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灰色の雲が全天を覆っていた。
地面は一枚石のように固く冷え、どこまでも広がっている。山々に囲まれた盆地はどこまでもやせて乾き、薄白くこごえていた。
どっと寒風が走り、地面にしがみついているわずかな草と灌木をふるえさせ、砂塵をまきあげて走り去ってゆく。
山のきわから、一対の黒いレールが土地を横切って延びていた。
ここにある人工物はこの単線だけであった。家屋や倉庫はおろか、畑や水路すら存在しない。灰色の地面を縫うように、それは一条の線を描いていた。
遠くから羽音のような異音がかすかに風の中に交じる。ディーゼルのエンジン音。
やがて山の際から「星ねこ号」が顔を見せた。
「冷えこんできたなぁ」
トキ子はオーバーコートの襟首を絞った。
車窓の風切音が増した。調子の狂った笛を吹き鳴らすような音。
「星ねこ号」は山裾を回って高地に出たのだ。風がまともに吹きつけている。座席下の暖房はフル稼働しはじめたが、まにあわず、車内の気温がぐっと下がるのが感じられた。
「ここは普通車だからニャ」
クリはそう言って、トキ子の膝の上で立ち上がり、くるりと一回りしてからふたたび丸まった。
「探偵さん、どこにいるのかな?」
「知らんニャ。さっき食堂車の方に行ったみたいだけど」
クリは興味なさそうにあくびをして、鼻先を自分の腹に埋めた。
トキ子は車窓からぼんやりと外を眺める。
遠くの山が少しずつ動いてゆく。ほとんど変わらない風景。
暖房が効き始めたせいか、少し寒さはましになった。レールのきざむ規則正しいリズムを聴いているうちに、少しずつ眠くなってくる。
そのとき。
それが起こった。
ハッと目を開く。
レールの音、暖房機の運転音、そして風。なにも変わらない車内。
気のせいか。
再び目を閉じようとした時に、もういちどそれが聞こえた。
「クリ、ごめんね」
トキ子は膝の上に丸まったままのクリを座席に降ろして立ち上がった。あたりを見回したが、車内には二人のほかに誰もいない。
トキ子はひとりで後尾の車両へ向かった。