表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

3・誤解

 

 多田 直子は特筆することのない普通の女子である。


 彼女は少女漫画や恋愛小説が好きではあるが、それも特別な事ではない。サブカル王国日本、少女漫画を全く読んだことがない女子を探す方が難しいのではないか。


 そして直子が、そこに対する拘りが些か強い、という点など特に誰も知らないのだ。


 直子は少女漫画普通に読むだけで、一般的なヲタクと呼ばれる人間のように『公言して憚らない』、なんてことは一切ない。むしろそういった主張などは友人にもしていないくらい。


 一言で言うと『隠れ少女漫画ヲタク(拘り系)』である。



 彼女が『ツンデレスキー』であり、少女漫画に見立てた現実(リアル)を楽しんでおり、ましてや自分が推しメンであることなど知る由もない章は、こう思った。


  (もしかしてコイツ……俺のこと好きなのか?)



 まぁ間違いではない。

 その方向がちょっと斜め上に向いているだけである。


 だが章もモテる訳ではない。

 章は中の上~上の中位の人によって好みのわかれる塩顔ソコソコイケメン。──しかし結局人がよくて皆に優しいのと、みどりという幼馴染みのせいで『恋愛非対象キャラ』となっていた。

 原因の一部がみどりによるものであることは感じていたが、『概ねは自分がただモテないだけだ』と思っている章の自己評価は低い。


  (いやいや……よく考えろ)


 なのでとりあえず別の可能性を探る。

 勘違いとか、滅茶苦茶恥ずかしいから。



 単に


  『声を掛けようとしたが掛けにくい雰囲気だった』。


 もしくは


  『進行方向にふたりがいただけであり、結果的に立ち聞きしてしまう形となってしまい、(じぶん)が追いかけて来たので咄嗟に逃げた』。



  (……ありそうだ。 フツーにありそうだ)


 章は自分の考えがあまりにありそうなので、一瞬でも期待してしまったことを恥じ、とりあえず誤魔化しにかかった。


  「……ええと、多田、なんか用?」


 追いかけて捕まえといて、なんだこの台詞……

 そうは思えど、特に気の利いた台詞など思い浮かばない章。こんな言葉しか出てこない。


  「え、あの…………」


 直子は『生まれたての小鹿か!』とおもわず突っ込むレベルでぷるぷるしていたので、章は自分の行いを反省した。


  (いきなり追いかけられたらそりゃ怖いに違いない……)


 気まずい気持ちで、短い髪を掻きながら目を逸らす。


  「悪い、なんか最近視線を感じて……ちょっと過敏に…………

 …………!」


 そこまで言って、直子に目を向けると……


 彼女は真っ赤になっていた。

 涙目で、震える唇を噛み締めながら。



  (────ええぇぇぇぇぇ?!)



 章は狼狽えた。


 先程自ら打ち消した妄想的可能性『もしかしてコイツ、俺のこと好きなのか?』が不死鳥の如く甦り、胸が高鳴る。

 別に章は直子に興味はなかったが、それはそれ。女子から好意を持たれて(確定ではないが)嬉しくない訳がない。しかも直子は()()()()()()()()()()()……つまりそれは、()()()()()()()()()()()()()とも言えた。


  (えぇっ?! マジ? そういう感じ?!)


 実際は恋愛に縁遠かった彼に、突然の恋愛チャンス。

 ……しかし、どうしていいかわからない。


 何故なら彼は恋愛に縁遠かったのだから。


 みどりのおかげで女子とは平気で話せるが、『平気で話せる』だけである。仲が良いのは同性のみ。

 そして、『対象外商品』である彼にこんな態度をとる女子など、コミュ障気味の子位しかいない。現に直子は先程まで自分と普通に接していたように、章には見えていた。


  「…………ごっ、ごめんなさっ……」


 恋愛事に不慣れな章がオタオタしている間に、直子はそう小さく呟いて走り去ってしまった。




 ──一方の直子視点。


 話は少し前に遡る。

 直子は帰り際、先生に捕まり仕事を押し付けられてしまっていた。いつもなら手伝ってくれる友人達も、既に帰っていたり、これから部活だったりで頼れず……仕方なく大量のプリントにホッチキスを打つという、地味に面倒な作業を一人で行っていた。



 そこに現れたのが、章である。



  「多田、それ、ひとりでやってんの?」

  「……永石くん!」


 直子は俄に期待した。

 永石章はお人好しであり、彼がツンデレなのはなにも恋愛に限ったことではない。「皆都合が悪くてひとりでやることになってしまった」と、胸を弾ませながら章に伝えると、「どんくせぇ」という軽いジャブからのあの台詞。



  「しょうがねぇな……手伝ってやるよ」(※ツンデレ金言)



  (キタ───────────!!!)


 おもわず「ありがとう」と言うべき箇所を「御馳走様」と言いそうになる直子。『ときめき☆ホッチキスtime』がツンデレ台詞と共に始まりを告げた。


  (はっ! ダメよ、必要以上にときめいては!)


 なにしろこの人は華やかな恋愛模様の、メインとはいかないまでも、サブキャラクターなのだ。

 対する自分は…………モブである。

 よく『自分の物語の主人公は自分だ!』みたいな台詞があるが、それはそれ。例え自分が主人公の話があったとしても、それは彼や竹田 みどりがメインの世界とは交わらない筈。精々『友情出演』が関の山……というのが直子の見解だ。


 章に輪をかけて、直子の自己評価は低い。


 ただ、それはそこまでおかしな事ではない。

 比較対象(みどりとその周辺)がおかしすぎるのが原因のひとつであるだけで。




 直子は高鳴る胸を悟られないよう、モブらしくそれなりに楽しく章と普通のお喋りをした。

 本当は滅茶苦茶緊張したが、クラス内の男女はそれなりに仲がよく、直子も章も普通程度に喋れる感じであるのが幸いした。


  「ありがとう永石君、お陰で早く終わったよ」

  「おぉ、感謝しろ」


  (ぞんざいな軽口! 萌えぇぇぇぇ!!)


 並んで職員室に行くとか、最高に最高だ。

 本当ならば今駆け出したいほどときめいている。だが駆け出したりなどしない。駆け出したら並べなくなってしまう。そんな勿体無いことできない。勿体無いお化けが出るどころか勿体無いお化けになり、成仏できないまま永遠に『勿体無いことしたわ~』と後悔し続けるに違いない。


  (……はっ! モブならではのモブさで『流れ的に途中まで一緒に帰る』くらいはできるんじゃないの?!)


 これはチャンスである。

 一緒に帰るくらいはモブにも許されたチャンスだ。


  「永石くん……あの」

  「あ?」



 ──しかし直子は『ときめき☆time』を自らの手で唐突に終了させた。



 教室に戻る手前で気付いたのだ。

 コの字型の校舎の向こうにみどりがいることに。




  『ときめき☆time』を急遽別方向、『いつものやつ』へとシフトチェンジする。


  「あの……本当に助かった! 実は急いでたの!」

  「マジか……言えよそういうことは。 つーか断れよ」


  「本当アンタどんくせーなぁ」と呆れた台詞(ご褒美)を頂きつつ、そそくさと帰り支度をした直子は再度章に礼を告げ、教室から出た。

 教室から出たが、勿論帰らない。

 章から見えない位置に移動し、みどりが戻るのをドキドキしながら待つ。


 いつものやつ……『ときめき☆ツンデレ観察』である。




 素敵な時間を過ごした。

 ご褒美を貰った。最初にも最後にも。


  (そして今度は楽しい観察time! 今日は最高!!)


 直子はドキドキしながらいつものように、少女漫画のようなふたりを密かに眺める。 



 ──何故か、いつもより『ときめき☆ツンデレ観察』へのドキドキが微妙に感じることに、気付かないフリをしながら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ