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001:ずっと夜ならいいのに


 ずっと夜ならいいのに。

 いつの間にか日課になってしまった深夜徘徊もとい散歩をしていると、そんなことをふと思う私──上野(うえの)菜々葉(ななは)がいた。


 もしかすると前世は吸血鬼だったんじゃないだろうか。

 そのようなことを危惧してしまうくらい夜をこよなく愛する私は、その反面、大好きな夜に終わりを告げてやって来る太陽がたまらなく嫌いだ。あの燦々(さんさん)とした眩しい陽光に当てられると、息苦しくさえなってしまう。


 太陽と地球はおよそ1億5000万キロメートル離れているらしい。

 そんな果てしなく遠方からでも自分の存在をこれでもかと主張してくるもんだから、鬱陶しいったらない。少しは自重してはいかがだろう。


 ……たぶん、そんな活気の象徴とも言える太陽が自分とは対照的に思え。

 物理的にも精神的にも私には眩しすぎるのだ。


 だから夜が好き。

 静かだし、落ち着くから。


「なるほどね。だからお嬢ちゃんはくらや()に魅入られたんだ」


 今しがた、自身を芳楼(ほうろう)仗助(じょうすけ)と名乗った男は言った。

 女子大生の私がノーヘルで原付の後ろに乗っているにも関わらず、そのエンジンを全力全開フルスロットルで回しながら。


「奴らモノノ()は人のそういった薄暗い心の闇が大好きだからね。その全員が全員、僕らにとって害をなすわけじゃないけれど」

「ひとりで勝手に納得されているところ申し訳ないんですが! 私にもわかるように説明してくれませんか──今の状況について!」

「まあ落ち着きなよ、あんまり口を大きく開けると舌噛むぜ」


 …………。


 舗装が充分に行き届いていない砂利道を走っているせいで、私と芳楼さんの二人を乗せた原付はちょっとした段差で弾み、そのまま転倒しそうになる。走行速度はゆうに50キロを超えているし、落ちたら大怪我につながるのは容易に想像できた。


 私が()()()()に襲われていたところをたまたま通りがかった芳楼さんに助けてもらったのに、ここで怪我をしたら元も子もない。


 思った私は言われた通りに口を閉じ、芳楼さんにしっかりしがみついた。


「お、悪くない感触だ。お嬢ちゃん、さては着痩せするタイプだね。何カップ?」

「こんな状況で変なこと言わないでください! ……ちょっと静かにしてもらえますか? 自分の中で色々と整理したいので」


 セクハラ甚だしい発言をかます芳楼さんとの密着度を少し下げ、深呼吸する。

 ……落ち着け落ち着け。

 いったい私の身に何が起こったのか、最初から順を追って思い出すんだ。


 ことの発端は今から30分くらい前のこと。

 私はいつものように日課である夜の散歩をしていた。今夜は普段よりも月が綺麗だったので、今日はちょっと遠くまで行ってみようと思いながら。


 時刻は午前の2時を回っており、灯りは明滅した古びた街灯くらいで人通りはまったくない。

 仮にお天道様が幅を利かす正午だったとしても、こんな片田舎の砂利道を好きこのんで歩く人はそういないと思うが。


 そんなひとりの時間を満喫していたときことだ。

 私はバスよりも電車よりも大きな蛇に出会ってしまった──いや、出会ったと言うよりも睨まれたと言ったほうが適切かもしれない。


 大蛇。

 見えてる部分だけでも数メートルは超えている。

 

 道の脇に鬱蒼と生い茂った雑木林から巨大な顔を覗かせる蛇は、この世のどんな黒より黒かった。

 吸い込まれてしまいそうなほど深みのある漆黒の鱗に、もはや美しさすら感じてしまう。


 息を呑んだ。

 呼吸が止まった。


「……嘘でしょ?」


 信じられない光景を前にそんな言葉がこぼれでる。

 あたりが薄暗いせいもあり、蛇のはっきりとした輪郭は見えない。ただ、青白く不気味に光る双眸だけが私を睨みつけた。


 蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだ。

 恐怖で体は固まってしまい、背筋が凍った。足は地面に縫い付けられてしまったのかというくらい動かない。


 次の瞬間、蛇は人ひとりを丸呑みするのなんて訳ないほどの大きな口を開け、その場に立ちすくむしかできない私に襲いかかった。


 まだ二十歳にもなってないのに。

 私の人生はこんなところで終わってしまうのか。


 そんな諦めるしかなかった私を救ってくれたのは、見るからに年季の入った原付に乗って颯爽と現れた芳楼さん、彼だったのだ。


「くっくっく。やってんねぇ」


 笑いながらそう言った芳楼さんはひょいと私の腕を掴むと、そのまま原付の後ろの僅かな隙間へと乱暴に引きずりこみ、その場から走り出した──そして今に至る。


 依然として原付は私たちを乗せて走っている。

 ひとけのない夜の道を真っ直ぐと。


 後ろを見ても蛇の姿はない。

 どうやら私たちを追いかけるのを早々に辞めたらしく、奴はなんとか撒けたようだ。


 芳楼さんは途中、ひとまず落ち着ける場所まで行くと言っていた。

 ときおり振り落とされそうになるが、その度に彼の服をつかみ直す。


 さっきの過ちを犯さぬよう、距離感には気をつけた。


「うーん、さっきの感触からしてDカップくらい?」

「まだその話続いてたんですか!?」


 惜しいけどよ!

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