始末をつけなくちゃ」

「ど、どうするんですか?」

「言っただろ、僕は導師だぜ? 君たちを導くだけだよ」

「…………導く」


 と、私がその言葉を反芻したそのときだ。

 くらや巳は再び私たちの前に現れた──いや、()()()()()()()()


 その巨大な体躯は着地と同時にアクション映画のワンシーンのように土煙を上げると、鋭い眼光が狙った獲物は逃すまいと私を射抜く。


 恐怖で言葉を失った。

 そんな私を尻目に芳楼さんは、


「ここでやるしかないようだ」


 そう呟きながら原付を急停止させる。

 かなりの急ブレーキだったので振り落とされてしまった私は足を擦りむいてしまったが、今はそんな些細なことどうだっていい。


 鬼と出るか蛇と出るか。

 今ばかりは鬼が出てきてくれた方が救われると思った──

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