第三話。見つかる世界とラジオごっこの不可解。
「まったく。変な日だったぜ」
一人帰路を行きながら、そんな独り言を吐き出した。
「……いや、終わった気になってたけど。
根本的には、なんの変化もないんだよな」
一応、協力者みたいな物はできた。
しかし、メリーさん(仮称)に関しては、なんの続報もない。
授業中に軽く寝落ちしたけど、少女の姿はおろか
なんの映像も音も、俺の記憶には残っていない。
「くそ、イライラすんなぁ」
姿の見えない相手に、いつなにをされるかわからない。
このもやもやは、無駄にイラつかされる。
「しっかし。人は見かけによらないもんだなぁ」
気持ちを落ち着けようと、昼間のやりとりを意識して思い返す。
中神学二。
厨二病な口調と言葉選びで、自分のことを異世界人だと言ったクラスメイト。
普段なら遠巻きに見てるだけの、その男に絡まれた。
お前は、第三の世界から干渉を受けている、と。
昨日までなら、やかましいのひとことで切って捨てられたけど、今日の俺は違っていた。
そのおかげで、中神の根っこの部分を、垣間見ることができたんだけどな。
ああ見えて中神は、面倒見がよくて、責任感が強い。
ただそれが、ある一定の分野において限定っぽいのが玉に瑕……なのかもな。
まあもっとも、あいつはあのキャラを通し続けるみたいだから、
寄り付く奴がごく僅かだけど。
「……はぁ」
溜息がこぼれた。気分は落ち着いたものの、
また思考回路が、メリーさん(仮称)に向いてしまったからだ。
さっき大人しくなったはずの、あの薄い頭痛は、
どういうわけだか少し強まった。
メリーさん(仮称)が夢に姿を現す存在だから、
俺が寝落ちたことで、干渉を強めたんだろうか?
「寝ればなにか起きる可能性、か。
寝るの、やだな」
掛け値なしの本音。けど寝ないことはできないし、
寝たからと言って、あの少女が顔を出すとも限らないか。
なによりも、一番の難敵はこの薄い頭痛だ。
原因がファンタジックとなると、痛み止めを飲んだところで
効力があるかわからない。その上理由を説明しようにも、
はたから見れば健康体。心配されるのは頭の方だ。
「やっぱ。この頭痛と、付き合っていくしかないのか」
中神の言う通り、嵐がすぎるのを待つしかない……か。
ーーきついなぁ。
それにしても、わからないのは。
なんでメリーさんが、メッサー・カラブリートって言う、
俺しか知らないはずの、キャララジオごっこの名前を知ってるのかだ。
ほんとになんなんだ、あの女子は。
***
「駄目だ」
夜になって。
気を紛らわせようと、今日もキャララジオごっこをしようと、
マイクを引っ張り出したけど、駄目だ。まったく気が乗らない。
スペシャルウィークだ、って言う理由をこじつけてみたけど、やっぱり駄目だ。
「だからどうした」と、自分に溜息が出ただけだ。
「寝るのもいやなのに、気を紛らわす一番手軽だと思ってることすら
やる気が起きない」
……ふて寝するしかないか。
……え?
結局、寝るしか、ないのか?
なんだか、メリーさんに踊らされてる気がするけど。
このなんともしようのない状況を、むりやり動かすにはこれしかない。
寝ることで時間を進めてしまえば、いやでも学校に行くために
動かなくっちゃいけなくなるからな。
余計なことを考える時間は、短い方がいい。
***
「ん。うぅ」
目が覚めた。外から熱を感じない。枕元の時計を見ると、まだ午前四時だった。
ギリギリ日の出前、ってところか。
たしか今の時期、五月は午前四時の辺りで日は昇ってるはずだからな。
「サーチ能力、優秀なんですね」
この場にいない夢超えの民に、悪態をついた。
今回ははっきりと記憶にある。
けど、夢に彼女の姿はなかった。ただ、
『しっかり繋がりました。あなたの世界と』
って言う声だけだ。
この発言内容。間違いなく、メリーさん(仮称)だ。
この声、不思議な音質だった。
ヘッドホンで音を聞いてるのとも違う、でも
ものすごくはっきり聞こえた。
内側から響いたような……そう。まさに。
頭の中から響く声
だった。
この声、不思議と、ものすごく記憶に残ってる。
まるで、刻み付けられたように、くっきりと記憶に残っている。
「見つけた。必ず会いに行く。つまり……来る、のか。
方法はともあれ、メリーさんが、この世界に。
俺を目指して……。実態で……?」
これは、中神に伝えるしかない。
早速進展あり、だぜ。
*****
「中神。ちょっといいか?」
金曜日、昼間、食事時。
我がクラス内で、かわりものトリオと呼ばれる三人、
武内 小説 そして中神のところ、
並んでる武内と小説の席に行きながら、
俺は、そのトリオ一番のかわりものに声をかける。
「どうやら、なにかあったようだな」
頷いて答える。
「今日も来たのか。しかも、今回はそちらさんから。
まさか、魔王様に声をかける奴が現れるなんてな」
昨日も武内は、中神のことを魔王様と呼んでいた。
例の話の後で、中神に聞いてみたら、
中神の中身を知ってるわけじゃなく、
独特な口調が魔王みたいだから、と言う理由でつけられたんだそうだ、
しかも出会ってすぐに。
中神は驚いたらしいが、理由を聞いて拍子抜けしたらしい。
やっぱ、武内のセンスもまた、独特だ。
ーー中神の中身、か。あっと言う間に、どうやら俺は毒されたらしい。
元々我が道を行くその姿が羨ましかったんだし、それに加えて昨日の様子。
むしろ、毒されるなって方がむりか。
どうやら。俺は厨二病の素養があったようだな。
「場所、変えるぞ」
俺が言うと、「いや、別にいいだろ、ここで」と武内。
「疾風の申し子よ。こいつは、いろいろと厄介な男でな。
多くに聞かれるわけにはいかんのだ」
「やめろよ、俺がオカシイみたいな言い方」
「ったって、学二と同類だろ?
なら別に、誰に聞かれたところで、問題ないだろ。
信じやしねえんだし」
そうだよな。これが一般的な考えだろう。
「って、まて武内。それじゃあまるで、
俺が隠れ厨二病みたいじゃねえか」
「違うのか?」
即答で聞き返された。
「ちが……どうなんだろうな?」
やべえ。完全には否定し切れなくなってきてるぞ、俺の状況。
「ほらな。いいからいいから、な?」
「ニヤニヤすんな……! なにが面白いんだよ?」
不満を瞳に込めるが、武内はどこ吹く風だ。
「いや。やはり、この場で話すのはやめておこう。
いくぞ、異界に魅入られし者よ」
おそらくは脳内会議の末の結論だろう。
が、
「そう呼ぶんじゃない!」
苦い顔になってしまったのは、いたしかたないだろう。
「俺達とはあだなのベクトルが違うな。どういうことだ?」
と考え込んでる武内と、
「ふぅ」
さっきっから、ひたすらムグムグ言ってんなぁと思ったら
購買パン食ってるだけだったと言うことが今わかって、
「マジかよ」
と俺が驚愕させられる羽目になった小説を横目に、
俺達は、また屋上へと向かった。
「よし、今日も人はいないな」
車の安全確認の如く、扉を開けて左右を見回した中神のひとことで、
俺は屋上へと踏み入る。
勿論、車の安全確認と言う比喩は、両親の運転を見てたから出た物だ。
俺が自力で運転できる名前に車のついた物は、
一輪車 三輪車 自転車ぐらいのものである。
当然、三輪車は幼児がキコキコやるあれであり、
決して三輪バイクではない。
「それで。どうなった」
相変わらず、本題一直線である。
「どうやら。この世界を、しっかりロックオンしたらしい」
俺もグダグダ言わず、質問にちゃっちゃと答える。
「凄まじい早さだな、予想しえないタイミングだぞ。
サーチ能力でも持っているのか」
「おそらくはな。中神の話をリアルだと仮定すれば、
ひょっとしたら、なんらかのアイテムを使ってるかもしんないな」
俺に頷いてから一呼吸おいて、
「既に道は確定したか。そうなると」
と言った中神に頷き返す。
そうして、続きを言おうと俺が息を吸ったところで、
「襲来は、そう、遠くないかもしれんな」
俺より僅かに早く言葉を続けた。
俺が、吸った息のやり場をどうしようか考えてると、
「恐ろしい女だ」
と、更に中神は呟いた。
「なにをしたいのかわからないのが、一番厄介なところか。
ところで。貴様の趣味を、そのメリーは知っている、と言っていたが。
それは、いったいなぜわかったんだ?」
「え、あ。ええっと……」
ようやく、吸った息の使い処が来た。
来たのはいいが、その質問来たかー……。
「なんだ?」
昨日と今日。この二日のやりとりで、俺が
こうまで言い淀んだことはなかった。だからだろう、
中神は不思議そうだ。
考えろ。どうやって、言い逃れるかを考えるんだ!
「えー……そ、そうだ、そうそう」
思わず、「そうだ」の「そ」と同時に、両手をパン。
さしもの中神も、驚いたようにビクついた。
「なんでか知らないけど、メリーさんな。
俺のハンドルネーム知ってたんだよハンドルネーム、うん。
そうだそうだ、そうそう」
……不自然にもほどがあるだろ! と、心の中で小声叫びをすると言う、
そんな謎行動をしてしまった。
「ほう。となると、貴様の電名に
なんらかの力が込められている、と言う説が出るか。
その力が、メリーの世界の魔力と似た物になった」
なんだ、でんめいって。文脈を考えると、ハンドルネームのことか?
「ありうるのか、そんなことが?」
「俺も知の及ばん異世界だ。そこの法則や魔力のことは、わからん。
ただの予測だ。だが、貴様が目を付けられるとすれば
最早それぐらいしかあるまい」
「たしかに……そうか」
無難に相槌するがしかし、真実はもっとわけがわからない。
ハンドルネームじゃなく、更にただの一人遊び。
つまり。
誰一人として、メッサー・カラブリートの名を知らないはずだからだ。
どこにも届くはずのない、一人ラジオごっこ。
その、パーソナリティ設定の名前を知っている異世界人、夢超えの民メリー。
ーー俺はいったい。
なにをどう、どこに飛ばしてしまってるんだろうか?