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第3話 変装ってなんだっけ? 後編

「さて、これから視察をしに行く訳だが……。フローライト王国。ましてやザイフェ家の紋章が入った馬車で出歩くと誰だか丸わかりだし、それこそ護衛を沢山付けないと盗賊とか野盗に襲われる。その事を、ヘリコニアさん達と話し合いをしていたのを聞いていたよね?」

「もちろん!」

「今着てる服みたいに、なんかこう……高貴! って感じの服じゃなくて、市民って感じなんだけど平気なの?」

「私だって戦場に出ているし、十数日捕虜になってたでしょ。平気だよ!」

 なんかロディアが付いて行くとか言い出し、メイドさんの見習い達が物凄く慌て出し、さり気なくティカさんが説得しているが、なんか無理っぽい雰囲気だ。

「宿だって近所の町のやっすい所だぞ?」

「戦場のテントよりマシでしょ?」

 あ、やっぱりコレ駄目っぽい。ティカさんがロディアの後ろで額を押さえて首を横に振ってるし。


「あ、私の友人も呼んでいい? 一緒に捕虜になってたでしょ?」

 そしてティカさんが肩を落として、口を半開きにしている。

「駄目だ。よそ様のお嬢様っぽい人なんか呼べません!」

 っぽいじゃなくて、本物だと思うけどね。

「一緒に騎士団に入って訓練していたんだ。成績は私より一個下なんだぞ! その辺の護衛より腕が立つ。まぁ、捕虜になっちゃったから、親が騎士団から無理やり籍を抜いたけど。私のもね」

 俺はティカさんに視線を向けると、首を縦に振っているのでそれは本当の事っぽい。

「それにお嬢様っぽいじゃなくて、ちゃんとしたお嬢様だ。公爵の娘だぞ? 私が第何期だか忘れたが、第一騎士団三位で、アルテミシアが四位だ」

 多分アルテミシアって名前の女性なんだろう。なんか威圧感のある名前だわ。


「なおさら駄目じゃないか……」

 俺は盛大にため息を吐きながら、ベッドに座って頭を抱える。なんでそんな奴二人を捕虜にしちまったんだ……。ってか第一騎士団で三位の実力ってなんだよ。王家補正で数字だけじゃねぇのかよ。妙にリアルな数字じゃねぇか。

 俺はもう一度ティカさんを見ると、首を縦に振ったので本当っぽい。

「アルテミシアも公爵の娘だ。今後に備えて勉強させた方が――」

「駄目です。大切な娘さんを、親御さんの許可なしに連れ出す事なんて」

「は? 私と一緒に行動するのは親公認だぞ? 親同士仲がいいからな」

「ぉおぅ……なんてこったい」

 俺は手の平で両目を押さえ、膝に肘を突きながら嘆いた。そしてその直前に見えたティカさんは、頭を抱えていた。



「久しぶり! 結婚の噂は聞いたよ」

「ありがとうアル。けどまだ同棲の段階で止まってるんだ。父さん達がニワトコの実力を見たいって事らしく、様子見期間中だ」

 あの時一緒に捕虜にした、パステルグリーンの髪の色の胸の大きな女性は、髪が邪魔にならない様にアップで纏め、少しキリっとした表情で応接室に入ってきた。多分この女性がアルテミシアって子だろう。

「あ、どうも。あの時は斧頭で殴っちゃって、申し訳ないです」

 軽く挨拶をすると、軽く睨まれた。まあ、そうだろうな。見た感じ傷は残ってないけど、兜越しに殴っちゃったし。


「まぁ、戦時中でしたし。私も一対一での勝負に、割って入ったのが原因なので、悪いところはありますが……。私はもう少し、ロディーに相応しい殿方がいると思っております」

「あー……。はいはい、俺もそう思います。まぁこの話は、不毛なのでこの辺で止めましょう。旅行中はなるべく穏便に行きましょうか」

 俺が仲直りのつもりで、手を出して握手しようとしたら無視された。結構嫌われてるらしい。

 因みに、城の敷地を出て結構近くの屋敷に住んでいて、会おうと思えばいつでも会える間柄と聞き、可哀相な執事見習いが、手紙を持って走らされた結果が今だ。手紙を読んでここに来たんだろう。本当仲が良すぎて、王家の人間に気軽に会えるって凄げぇわ。


「で、一般市民の恰好で、馬車も普通より少し良いだけの物って書いた?」

 アルテミシアさんの恰好が、なんか男装の麗人風なパンツスタイルに、赤の派手なジャケットっぽい奴だ。あの服装の名前が思い出せない。

 軍人とかがゴチャゴチャ肩に付けてて、紐とかモップみたいなのがくっ付いてるあれ。もしかしなくても、騎士団一位の人って、黒髪で片目が見えないとかじゃないよな?

 フランス革命とかに出てきそうなんだけど……。

「……ごめん。忘れた」

 ロディアのその一言で、俺はソファーに勢いよく座って、天を仰ぎ手で目を覆う。

「で、そちらのアルテミシアさんは、市民の恰好はできますか?」

 俺は手で目を覆ったまま聞いてみた。多分できないだろうなぁ。

「できますよ。家訓の一つに、ボロを着て炊き出しの質を見ろ、そして街を回ってゴミを漁れ。と、ありますので」

 できるんだ。ってかすげぇ家訓だな。

「寄付をしているのに市民の口に入らず、懐に入れられたら注意しに行かないといけませんからね。それに貴族として、最低な暮らしをしている者の様子を見るのに、スラムに入って様子を窺うのも必要ですから」

「素晴らしい家訓ですね。ではスラムではないにしろ、一般市民風の恰好をお願いします」

 後ろでティカさんの精神が疲弊しまくってるが、まぁ流れでこうなっちゃったし仕方がない。だってべルサイユとかにいそうな女性が、ボロを着て出歩けるなら仕方ないでしょう、断れませんって。

 俺だって少し胃が痛いですよ。



「着替えてきましたわ」

 それから体感で一時間。アルテミシアさんは、緩やかなシミーズにコルセットを付けて、ぺチコートを巻いている。映画とかでよく見るな。なんかビールを頼みたくなる服装だ。

 ってか防衛してた城の、食事作ってたおばちゃんなんか、そこにスカーフと白のキャップだったな。まんま落穂拾いのアレだったし。

 ってか笑顔なら凄く綺麗だと思うんだけど、どや顔だけはやめてくれ。

「因みに、もっと酷い恰好もできますわよ? おかげで軍行中の不衛生な状態でも、気にせずに過ごせましたし」

 そして黒い笑顔で言わないでくれ。そこまでしろとは言ってない。


「そうですか。本当に素晴らしい家訓ですね」

「ロディーもなぜか平気でしたね。王族なのが不思議なくらい」

「シルベスターに連れられて、騎士団に入る前に森で訓練したから。お兄ちゃんもお姉ちゃんも平気よ」

「そうっすか……。素晴らしい王族っすね」

 なんだろう、有名な映画の一作目が脳内に流れて来るんだけど。ベトナム帰りの兵士のあの話なんだけどさ。やっぱ執事の名前が悪い。裏仕事専門でやってて、弓とかナイフって聞いてたからだな! そう思い込もう。


「でー。ロディアは……。なんでアルテミシアさん以下っぽい恰好なんですかねぇ? 一般市民って言ったよねぇ? ねぇ?」

 アルテミシアさんが中級区の普通の市民だとしたら、ロディアはどう見ても村人Bだ。麻のシャツにズボン。胸がないから男の子に見えなくもない。髪が長くてアップにしているから、女の子? って感じがするけど。

「少し気合を入れ過ぎちゃった? アルみたいなのに変えて来る」

 そう言ってまた部屋から出て行ってしまった。頭痛が痛いって言いたい。


「ロディーがいない間に、お話ししてもよろしいかしら?」

 頭を抱えてソファーに座っていたら、アルテミシアさんが話しかけてきた。まぁ、険悪なムードで旅をするよりはいいか。

「えぇ、いいですよ。なんでも構いません」

「もうロディーとはヤる事はヤったのかしら?」

 その言葉に、冷めたお茶を飲んでいたが盛大に噴き出し、鼻からもお茶が出てきた。そして素早くティカさんが、タオルを持ってきてくれた。

「まだしてません。俺は知り合って間もない女性と、そう言う事はできない男なんですよ。少し時間をかけ、もう少しお互いの事を知ってから、なんかいい雰囲気になっちゃって、流されたらするかもしれません。って感じです、自然にーってのが理想です」

「ここで同棲してるんですよね? 同じベッドなのでは?」

「同じ部屋ですがベッドは別です。寝てる時に入って来るなと言ったら、布団の上に寝て、自分の布団をかけて寝てましたよ。ですのでまだヤってません」

 そう言ったらアルテミシアさんは笑顔になり、右手を出してきた。さっきは無視されたが、今度はそっちからかよ。どう思われてたんだ俺は……。無理矢理襲った系の男だったのか? むしろ向こう(ロディア)の方が、がっついてくるんだよなぁ。

 そして握手をして、一応和解っぽい雰囲気は出た。これで視察中は険悪な雰囲気にならないかもしれない。



 そして二十分くらいしたら、ロディアが戻ってきたが、髪がなんかオイリーになっていた。何があった!?

「どうしたんだその髪は……」

「騎士団の遠征中に、お風呂に二十日くらい入ってない時の髪を再現したの。最初の恰好で何かが足りないって思ってたんだー。だからキッチンで軽くオリーブオイルを手に付けて手櫛して、タオルで拭いてきた。フケは浮いてないんだけどね。土埃とか付けてきた方が良い?」

 その言葉を聞いて、俺とアルテミシアさんは口を半開きにし、ティカさんはその場で倒れた。まぁ、気持ちはわかります。だってどう見ても王族に見えないし、綺麗な髪が台無しだ。けど一般市民と言えば完璧なのか?

「い、いぃんじゃないか? けどさすがに町人でも土埃は洗い流すと思うぞ? 町人ならなおさらだ」

 多分俺の言葉は震えていた。王族の口からフケとか出るとか思わなかったし。けど、首周りのへんなビラビラした奴は、フケが肩に付かない様にあった奴だから、フケって単語が出てもおかしくはないか。


 そして出発前、俺は装備の確認をする。視察中には装備はしないが、鉄棒刺突剣と片手斧。そして左の前腕に巻き付ける様にして、刃渡り十センチ、柄十二センチの、フィンガーガードはあまり高くない、細めのダガーナイフだけは袖の中に装備する。

「あれ、他にも武器持ってたんだ」

「二人には言っておくけど、ブーツナイフもな」

 そして軽くしゃがみ、右足のブーツの中から刃渡りも柄も短く、緊急時に刺せればマシ程度のボールペンくらいのダガーを出す。組み付かれたり、後ろから首を絞められピンチになった主人公が、ブーツからどうにかして抜いて、相手の脇腹に刺していたのを、第一次だか第二次世界大戦を題材にした、戦争映画で見たからだ。

 あると便利っぽいし、意外に目立たないから足元までじっくり見ないとわからない。

 どこかのゲームみたいに、自己主張の強いアーミーナイフみたいに、デカい物は付けてはいない。隠せる武器は地味だからいいんだよ。浪漫って奴? ちょっと違うか。


「腕……。蒸れません?」

「凄く蒸れるね。だから夏なんか布巻いてから付ける。けどこのくらいなら手首も曲げられるし、肘も曲がる。邪魔にならない。しかも刃物があるってわからない。だから夏でも薄手の長袖だよ」

「本当に緊急用ですね。あ、防御にも使う事前提ですか?」

「厚みが足りないから少し不安だけど、ないよりは良いかな」

 多少回りの人間が弱くても、刃物とかだと皮膚が切れるし、備えは必要だよ。うん。スペツナズナイフみたいに円柱っぽいのなら、多分力任せに振られても防げるだろうし。

 そして俺達は、豪華さはないが二頭立ての箱型馬車に乗り込み、視察に向かった。

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