駄文
池袋のサンシャイン通りには、ロッテリアがある。私とアカリちゃんは、ロッテリアのソファに腰掛けて、ぼんやりと流れていく人混みを眺めていた。
どうでもよいことだが、最近、サンシャイン通りにできたペット喫茶の呼び込みのおねーちゃんが手に持っている生きた動物が可愛くて好きだ。死んだ動物を抱っこして呼び込みをしていたらホラーだけど。
あの生き物はなんだ? カワウソか? 顔を埋めて呼吸をしたい。獣の香りがするんだろうな。
横を見ると、アカリちゃんが月見バーガーを食していた。現役JKがリスのように頬袋を膨らませてハンバーガーを食べている姿はちょっと滑稽で思わず笑みが溢れる。お前は孫悟空か。モンキー・D・ルフィーか。
「好きなんです」
アカリちゃんは私の方を見ずに、ポツリと答えた。月見バーガーが好きなJK。悪くはないが、君は月見バーガーひとつで悪い男にたぶらかされてしまいそうで、私は心配だよ。
「ところで、依頼主は本当に来るのかい?」
「待ち合わせ時間まであと十分もあります」
私はデジタル時計を見る。十七時五十分。私は遅刻魔だ。だいたい時間通りに行おうとすると時間通りにいかない。遅刻ができないときは、仕方ないので一時間前行動を心がけている。
つまり、もう五十分近くロッテリアのソファ席を私のお尻で温めているわけだ。アカリちゃんも文句を言わず付き合ってくれる。文句は言わないがハンバーガーをおかわりしているところを見ると、無言の抗議をしているのかもしれない。サイレントなんちゃらだ。ハンバーガーは経費で落ちるでしょうか?
「依頼主の素性は調べたのか?」
「はい。北上このみ三十三歳。二人の子供がいて、東証一部上場企業の部長をしています」
「部長様が清掃係になんのようなんでしょうね」
私は嫌味ったらしく呟いた。そう、掃除係なのだ。私たちは。この世界に不要な人員を掃除して綺麗にする。え、殺し屋じゃないかって? そうとも言う。
「今取り組んでいるM&A関係かもしれません」
「服屋?」
「それH&Mです。北上はM&Aです」
私はテーブルの上の紙コップに入ったホットコーヒーを一口飲む。違うのか……。
「北上の職場はMergers and Acquisitionsの仲介会社です。情報屋の話では、現在、株式譲渡の話で依頼会社とのやりとりがこじれているそうです」
「それは、誰かが死ねば問題が解決する系の話なの?」
「株式譲渡は、確か取締役会設置会社の場合、取締役会の承認が必要になります。株式譲渡に反対している取締役員をお掃除するって依頼じゃないでしょうか」
私はコーヒーをもう一口飲んだ。日本語なのだが、何を言っているのかさっぱりわからない。誰かを殺せば話が丸く収まるのかい、それは。逆に拗れるんじゃないの、それは。
まぁ、そこまでは当方の感知するところじゃございませんし、私は粛々と依頼を達成するだけですから、別によいのですけどね。
ちょうど十分経つと、池袋なんて街には不似合いのスーツ姿の女性が青い顔をして店内に入って来た。私はアカリちゃんを盗み見る。アカリちゃんはスマホを器用に操りながら、自分の位置を教えているようだった。
私は無関係な、たまたま隣に座った誰かを演じる。北上らしき女性がアカリちゃんの前、テーブルを挟んで対面の椅子に座る。
「北上このみさんですね?」
アカリちゃんは営業スマイルを浮かべた。表情筋が死んでる私にはどうもできない笑顔である。人懐っこい笑みで、そんな笑みを向かられたら、心の奥底までついついさらけ出しちゃうだろう。おお怖い。恐怖だね。
アカリちゃんは笑顔、対する北上の顔は強張っている。人を殺し慣れてないと、笑みなんて浮かべられないよね。私は笑わないよ。狂ってないもん。アカリちゃんは笑うね。狂ってんのかな?
まぁ、そんなことはどうでもよくて、話し合いの内容から推察するに、アカリちゃんの予想であっていたようだ。嫌だねぇ。仕事にために人を殺すって発想が。腐ってるね人間的に。
私? 私は腐ってないよ。超新鮮市。
北上は前金として、百万円を置いて行った。アカリちゃんが偽札かどうか確認したが偽札じゃないようだ。
「どうしましょう?」
北上を見送ったあと、アカリちゃんに尋ねられた。どうしましょう? って言われてもお金貰っちゃったしやらなきゃならんでしょ。
「この仕事、個人的にはあまり気が進みません」
アカリちゃんの女のカンってやつだ。これが侮れないほど当たるのが怖い。占い師でも目指したら? とアドバイスをしたくなるほどよく当たる。
だから私も、一万円札を抜いてつけ麺でも食いに行こうと思ってウキウキしていた心を沈める。
「どうして、気が進まないんだい?」
「カンとしか言いようがないのですが、取締役員を2名殺すのはリスキーです」
「爆弾でも送りつけて殺すかい。まとめて」
「爆弾は美しくありません。私たちはお掃除屋であって、テロリストじゃないんですよ」
似たようなものだと思うけど、テロリズムと私たちのお仕事は。でも、思想信条が無い分、テロリストよりも数段劣るかな。
「アカリちゃんが危険というのであれば、この話は受けないでおこう。私は私のカンは信じないが、アカリちゃんのカンは信じるんだ」
「責任の丸投げはやめてください」
アカリちゃんは不愉快そうに言った。責任の丸投げじゃない。それだけ私がアカリちゃんを信じているということなのだよ?
「さっさとお断りのメールを入れて、何か食べに行こうぜ」
「本当に断ってしまうのですか?」
「うん。危険な橋は渡らない。渡るときは楽しく渡る。私の信条だ」
嘘だけど。
「そうですか。わかりました。この百万円はどうしますか?」
「のし付けてお返ししてやれ」
アカリちゃんはニコリと笑い頷いた。
最後まで読んじゃったの?