第六話。初、魔法の目撃。そして、予想もしなかった展開に。 パート2。
「ここだな」
中神、目当ての場所を見つけたみたいだ。
地下世界(仮)への入り口とやらのありかを。
「カクジさん、足運びに迷いがありませんでしたね」
「濃い魔力の気配に向かっていただけだがな」
「ちょっと声が疲れてんのは、意識を集中し続けてたせいか?」
「そうだ。そちらの女はまるで疲れておらんようだがな」
「お前さ。ちったあ言葉の棘、抜いたらどうだ?」
「いかんともできん実力差がどうにかなれば、それもできよう」
「つまり、今は無理……ってことか?」
そういうことだ、とちょっと不機嫌そうな中神。
疲労のせいなのか、それともはっきり俺が言ったせいなのか。
「しかし。なんの変哲もない喫茶店のようだが。
ここにいったい、なにがあると言うのだ」
連れて来たのお前だろ、と言いたいところだけど、その言葉は飲み込んでおく。
こいつはどうやら、この店があることを知ってて
ここに来たわけじゃなさそうだからな。
「喫茶ツチワラベ。ツチワラベって、なんだ?
なんか妖怪っぽい響きだけど」
表札みたいにドアにはまってるプレートを読んで、
そのまま疑問を発した俺。
「聞いてみるのが手っ取り早かろう」
「ったって、俺財布持ってねえぞ?」
「中の状況を確かめるのと同時に、ツチワラベについて聞くだけだ。
長居するつもりはない」
「おいおい……冷やかしって、気が咎めないのかよ?」
「客として入店するわけではないのだ、気にすることもあるまい。行くぞ」
「あ、おいっ」
俺の制止をまるで聞くことなく、中神は喫茶ツチワラベのドアを開けてしまった。
涼しげにカランカランと鳴るドアは、なんとも喫茶店って感じがして
嫌いじゃないけど。エアコンの空気も涼しさを運んで来てる。
「ったくなぁ、しかたねえ。いこうぜメリーさん。
って、こっちも既にいねえ!
ったく、異世界人って奴はどいつもこいつもっ!」
二人の勢いのよさに呆れつつ、俺もツチワラベに入店した。
「いらっしゃい。へぇ、中学生ぐらいかな? 珍しいな。
中学生がここに来るなんて」
マスターと思わしき、人の好さそうな男の人が一人、
俺達をそう出迎えてくれた。
ぐるっと見て見ると、後は二人ぐらいウェイトレスさんがいるくらい。
店自体もファミレスみたいに広くなく、
この手の店に入った経験が殆どない俺でも、個人店だってわかった。
「マスター。尋ねたくて入らせてもらったんだが、いいか?」
飯を食うつもりがないことを告げてるのはいさぎいいけど、
開口一番ってのはどうなんだよ?
「かまわないよ。そっちの君も、そうばつが悪そうな顔しなくてもいいよ」
「すいません……」
中神の代わりに、一つ会釈をしておく。
「それで? 聞きたいことってなんだい?」
「店の名前だ。ツチワラベとは、いったいなんだ? それと」
中神は突然テーブルを指差して、
「その人形のようなのについても教えてもらいたい」
そうでかい態度を微塵も崩さず言った。
「なんだ、それ?」
中神の指につられてテーブルを見た。すると、そこには。
「お人形さんですね、かわいいなぁ」
メリーさんはそう言うが、俺にはそう思えない。
ーーなぜなら。
「メリーさん、よく見ろよ。こいつ……生きてるぞ」
二つある人形の片方。
金髪ロングのおそらく少女は、それはもう嬉しそうに、
一心不乱に食事しているのだ。これが人形でなどあるはずがない。
兜を付けてない、ファンタジックな鎧騎士を思わせるかっこうとの
ギャップがすごい。
よく聞けば小さく、皿にフォークをぶつけてるような音が聞こえる。
それ以外にも、カチャカチャってなんだかよくわからない音がする。
これが鎧騎士少女が出してる音なのは、その動作からすぐにわかったけど、
どういう理由で出てる音なのかまでは、俺にはわからない。
「えっ?」
メリーさん、言われて驚き、そのたぶん一 二秒ぐらい後に、
「ほんとです。もぐもぐ言ってますっ」
とびっくり声を上げた。
注目したのはメリーさんが先だけど、気付かないもんなんだろうか?
「貴様ら。なにを見ている」
人形のもう一方。
赤茶の髪で、濃い灰色のジャケットを着て、白いシャツに赤いタイをした、
ジャケットと同じ色の長ズボンの、やっぱりたぶんだけど、
顔の感じからして少女。
その人形と言うか小人でいいだろう、赤茶の髪の少女は、
声の通り不機嫌丸出しで、こちらを睨み上げて来た。
「そんな、どっちも喋るなんて……!」
メリーさん、更なるびっくりだ。
「感じ悪そうな奴だな」
第一印象を、そのまま声に出していた。
「この子たちがツチワラベだよ」
「なんだと?」
「この店は、ぼくの祖父が昔ツチワラベと出会って、
地下にいる彼等も、地上に出て来られる場所にしたいって、
そう思ってツチワラベのためにも作った店なんだ」
「そうなんですか。それで店名がツチワラベか」
俺の納得声に、マスターは
「そうなんだろうね。じいさん、名前は分かりやすい方がいいって、
この名前にしたらしいんだ」
と苦笑した。
「そうなのか」
「それでマスター。こいつらは、いったいなにものなのだ?」
「さあ。なにものなのかはわからないけど、昔はけっこうしょっちゅう
地上に出てきてたらしいよ。今はいろいろ大変らしい、
今ご飯食べてる子の話によればね」
「なるほど、見たことないのは当然かもな。
って言うか。食事する時は鎧脱げよ」
思わず苦笑い。そしたら食事してない方に、ピンポイントで睨まれた。
「なんだよ? 常識だろ、上着脱いで飯食うの。それに、鎧着たまんまって
食べづらいんじゃないのか?」
「余計なお世話だ。それに、外界ではなにがあるかわからん。
身を守るのはいついかなる状況でもかわりはしない」
「そういうもんかねぇ」
その辺ファンタジックな感性はわからないので、
こう言う意外他にはない。
「ツチワラベども、一ついいか?」
「なんだ。巨大な魔力を。我等と同じ魔力を持つ巨人」
「やはり。貴様らがマギアヘイムの魔力を持っているんだな。
でなければ、地下よりこちらの方が感覚が強いはずがない」
あぁもぉ、口調がいちいち険悪だなぁ!
「見せてもらいたいのだ。貴様らのいる、地下の世界を」
真っ直ぐ、赤茶の髪の方の、たぶん目を見て言った中神。
「いいだろう。だが、一つ条件がある」
あっさり了承されて、俺は正直拍子抜けしている。
「なんだ」
「荒らすな。私はお嬢様と違って、貴様ら巨人を
よい者だとは思っていない側の人間だ。荒らさず漁らず。
これを遵守するのであれば、我等の領域に来ることを許す」
「なんか……中神がもう一人いるみたいだ」
思わず頭を抱えた。
「よかろう。貴様のような掌サイズの小人に、指図されるのは癪だがな」
「お前ら、もうちょっと穏便な話し方はできねえのか……」
「できん」
「俺はこの喋り方以外、最早できなくなった」
「ああ、そうですか」
やれやれの溜息である。
「ぷはーっ」
顔をガバっと上げた鎧騎士から声がした。その拍子に、髪が左右に揺れた。
鎧の肩より下までありそうな感じの髪は、やっぱりロングヘアだな。
「いつ食べてもここのお食事はおいしいなぁ」
満点な満面の笑顔で発された声は、
鎧騎士って言うかっこうから来るイメージとは逆の、
なんともかわいらしい声だった。
先に喋ってたのが血のような赤い瞳なら、こっちはその濃淡が逆で、
澄んだピンクの瞳をしている。
「それで、わたしたちの世界を見に来たい巨人様は、
お店に入って来た三人全員ですか?」
なんだか嬉しそうだ、鎧騎士の少女。
タイタニーじゃなく、巨人様で呼び方も違うし。
「き……きょじん、さま?」
間抜けな上ずり声になっちまった。
あまりにもフレンドリーに話しかけて来たので、また俺は拍子抜けしてしまったのである。
「わかっただろう巨人ども。お嬢様が、貴様らをよしとしていることが」
納得行かない顔で、たしか執事服って言うんだっけ?
それを着た少女は言う。
「たしかに。少なくとも、貴様よりはよっぽど好意的な対応だ」
「貴様にだけは言われたくない」
「てめえら、いい加減にしろ。特にちっこい方。
最初っから喧嘩越しで来られちゃ、こっちだって頭来るだろが」
「そうよフェイティ。さっきから聞いてれば、
ずーっと警戒心と敵愾心向き出して。それじゃあ巨人様も怒るわよ」
たしなめるように鎧騎士少女が言った。
身内に対して口調が砕けるのか。よくあるよな、そういう設定のお嬢様キャラ。
まあこいつらは別に、なにかのキャラクターってわけじゃねえけど。
「ぐ……申し訳ございません、お嬢様」
しぶしぶと、鎧騎士の方に謝ってるな。
鎧騎士少女に見えない角度で、左拳握り込んでるよ……どんだけいやなんだ、
人間のこと。
「違う違う、謝るならこっち」
こっちって言いながら、俺達の方を指差した鎧騎士少女。
口調は相変わらずで、しかたないなぁって言う、お姉さん的な雰囲気がある。
「ぐ、くぅ……お嬢様を危険に遭わせるかもしれん巨人になど、
なぜ謝らねば……!」
顔顰めてるな、フェイティとやら。すごい顔だぞ、おい。
「いやな思いさせてるんだから、謝るのはマナーでしょフェイティ」
口調は引き続きな鎧騎士少女。
「くっ……すまなかったな、巨人」
しぶしぶが抜けてないな、無理もねえだろうけど。
「まあ、こいつは口調がこんな感じで固定だから、怒ってるかどうかわかりづらいけどな」
こいつと言いつつ、俺は中神を指差した。
フェイティが険悪パワー全開なことについては、触れないでおく。
話の流れが、めんどうなことになるだろうからな。
「それで騎士さん。三人全員か、って聞いて来るってことは、
わたしたちも行っていいってことですか?」
メリーさん、ナイス進行。
「勿論です、なんならわたしがご案内しますよ」
お嬢様の方は、完全に歓迎ムードだ。
「それじゃあ、わたしも オカハヤさまもいっしょに行かせてもらいますね」
ついでで俺が行くことを伝えてしまったメリーさんである。容量がいいな。
「どうぞどうぞ」
「本当にお嬢様は……」
頭でも抱えそうな苦い顔を、お嬢様に見えない角度でしているフェイティ。
「大変だな、お付きの人って」
「気遣いは無用だ」
「ツンケンしてんなぁ」
苦笑いしか出てこない。
似た口調だけど、中神の方が何百倍も人間できてるぞ。
やれやれだ。