第五話。現れた少女と急展開。 パート1。
「ん!」
俺が今感じたのは、久しぶりの頭痛だった。頭がツンとした。
冷たい物食って、頭がキーンってなるのに近い。
薄い耳鳴りが日常になって、ようやく慣れた。
実体で会おうって、メリーさんことメリーニャ・カグヒに言われてから
およそ一週間。今日は5月20日の土曜日だ。
中神の座席から、一瞬視線を感じた。
俺の一瞬のうめきに気付いたんだろう。
薄い耳鳴りって形の、異世界からの干渉と付き合ったことで
感覚が鋭くなったのか、こう言う見えない刺激を
感じ易くなったみたいだ。
今が放課直後でよかった。そうじゃなかったら、今のうめき声が
教室中に丸聞えだっただろうからな。
「なにかあったな、異界に見入られし者よ」
「その名で呼ぶなよ魔王様」
こっちに来た中神に、ニヤリとして言う。恥ずかしいからだ。
その名前で、じゃなくてその名で呼ぶなって言った。
俺が他人に発した初めての厨二ワードだ。厨二っぽさとしては、
物投げつけられるレベルの出来だけどな。
で、今中神のことを魔王様って呼んだのは、あえてだ。
武内とは違い、俺はこいつの事情を知ってるし、
今はもう、事実として受け止めている。
だから、変な奴へのあだなってよりは、
仲間への軽口ってニュアンスで使った。
「で、なにかあったな、って。なんで言い切るんだ?
一瞬こっち見ただけだろ?」
「その一瞬、貴様に紐付けされている魔力が強まったからな」
紐付けか。たしかにそういう表現、しっくり来るな。
あんま、いい気分はしねえけど。
「なるほど。メリーさんが動いた、かね?」
「おそらくな。この世界に来たのか、それともこれから来るのか。
いずれにせよ、邂逅は間もないだろう」
「できるなら、異世界に詳しいお前といる時に
出てきてもらいたいもんだな」
「違いない。俺も、三つ目の世界には興味があるしな」
「よう。なにやら御執心だな魔王様」
そう言いながらこっちに来たのは、武内疾だ。
中神にとって、心の支えのような存在らしい。
「ああ。こいつは面白い男だからな」
「異界になんちゃら、ってのが面白いポイントかな?」
「疾風の申し子よ。あまりバカにしたものでもないぞ」
「はいはい。お前が興味を持つなんてよっぽどだからな。
異世界がなんとかってのも、あながち嘘じゃないんだろう」
見事なあしらいっぷりだ。だてに数年付き合いがあるだけはある。
「今日は少々、こいつに付き合う必要がありそうだ」
「え? ってことは中神お前。まさか?」
「ほう?」
俺が、メリーさんがいるのわかったのか、って言葉を続けるより前に、
武内が中神に対してニヤリとして、小馬鹿にするように言った。
「って こ と は。だよっ」
「のわっ小説っ! いきなり沸いて出るな!」
「むぅ、はやてひどいなぁ」
「お前がいきなり出て来るのが悪い」
「だってぇ。今日ははやてと御帰宅デートなんでs で でえとっ!
でえとだって! フフフフっ」
自分で言った言葉に嬉しくなったらしく、
小説は顔をうっすら赤くしながら笑っている。
「なんっだよニヤニヤしやがって気味の悪い」
たしかに武内の言う通り、気味が悪い。
笑い声がグフフになってないところは、せめてもの救いだ。
「えぇなんで顔見てないのにわかるのぉ?」
「その声でわかるだろ、明らかに笑ってんだから」
「んー、なぁんだ。がっくし」
「はぁ。これと二人で帰るのか。気が重いぜ」
「ひーどーいー!」
「てめえらなぁ……!」
怒りで体がカタカタと震える。
「ん?」
「ほえ?」
「どうしたのだ?」
「人! の! 目! の! 前! で!
ラ! ブ! コ! メ! 始! め! ん! じゃ! ね! え!
こ! の! リ! ア! 充! があああ!!」
机をダンダン叩きまくりながら吼える。
「ちょっとちょっと、落ち着いてよ」
「放せ! 誰だかわかんねえけど放せえ!
この怒りを表現させろおお!!」
「うるさいんだってば。落ち着くまでこのまんまにします」
「ミニマムちゃんナイス!」
武内が言ったおかげで、俺の両腕を後ろにそらしてるのが誰かわかった。
ミニマムちゃん……えーっと、本名なんだっけ?
武内たち三人が変わり者トリオなら、ミニマムちゃんと他二人は大中小トリオ。
その大中小トリオの一人だ。
「武内? 君、この人が騒いでる現況なんだけど、わかってる?」
聞くからに呆れた声のミニマムちゃん。
「え? 小説だろ?」
「二人ともだよ。一人じゃラブコメできないでしょ?」
まったくなぁ、って苦笑声で付け足すミニマムちゃん。
「すまねえなミニマムちゃん。おかげでおちついて来たわ」
ならよし、って言って俺の腕を抑えるのをやめた。
おかげで体が自由になったぜ。
「いくぞ、異界に魅入られし者よ」
突然真剣な顔つきになって、中神の奴は
睨むような強い視線で俺を見た。
「な……なんだよ急に」
「早く来い」
言うと足早に、教室を出て行ってしまった。
「どうしたんだ学二の奴?」
「中神、怒ってる?」
「いや、違うな。ありゃマジになってんだ」
そんな武内と小説を見つつ、俺は一つ、
騒いだことへの謝罪を会釈にこめて中神を追った。
「待てって、どうしたんだよ中神」
早足で歩きながら、おそらくと当たりをつけて
昇降口に進路をとる。
「気付かんのか、貴様は」
気配で俺だって察したのか、確認もせずにそう声をかけて来た。
「なにが?」
驚きはしたものの、さらっと問い返す。
「強まった魔力が収まっていない。現れたと見るべきだろうが」
「お前といっしょにすんな。そんなのわかんのは、
この世界でお前だけだ」
「そうか。……そうだな」
なんだ? そうだなの声が笑いを含んだぞ?
「ついてこい異界に魅入られし者よ」
そう言うと中神は、浮足立つのを踏み殺したような
ふわふわした歩き方で、気配を頼りにだろう歩き出した。だから、俺はそれに続いた。
なにをウキウキしてんだ、中神は?