第四話。俺が聞こえた彼女の理由。 パート1。
「くそ、メリーさんめ。俺の、睡眠時間を」
土曜日の夜中。俺は、痛む頭に顔を歪めながら、届かない悪態を一人発した。
金曜日、あのまま特になにもなく。あったことと言えば、
頭痛があのまま継続したことぐらいだ。
いやまあ、それはそれで問題だけど。
で、更にそのままなおも継続した頭痛は、俺の睡眠時間と集中力と、
ついでに忍耐力までゴリゴリと削って行った。
変化がない以上、中神に報告することもなし、
モブい立ち位置に戻ってたわけなんだけど、
どうしたことか、それが無性にいらつかされた。
気にかけてる中神の気配と、だけど接触はして来ない絶妙に遠い距離感。
本来どうでもよかった、って言う言葉は本当だったんだ、
そう思い知ったことが、いらいらの理由なのかもしれない。
「……この世界来て。なにをする気、なんだ。いったい、あんたは……」
頭痛に語り掛けるように、俺は言葉を吐いている。
「こっちは、耳鳴りみてえな音と、じわじわ続く頭痛で、
発狂しそうなんだぞ。来るなら来い。俺の頭痛を……とめやがれ」
『仰せの通りに』
「なにっ?!」
響く頭の中からの楽しそうな声に、普段よりもでかい声が出た。
『ようやく、メッサーさまの位置がおおよそ掴めましたので、
そう遠くなくそちらに行けると思いますよ』
「おいおいマジかよ。って言うか、
どうやって会話が成立してんだこれ?」
不思議なことに、メリーさんからの接触がある間は、頭痛が消える。
それが今わかった。
『会話が成立してる理由、ですか? そうですねぇ。
信じられるかはわかりませんけど』
そう断ってから、メリーさんはその仕組みを教えて来た。
『そもそも、わたしがメッサーさまの声を受け取ったのは偶然でした。
水晶から雑音が聞こえて来たのが始まりで』
「っておい」
夜中だから、突っ込みは静かに。
『はい?』
素っ頓狂な声が返って来た。
「俺とあんたの会話が成立してる理由の話
じゃなかったのかよ?」
『はい、そうですよ?』
「なに、『なんかおかしいですか?』みたいな声してんだよ?
俺とあんたの出会いの話じゃねえだろ、するべき話は」
『いえいえ、これはしておかないといけない話ですから』
そう言われてしまっては、聞くしかなくなる。
一方的な接触で、事情はあっちしかわからないんだから。
「そ……そうか? じゃあ、聞くけど。で、続きは?」
『あ、はい。で、その雑音の中に声が混ざって聞こえて。
その音に魔力を向けて、それできっちり聞き取れたのが
メッサーさまのお声だったんです』
「なるほど。雑音交じりのラジオってことか」
今は、パソコンで地上波のラジオが聞ける時代だから、俺は知らないんだけど。
たしか親が言うには、ラジオを聞く場合周波数ってのを合わせないといけなくて、
でも電波の調子で、よく聞こえたり聞えなかったりするって話なんだよな。
そのうまく聞きにくい状態が、ちょうどノイズ交じりの音声
ってことらしい。
『声が聞こえた状態で、魔力を水晶に流すことで、
こうしてお話することができました』
「そうなのか。ラジオのチューニングって言うんだっけ?
それといっしょって感じだな。
なるほど。俺とあんたが繋がった理由を
話したわけはわかった」
『も、もぅ。出会いとか繋がったとか、そんな大胆な』
「なにを恥ずかしがってんだよ? んで。なんで俺に目を付けた?」
『目を付けたなんて、そんな人聞きの悪い』
楽しそうな苦笑いって感じの声だな。
『声とそのおしゃべりを聴いて。似てると思ったんです、
メッサーさまとわたし。だから、お話してみたくなったんです』
「どういうことだよ? 俺とあんたは違うだろ。
異世界を聞いて夢で顔も出せるって、
すんげえ特殊能力持ってんのに」
『そう思ってもらえるのは、メッサーさまが異世界の人であり、
おそらくは魔力や魔法のたぐいを知らないからでしょう』
「実在を、って言うならたしかにそうだな。俺達の世界じゃ、
魔法はフィクション。空想の物……の、はずだ」
なんで言い切れなかったのか。それは勿論中神の存在だ。
あいつがあまりにもあたりまえに、その手の事柄を言いやがったからだ。
『なるほど。実在は信じられてはいないけど、存在はしている。
そんな世界なんですね』
「たぶん……な。んで? なにがどうして、
俺とあんたが似てるって話になるんだ?」
『はい、それなんですが』
言いにくそうに、メリーさんは話を切り出した。
『わたしたち夢超えの民は、たしかに夢を通じて
異世界に少し顔を出すことができます。
でも、わたしたちの世界の魔法は大した物ができなくて』
しょんぼりした声で、そういうメリーさん。
俺はそのまま、彼女の話が続くんだと思って、口を挟まないでいる。
『それで。聞えたメッサーさまのお喋り。
誰かに聞かせているようで、でも……本当はそうじゃないみたいな。
そんな、変な感じがして』
「よく……わかったな。たしかにそうだよ」
リテイクしまくってるからなぁ、毎回。
それも含めて聞かれてるんだろうか?
だとすると……モンノスッゲェ恥ずかしい。
『その、同じことを何回も言ってる。一人遊びのようなおしゃべりが』
うわ、やっぱ聞かれてるー!
やべー、顔も見たことな……いや、覚えてない女子に恥ずかしいところめっちゃ聞かれてるっ!
……恥ずかしすぎて。恥ずかしすぎて……っ!
「ぁああぁぁああ!」
ベッド転がるしかねぇぇっっ!
『メッサーさま? どうされたんですか? 大丈夫ですか??』
困惑した調子のメリーさんの慌てた声で、俺はゆっくりと左右回転を緩めて止めた。
「……あ。ああ。大丈夫だ。大丈夫だよ」
心情的には大丈夫ではない。
後、ちょっと気持ちわりい。勢いよく左右にゴロゴロしてたからなぁ。
『あの、続けてもいいですか?』
「お、おう。大丈夫だ」
まだ若干気持ち悪さ収まってねえけどな。
『それで、ですね。他の人達みたいな魔法がぜんぜん使えなくて。
何回やっても 何回やっても、どうしてもうまく唱えられなくって』
メリーさんは、まるで拳を握りしめてるような悔しそうな声だ。
むしろ、魔法でこれだけ悔しがるって、俺よりも
中神の方が近いんじゃないだろうか?
『それで……。世界を渡る力があるって言う我が家の家宝、
時渡りの水晶の扱いにばっかり時間使ってる、わたしみたいだな。って』
苦笑してるような、でも その中に寂しさが入り込んだような、
そんな声で言うメリーさん。
うまくいかない、だからストレス発散にやれることをする。
なるほど……たしかにそういうとこは似てるかもな。
『だから、似たもの同士なメッサーさまに、あってみたくなったんです。
夢でじゃなくて、しっかり。起きてる状態で。あなたの世界と、あなたに』
「規模のでかい話だな。世界にあう、なんてさ」
けど、そのフレーズ。
ーーかっけぇじゃん。
「でも、世界移動ができるなんてアイテム使えるなら、
その夢超えの民ってのは、別に駄目扱いされる必要なくないか?」
『使えれば、ですよ』
「なんだって?」
『わたしみたいに夢超えをした人はいても、自分の体で世界を超えたこと』
なぜか、息を吸い直した。そしてから、
『ないんですよね、未だかつて』
と溜息交じりに言った。
『でも、でもでもっ。声を聞けたばかりか、
こうして起きてる状態で会話ができたんです。きっといけます』
この必死な感じ。なんか、わかるなぁ。
なにかできそうなことを見つけた時の感じ。
俺が初めてキャララジオごっこをした時に、恥ずかしさとか嫌悪感とかじゃなくて
こいつは面白え、ってやたらにテンション上がったもんなぁ。
「もし本当に俺のいる、この世界に来るんだったら一つ
訂正させてもらうぜメリーさん」
『なんでしょう?』
その、首をちょこんとかしげてそうな声、なんだよ?
……なんつうか、その。
ーーかわいいじゃねぇか。
「メッサー・カラブリートは俺の本名、つまり
本当の名前じゃない」
『え?』
驚いたような疑問声に、俺は本名を返すべく口を開いた。