第4話 姫と友人とお供が優秀過ぎてする事がない 前編
王都から馬車で移動し、夕方になったので町に寄り、御者が門番に何か紙を渡したら慌てていたので、王家の紋章が多分入ってるんだと思う。
そして宿の前で馬車が止まり、一般人風な格好をした、御者の隣に座っていたメイドさんがドアを開けてくれたので先に下り、ロディアの手を取って簡単なエスコートをする。が、アルテミシアさんには手を取ってもらえなかった。俺の位置付けが、どうなのかさっぱりわからない。
一応仮が付くけどロディアの旦那になるんだし、遠慮しているのかと思うが、握手はした。ロディアの前だから一歩引いてるのかもしれないが、本当王族貴族関係はよくわからん。
「にしても……。お忍びの視察だって言うのに……。ないわー、これはないわー。一般人が泊まる宿じゃねぇわコレ」
この町で一番デカくて高級そうな宿が、目の前にドーンとある。
「一応お忍びといえど、できる事とできない事がありますよ」
「まぁ、仕方ないか。屋根と壁のない場所で、寝るのに慣れてるとはいえ、今はちゃんとした身分だし」
「そうですね。普通だったら、一般人が泊まっている事だけでも大問題ですし。移動速度的にどの宿に泊まるっていうのは、専属の方がきっちり把握しているので、数日前から連絡を入れて貸し切り状態で護衛が付いて、食事も最高級の物が出ます。私も親と旅行する時もそうですので、王族ならなおさらです」
「えー……そうなん? それに比べればマシって感じか。ならお忍びっぽい事を楽しんでいる、貴族を装えばいいのか?」
そんな事を入り口付近で話し合っていたら、馬車が裏手に行き、メイドさんが受付で何か話し合っていた。
「お部屋をお取りしました。最上階の隣同士の二部屋です。一応ニワトコ様は一人部屋となっております」
「えー、もう同棲してるから一緒でいいんじゃない?」
「アルテミシア様をお一人にさせる訳にもいきませんし、ニワトコ様は男性ですので、何か問題が起こったらそれこそ大問題でございます」
「んー。私は良いんだけど、アルもいるから仕方ないか」
「妥当な判断じゃない? 何かするつもりはないけど、防衛面から見ても俺一人の方がいいよ。だって一応王族と貴族、俺は迷い人で婿候補。代わりはいくらでもいる」
「申し訳ございません。そのような意味で申し上げた訳では……」
メイドさんは慌てて頭を下げた。気遣いが面倒くさい……。余計な事も言えないなぁ……この身分。いや、気にしないとか、このくらいの事でいちいち気にしてたら、王族になる器じゃないとかありそうだけど、やっぱり俺にはできない。
「あ、いや、悪気があって言った訳じゃないんだ。頭を上げて下さい」
もう諦めて、俺が王族になる事を意識した方が良いんだろうか?
「失礼します」
部屋で今回問題になっている場所を複写してきた紙を見て、具体的な対策案をいくつか出していたら、ドアがノックをされたので、軽く返事をしたら御者とメイドが入ってきた。
「御挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。先日付けでニワトコ様の、正式な専属執事となったトニーと申します。ご視察中は何なりとお申し付けください」
「同じく専属メイドとなったアニタと申します。何かございましたらお申し付けください」
そして俺の知らないうちに、なぜか正式な執事とメイドが付いていた。執事長とメイド長はどうなるんだ?
「あ、はい。よろしくお願いします」
俺は立ち上がり、軽く挨拶をしておいた。最近は普通に喋る事は広まってるから、このくらいは平気だろう。
「ご夕食の方は、トラブルを避ける為にお部屋に運ばせていただきます。それと何かございましたら、向かいの部屋に二人ともおりますので、ご面倒をおかけしますが、お声をかけてくださいますようお願い申し上げます」
「わかりました。何かあれば呼びますね」
俺は笑顔で返事をし、また対策案を書く事にした。
「失礼します」
対策案の詳細を書き終えて伸びをしていたら、またドアがノックされた。返事をすると、トニーさんが入ってきた。
「お食事をお持ちしようかと思いましたが、ロディア様とアルテミシア様がご一緒されたいとのことで、大変ご迷惑をおかけしますが、お二人の部屋にお越しいただけないでしょうか?」
「えぇ、レディーに足を運ばせるのも悪いですからね。けど、男がレディーの部屋に入るのも気が引けますが」
俺は苦笑いをしたら、トニーさんも共感してくれたのか、少しだけ苦笑いをしていた。
だって宿泊学習で男が女子部屋に行くようなもんだろ? そりゃ気まずいって。
「呼ばれたから来たけど……。なんでもう散らかってるの?」
大きなトランクケースを開けて、なんかキャピキャピしてた感がある。死語っぽいけどいい類義語がわからない。
「明日着る服を選んでたの。普通の服を着るのは久しぶりだから」
「えぇ。騎士団時代の休日に、町に出る時くらいしか、普通の服なんか着ませんでしたので」
二人共笑顔だが、トランクケースの中にある下着がまる見えなんだよなぁ……。いつもと違う環境っていうのは、王族や貴族のタガを外すんだろうか。正直目のやり場に困るなぁ……。
「ちょっとアニタさん、良いですか?」
俺はアニタさんを呼び、その事を耳元で小声で言い、トイレに行ってくると言って、一度だけ部屋を離れた。
そして戻って来たら二人共少し赤い顔で俯いていた。アルテミシアさんにも多少なり羞恥心はあるらしい。ロディアはからかうと顔を真っ赤にするからわかるけど。
「食事中に席を立つのも失礼かと思ってね。申し訳なかった」
特にナニモミテマセンヨー的な態度で座り直し、既に運ばれていた食事を目にする。なんかコレジャナイ感がすさまじい。
「んー。もう少しどうにかならなかったんだろうか?」
「何か不満があるの?」
「このクラスの宿屋でしたら、十分に配慮されていると思いますが」
俺が不満を漏らしたら、二人から眉を寄せられた。
「食事が豪華すぎる。なんかこう……庶民的な? 雑多っていうか、大鍋で野菜のごった煮のスープに、朝焼いて少しパサパサになったパンを浸して食べる様なのをね? いつもの食事を少し質素にしただけじゃん? だからちょっと残念だったかな? って。言ってる事が我がままなのは知ってる。けど庶民の出からしたら、久しぶりにそういうのが食べたくてね。さて、愚痴はここまでにしよう。父親に、出された食事に文句いうなら食うな、って言われてたからね。じゃ、食べようか」
食事は美味しかった。けど欲を言えば、もう少しグレードを下げてくれても良かった。色々話もできて充実していた。けど、壁ドンしたいこの気持ち……。
隣の部屋がうるさい。修学旅行中の学生でしょうか? いいえ、王族の次女とかなり発言力のある貴族の娘です。
「はぁ。ため息しかでねぇ……」
そう呟きハンカチを捻って耳につっこみ、簡単な耳栓にするが、多少マシになっただけだ。
女性二人なのに姦しいとは……。
□
「ニワトコ様、おはようございます。今朝は長旅の疲れが出ましたか?」
昨日俺に対して、謙譲語を使わないでと頼んでみたが、少しは柔らかくなったかな?
「おはようございます。いえ、旅自体は平気でしたが……。お隣さんが……」
普段起こされる前に起きて、着替えを済ませて待っているが、寝るのが遅かったせいかトニーさんに起こされた。
「年頃の女性ですので……。本当にお着替えはご自分でなさるのですか?」
「こんな服に、他人の手を借りて着るのは、故郷では四歳か五歳までですよ。まぁ、女性は髪がありますので、なんだかんだで人は必要かとは思いますけどね」
色々な本で、姉や妹が朝洗面台を占拠とかよく読んでいた。高校では女子が髪で遊んでたりしてたので、髪が長いと結構練習台にさせられてたのを見た。
「お隣さんの準備が終わったら呼んで――」
「ロディア様にアルテミシア様。こう言う事はあまり申しあげたくはございませんが、服を散らかしたままにしてお休みになるのは、年頃の女性としていかがなものかと。ティカ様に申し付けられておりますので、ご注意させていただきますが、下着姿で休まれるのは自室以外お控えください。お隣にはニワトコ様もいらっしゃるのですよ? 夜中に訪ねて来られたらどうなさるのですか」
「ニワトコは紳士だし、アルテミシアがいるからそんな事は――」
「もしもの事を申しているのです!」
「ね? 少し声が大きいとコレです。女性だけでしかできない、赤裸々な話題もありましたが、今日の移動中に、それとなく言っておきます」
どんな格好で寝てて、寝る前にどんな事をしていたのかはわかっていたが、こう言葉で言われると、思っていた以上に凄い事になっているらしい。
まぁ、女子高生くらいの年齢だからね。仕方ないよね。
「朝食は少し遅れそうですね」
「そうですね。散らかっている服を綺麗に戻し、髪のセットとお化粧。お茶でもお持ちします」
トニーさんは少しだけ困った顔で言い、壁の方を見た。
「お願いします。少しゆっくりするのも旅の醍醐味って事で。あ、お隣にはゆっくりで良いとお伝えください」
俺は苦笑いをしいて、トニーさんにその事を伝えた。
「この辺りか。止めて下さい」
俺は盗賊の目撃情報や、実際に被害のある場所付近で馬車を止めてもらった。
そして外に出て、馬車の上に這い上がり遠くの方を見る。
「あー、あそこに森かー。確かに深そうだ」
独り言をつぶやきつつ、頻繁に使われてる道なのか、草がなく踏み固められたような道を見て、どういう状況なのかも簡単にメモを取り、正確性皆無の地図と照らし合わせてみる。
この付近に川や村はなし。馬車で体感で二時間、休憩を入れるのにはちょうど良い。むー、この辺りに井戸でも掘って、東屋みたいな休憩所を建ててもいいけど、そこを狙う盗賊が溜まりそう。あの森を何かに利用できないだろうか?
「ニワトコー。何か見えるのー?」
少し考えてたら、ロディアが小窓から顔を出して話しかけてきた。
「なんにも見えないな。ただ、見通しのいい場所に森があって、向こうからはこっちが見える状態だ。大きな商隊なら護衛とか付けてるから襲うリスクが高いけど、こういう小さな馬車で、一台だけとかなら俺だったら狙うかもな。森の伐採とかして、何か利用できないか考えてたところだ」
俺はそう言いながらメモに、森を開拓してその木を利用して村の建設とか、休憩中に食べられる軽食の案を考え、畑が作れるかどうかも関わってくるので、帰りにさっきの町で雨の降る日数とかも調べる。と箇条書きにして森の方を見ると、馬が十頭ほどこちらに走ってくる。
アレくらいなら、一人でもどうにかなるな。
「ちょっと弓出してー」
俺は馬車の屋根を叩き、中にいるロディアに言ったら、剣をもって二人が出てきた。なんでだろう?
「賊か!」
「もしかしたら……。ですけどね」
なんでこうも二人は好戦的なんだろうか? 砦でもそうだったよな?
「ロディア様にアルテミシア様。駄目です、馬車の中にお戻り下さい」
そしてアニタさんがそう叫び、トニーさんが弓を持って馬車の屋根に上ってきた。
「元騎士団にいた我々が、賊などに遅れを取るはずがない!」
キリッとした表情でアルテミシアさんが言い、ロディアは無言で剣を抜いて、軽く振って準備運動っぽい事をしている。
けどアルテミシアさん。その台詞、即堕ちフラグです……。
「どうぞ、ニワトコ様の装備です」
「え? 弓は」
そう言って渡されたのは、太いレイピアと手斧だった。俺、弓を頼んだよね? なんでアニタさんは馬車に繋がれてる馬を外してるの?
ってか馬車馬なのに、なんで鞍が付いているのか不思議に思ってたんだよ。騎乗用じゃねぇか……。
「距離二百。剣を抜いているので威嚇します」
トニーさんが落ち着いて言い、弓を引き絞って矢を放つと吸い込まれるようにして、先頭の男に当たり落馬した。
「あ……」
当ててるじゃん。威嚇してないじゃん……。ってか今、あ……って言ったよね? 間違って中っちゃった?
「我々は出ます」
そう言ってアルテミシアさんと、アニタさんが馬に乗って駆けていった。
ってか、俺がこっちでトニーさんと話してる間に何があった!?
「アニタさんも出るの? 大丈夫?」
「アニタは何期か忘れたが、騎士団所属で私達の先輩だ。王室の護衛に引き抜かれて、作法を教わって戦闘メイドをやってる」
「へー」
俺は呆れた感じでしか言えなかった。第二王女とその友人の貴族の旅行だから、そのくらいはできないと話にならないって事か。
見た目も綺麗だし、容姿も選択基準にあるんだろうか?
「ロディアは? よく馬で出ていかなかったね」
「体格を見て言って。私は騎乗戦闘には向かない。ならアニタに任せた方がいい」
戦闘中だからかロディアの口調は変わっていて、俺は乾いた笑いを出した。
トニーさんを見たら二射目を放っており、二人目が落馬した。こっちもこっちで、なんか引き抜かれた感じがするなぁ。本当に乾いた笑いしか出ない。
「相手が十人だと、こっちの仕事がなくなりそうだ」
「楽で良い。弱小で少なくても賊は賊。我々は国の者として、治安維持はすべきだと思う」
「戦闘で王族や貴族が前に出てもいいのか? 普通後方だろうし、こう言う時は護衛が出るだろう?」
そんな事を言っているうちに、ばらけて走っていた盗賊達の腕と首を、アルテミシアさんとアニタさんが、すれ違い様に切り落とし、二人が地面に転がり落ちた。
「戦場で後ろにいるのは、お兄ちゃんくらいかな。それでも全員単独での戦闘はできるように教育はされている。私とお姉ちゃんはスペアだから、前に出て良いって言われてる」
「さも当たり前のように話してるけど、その考えはおかしい。ってか二人とも圧倒的だな。馬に乗った状態であの時に戦われてたら、俺が危なかったかもな」
ってか、トレニアさんも戦えるとかっていうのは、無視しておこう。
「ニワトコが馬に乗ってれば、私もそうしたわ。けど乗ってなかったから、下りて戦っただけよ」
ロディアはにっこりと笑い、剣の柄でコンコンと腰骨の辺りをつついてきた。騎士道精神って奴だろうか? 俺にはそんな物一切持ち合わせてないけどね。
「クソが! 一人くらいは!」
そんな事を言いながら、一人の盗賊がこちらに向かってきたので、一歩前に出てロディアを守ろうとしたら、既に相手の利き手ではない方に駆けだし、切りつけられる寸前に身を低くして、転がりつつ斬撃をかわし足を切り落とした。
惚れそうなくらいかっこいいな。俺だって男だから、こういう感じの戦闘にあこがれる。
「ぎゃぁぁ! 足が! 足がぁぁっ!」
「戦闘の時、背が小さい利点ってこれだけなのよねぇ……」
ロディアがそう言って、落馬して痛がっている相手の剣を叩き落とし、付いた血糊をそいつの服で拭き取っていた。慣れてるな。自然とそんな事をやってるから、もう何も言えないわ。
何気に皆勤賞なトニーとアニタさん。
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