7・今日こそ
まだ付き合い始めたばかりのふたりは、他愛のない話をして帰るだけ。
直子は緊張しないように、予めいくつか章の好みそうな話題を用意して笑顔で話し掛ける。
それでもやっぱり緊張してしまって、言葉が上手く出てこなかったり、小さな子供のように身振り手振りになってしまうのだった。
章は直子のそんなところが可愛くて仕方がない。
(なんかの間違いかと思ったけど……俺、好かれてるよね?! ……うん、好かれてる!)
──平静を装う裏で、そんな自問自答。
直子の不安とは全く違うが、章は章で不安だった。
彼は自己評価が低い、というのもあるが、なにぶん照れ屋で素直になれない自覚もある。女の子に気の利いた、優しい言葉などを上手く掛けることなんて、恥ずかしくてできないのだ。
勿論、直子はそんな章のツンデレ気質なトコロが最高だと思っているワケだが……彼はそんなコト知らない。
照れ屋の彼が「俺のどこが好きなの?」なんて台詞、逆立ちしたって言えるわけもない。なんなら逆立ちしたまま逃げるレベルで無理。
そんな章だが、実は今、目標があった。
『恋人らしくなりたい』──さしあたって
1:デートに誘う
2:名前呼び(そして名前呼ばれ)
3:手を繋ぐ(できれば恋人つなぎ)
……この3点。なんとも微笑ましい。
どうせなら長期休暇に入る前に一度(といわず、可能なら何度でも)デートをしておきたい。
これは長期休暇中に、会いやすくする為でもある。
(それに目の届く範囲から離れたら……誰かに目を付けられないとも限らないしな……)
例えばバイト先の先輩とか、自分の知らない中学の同級生とか……知らぬ間に知らない男と直子が交流を持つのが、怖い。
今のふたりは名目上『恋人』ではあるが、その実、特別なことはなにもない。
呼び名ですら、名字なのだ。
付き合い始めてそろそろ1ヶ月。
このところ毎日のように脳内で『週末の予定の空き』を尋ね、『どこかへ誘う』というシミュレーションを行っているのだが……結局先週はタイミングを測っている間に終わってしまっていた。
1、2、3の順番にこだわりはないが、デートをすれば必然的に長時間共に過ごすことができる。
状況が普段と違わなければ2、3は難しいと思い、1を優先させてはいるものの……1すら既に難しいという事実に章は頭を悩ませていた。
(デートだと思って設定するからハードルが上がるんだ。 『ちょっと買い物につきあってもらう』的な……こう、ラフな感じの誘いから始めればいいんじゃないのか……?)
ふたりの間には少しの沈黙が流れていた。
((──今日こそ……!!))
その短い時間、互いに違うことを考えていたため特に気まずくはなかったが……残念なことに、話を切り出すタイミングまで被ってしまった。
「最近……」
若干早かったのは、直子の方である。
「その、竹田さんとあまり話してないけど……」
「え?」
「わ……私に気を遣わなくても大丈夫だよ?!」
しかも焦りから、導入部が少し横滑りしてしまっていた。
「いやっホラ、幼馴染みだし! ……えええと変な意味じゃなくっ」
更に慌てた直子はわたわたしながら言葉を続けるが、横滑りに上塗りした感じになってしまう。
(ああぁんコレじゃなんか逆に疑ってるような?! 彼女ヅラっていうかぁ~! ウザい!? ……ウザいかも!!)
「ええ……? ……まぁ確かに幼馴染みだけど……特別話すことがないっつーか……」
ここで章は思い出さなくても良いことを思い出した。
(……みどりは自分に、相談(多分)をしたがっていた様子だったっけ。 いや、でもなぁ……あの時は変に誤解を受けるような真似はしたくなかったし……)
今、自分はこうして直子と恋人になった。
一方のみどりはというと、まだ先輩ふたりの間で悩んでいるのか、誰かと付き合っているという話は聞いていない。
だが外面のいいみどりには、自分以外に相談相手がいないことも知っている。こうして直子と自分が付き合ったことで、直子に遠慮したみどりはきっと、誰にも相談できていないに違いない。
(そういえば、最近話をしてないような気もしないでもない……)
もともとお人好しの章である。
今自分が幸せなだけに、なんだかじわりと沸き上がる罪悪感。
(…………やっぱり! やっぱり永石くんは竹田さんのことが気になってるゥ~!! ああでも私に遠慮して喋れないに違いないわ……永石くん優しいからぁ~!)
その妙な間の最中に、膨らむ直子の不安。
章がそのなんともいえない表情に気付き、目が合うと、直子はわたわたしながら顔を逸らした。
(あれっ? …………コレって…………)
──『ヤキモチ』ではないだろうか。
(うっわあぁぁぁぁなにそれ?! ……かっわいいいぃぃぃ!!)
「多田っ、今度の休み……ヒマ?」
直子の不安とは裏腹に……単純なモノでその瞬間に、章のみどりへの罪悪感は吹っ飛んでいた。
今、直子とすごく近付きたい。
そんな気持ちでいっぱいになった章は、これまでの会話の流れをぶったぎって週末の予定を聞いた。
「えっ?」
「俺、ちょっと買いたいモノとかあるし……もしヒマなら、付き合ってくんない?」
「うっ……うん!!…………ヒマ!行く!」
章は先程思い付いた妙案、『ちょっと買いたいモノがある』……というカードを切ることにし、それは一先ず成功した。
あくまでさりげなく(会話をぶったぎったことはさておき)、誘いを取り付けた章だ。いつものように外面は平静を装いつつ、内心で大歓喜。
(──よっしゃぁぁぁぁぁ!!)
(……えっ、コレってデート?! デートだよね?!)
直子も唐突なデートの誘いに、色々吹っ飛んだ。
もう喜びと……心配事は『当日何を着ていくか』にスライドしている。
──とりあえず、今は。
章のかっこつけによるこのさりげない誘いの文句や、このときの諸々……それは後々にひびくことになるのだが、初デートに浮かれているふたりは、それをまだ知らない。