第五話。現れた少女と急展開。 パート2。
「メリーさんとやらは貴様だな」
五分ぐらい歩いたところで、中神は確信を持って声を書けている。
俺の視線の先には、特にキョロキョロするようなところのないこの公園で、
しきりに辺りを見回している、明らかに挙動不審な女子の姿がある。
首からでっかい、見るからにツルツルした黒い球体。
その中に、目みたいに二つ勾玉型の白い物が縦向きに入った、
ちょっと不気味なアクセサリーをぶらさげている。
この二つの勾玉型の白い部分に、まるで見つめられてるようで……
正直怖い。
中神に声を賭けられた女子は、気味が悪いぐらいにピタっと止まると
こっちに視線を向けて来た。
頭のてっぺんに緑色のカチューシャをつけた、
日の光を反射している青い髪は長く、正面からだと
どこまで伸びてるのかわからない。
なんだか不安そうに見える瞳は黒い。
無地の薄茶ジャケットを着てて、黒いジーパンっぽいのをはいている。
更にピンクのリュックと思われる物をしょってるらしい。
遠足か旅行か はたまた登山にでも来たのか、そんな出で立ち。
「あなたは……なにものですか」
身構えたような、硬い調子で発されたこの声。
「この声。間違いないぜ中神」
思わず言っていた。
「でなければ声などかけん。こいつからは、
貴様に紐付けられていた魔力と同じ気配を感じる。間違うものか」
「そういう納得の仕方なのはお前らしいな」
言葉といっしょに苦笑いが出た。
「魔力を理解している。あなたが『異世界の人』、ですか」
「なに? と言うことは。おい、異界に魅入られし者」
こっちに顔だけ向けた中神は、
「貴様、俺の存在を明かしたのか」
一瞬厳しい表情になった。
が直後、
「まあよかろう。今回だけは不問に付そう。
おかげでこの女がメリーさんであると言うことが、
俺の魔力探知以外でも簡単に証明されたからな」
と許してくれた。
「いい……のか?」
「ああ。だが、他の者……いや、この世界の者に明かすことは許さん」
「ああ。それについては武内たちへの対応で了解してる」
「ならいい」
「どうやら、危険な存在ではなさそうですね。
強大な魔力をその身に宿しているようですが」
メリーさんは、中神の言動から無害と判断したらしく、
体から力を抜いた。判断基準が魔力なところで、
ああ この人は本当に魔力を基準とする世界の人なんだな、と確信した。
けど、なんで中神は舌打ちしたんだ今?
「魔力を共とする異世界の者にまで、そう言われるとはな」
不快を微塵も隠さず、中神はそう吐き捨てた。
最早メリーさんと確定している少女は、そんな中神を見て不思議そうに
目をパチパチと、まばたかせている。
「……忘れろ。たわごとだ」
自嘲って言うんだっけ? 自分に呆れてるような、
やれやれな雰囲気の声で言った。
「あ、はい。失礼しました。なにか、その魔力に
ただならない理由があるんですね」
「……ああ。どうしようもない、浅墓な理由だがな」
答えた中神の声は押し殺したようで、答えを返すのと同時に
ギリっと拳を握りしめた。
きっとその顔は、悔しさをかみしめたような物なんだろうって、
中神の背中しか見えない今の俺でも、声と拳の音だけでわかる。
巨大な魔力。原初の魔王を封じ込められた、って言ってたっけか。
そんなもの宿したら、チート能力全開で、魔力に関して
こんな悔しそうにする必要なんてないんじゃないのか?
ーーいや、そもそもそれ以前にだ。
こいつ、なんで異世界であるこの世界に来たんだ?
侵略しようとする奴が必ず現れるから、この世界への行き来の方法は
一部にしか知られてないって言ってた。
ってことは、中神自身は侵略目的じゃないんだろう?
なら、いったいどうして? ……いいや、やめよう。
この世界のことさえわからない俺に、異世界の事情なんて
わかりようがない。
それなら今は。
「って言うかさ。俺が岡本速人だってことは、
メリーさん認識してるのか?」
空気を変えよう。どうにも重たい。
「あ、はい。安心してくださいメッs……オカハヤさま」
「それならいいわ」
メッサーと言おうとしてることで、
メリーさん メリーニャ・カグヒであることを完全に理解した俺、
完全理解の意味でもオカハヤ呼びに訂正した意味でも頷いた。
「で、メリーさん」
「なんですか?」
俺と違って、メリーさんはメリーさん呼びを納得してるらしい。
俺と違って、愛称として成立するからだろうな。
「あんたは俺と会いたいって言ってたけど。そんな大荷物で、他になんか目的があるのか?」
「はい、二つほど」
「二つ?」
単純に疑問に思った俺とは違い、面白そうに「ほう」と言った中神だ。
なんだかさっきの武内思い出すリアクションだな、流石は親友。
「はい。一つはこの世界を見てみたいんです」
「順当だな」
「だな。で、二つ目は?」
「それは、ですね」
ちょっと困ったような表情で、恥ずかしいのか少し俯き加減だ。
「この時渡りの水晶。わたしの体ごと世界を移動するとなると、
魔力切れを起こすんじゃないかって予想してたんですけど、当たったみたいです」
分かり易くしたのか、今の話の間 首から下げてる球体を軽く持ち上げていた。
「それで、そんな大荷物しょってるのか」
「はい。それで……なんですけど」
「なぜ俺を見る?」
言い難そうに切り出したメリーさんに、中神は不可解そうな返し。
「その……できればで、かまわないのですが」
変わらない調子でそう前置きして、メリーさんは言った。とんでもないことを。
「この水晶に魔力が溜まるまでの間。魔力に理解のあるあなたのおうちに、
お邪魔させていただきたいのです」
「……え?」
目が真ん丸くなってしまった俺。
しかし一方。
「なるほど。かまわんはずだ。同居人も了承するだろう」
「マジかよ?」
「奴も、魔力枯渇による行動制限については、理解のある女だからな」
ってことは、中神の同居人ってのも異世界の住民ってことか。……って、こいつが異世界人なら当然か。
「そんな。ぶしつけなことを言っているのに」
メリーさん自身が驚いている。
「おそらくは、だ。交渉することにはなる。なんとか説得することだな」
「お前は協力しねえのか?」
「ああ。この女の性質は善であろうが、
こいつが、マギアヘイムともまた別の、三つめの異世界の住民。
すなわち、詳細不明の存在であることはかわらんからな」
「友達がいのない奴だな」
「当然だ。貴様と違って、俺はこの女と接触したのは
これが初めてだ。友達だなどと思うわけがなかろうが」
「そう……ですよね。可能性を提供してくださっているだけでも
ありがたいんです。頑張りますよ、わたし。
お気遣いありがとうございますメ……オカハヤさま」
「慣れないのな、オカハヤ呼び」
また、苦笑いがこぼれた。
「一つ言っておくぞメリーさん」
「なんですか?」
「我々の行動範囲は極めて狭量だ。この世界全体からみれば
塵芥にも満たんかもしれん。それでも構わんのだな?」
「なんの話だ?」
「かまいません。異世界の一端でも覗くことができれば」
「わかった」
「今の会話………どういうことだ?」
今さっきはひとりごち、今のは疑問として吐き出した。
「こいつを、我が住処にとどめておくことになった際の話をした。
手がすいたらこの辺りを案内してやる、とな」
「そっか。やっぱりお前、いい奴だな」
意識せず、微笑を浮かべた俺であった。
「なにを他人事な顔をしている異界に魅入られし者よ」
「え?」
「この世界の案内の時、貴様も同行するのだぞ。
この女が目当てにしたのは、貴様なのだからな」
「めあてにした、だなんて そんな言い方っ」
なーんでか、顔を真っ赤に染めて、なーにやら恥じらっているメリーさん。
……く。声で聴くよりビジュアルあった方が、破壊力増すんだなっ。
ーーかわいい。
「……よ。よていがあえばな」
メリーさんをかわいいと思ってるのを悟られないように、
ぶっきらぼうに答えた。